トピ主さんと完全一致ではないですが、気軽に話せてよく感想ををくれる人が忙しそうで最近あまり連絡が取れず、これを機にもっと交流の幅を広げたくてフォロワー数を増やしたいと思ってます。私はトピ主さんと逆に依存気質で、そのせいで何度か交流に失敗してきました。過ちを繰り返さないためにもなるべく広く浅く交流して特定の人への依存度を下げるべきだと思うのですが、不特定多数の人と関わり続けると疲れてしまい、そんな性格なのでツイッターは完全壁打ちでまず交流の手立てがありません…。今のお相手は壁打ちながら偶然のご縁で仲良くなれたので、黙々と創作してたらいつか同じように気軽に話せる方と出会えるかもしれないと信じて耐えてます。作品作りは一人でもできますが、やっぱり人とお話するとネタがぶわっと湧いてくるんですよね…。常にちょうどいい距離感で交流できている方が本当にうらやましいです。
気軽に話せる人が一人いたのにいなくなった→新たな気軽に話せる人が欲しい→そんな人と出会うためにフォロワーが欲しい→最初の気軽に話せる人がいなくなってなかった→じゃあフォロワーも数字もいらねという状態になってます 一瞬フォロワー欲しい状態になりましたが、不特定多数に作品を褒めてもらいたいというより、性癖合ったごく少数の人と気軽に萌語りしたいという気持ちの方が強いので、結局「気軽に話せる人が一人いればいいやー」の状態に戻りました 何にしても創作の世界にいるなら絵は上手い方がいいので私も絵の練習は続けています
私も以前は「不特定多数よりも限られた気軽に話せる人の方がいい」だったんですが、色々あってどんどん解釈合わなくなったり惰性で愚痴聞き介護役にさせられることが多くて私には無理だと諦めました。私は鍵アカ厳選交流でも、相手は界隈の他の人たちと交流してて、それで界隈としがらみがない私にそっち側の愚痴を聞かせてくるパターンが多いですね…きっと私の存在は都合いいんだろうなぁと思います 例えるなら私は「付き合う彼女をことごとくメンヘラにする男性」とかと似た部類の人間なんだと思います。親しくなると妙に相手に心を許させてしまう何かがあるのか、それとも単純に私が見下されやすいのか、色々気をつけても最終的に親しかったはずの人とダメになって辛くなってジャンル撤退が3度続いたので諦めちゃいました。気軽に話せる誰かを求めても結局ダメになってそのたった一人のことを気にしてジャンル撤退するくらいなら、もうそれは諦めて代わりにたくさんフォロワー集めてたくさん感想やいいねをもらいたいと振り切れた次第です。友達できないからその代わりに評価が欲しいだけで、もし気軽に話せてそれなりの距離感で仲良くできる方がいるのなら私もコメ主さんと同じように思うと思います。コメ主さんみたいに気軽に話せる人がいるのは羨ましいし素敵なことです。
不特定多数じゃないのでちょっとトピズレかもしれませんが、もっと交流の幅を広げたいなと思ってます。 既に壁打ちで活動していて、仲の良いフォロワーとは別の身内アカで話しているんですが、交流がワンパターンになってきたというか…。 それぞれ別の交流欲求を満たすために振る話題を分けてるし、一人だけに依存しないよう気を付けてるんですけど、なんか物足りない。 交流におけるリスクヘッジを考えて今のTLを構築してるけど、もう少し話の合う人を見付けて交流したいと思ってます。 壁打ちで既に数字も感想も貰ってるんですが、承認欲求は満たされるけどそれだけなんですよね。 話の合う人がいれば会話したいと思っていても、やけにかしこまられるし、畏れ多いみたいな扱いされるし。 かといって壁打ちにしておかないと、距離なしから絡まれてだるいし、変にこっちを神格化してくる厄介オタクに粘着されたりするし…。 数字に疲れるよりも、ずっとこっちを見てくる距離感のおかしい人に疲れることはよくあります。 二次創作なのになんで…?って本当に思うんですけど、ただ絵を描くだけの一般人オタクをアイドルや推し扱いしてくる人はいます。ネトストされて嫌になってジャンル変えたりもしました。 ただ普通に話していて楽しい人と好きなものについて語って、お互いそれぞれ好きなように創作してる様を眺めていたいのに、創作者同士だとそれはそれで嫉妬が起こって突然関係がおかしくなったりするので難しいです。 あんまり創作が上達してなかった頃の方が、人付き合いという点では楽しかった気さえします。
一番上の方の 気軽に話せる人が一人いたのにいなくなった→新たな気軽に話せる人が欲しい→そんな人と出会うためにフォロワーが欲しい>これすごく腑に落ちました。間口を広げて出会いの場をって考えちゃう時あります。実際それが原動力になった時もありました。今はもうフォロワー増やしても自分の都合がいい交流ができる相手は存在しないと分かってしまったので今いてくれる数少ない人が居てくれたらそれで幸せだわって気持ちになれてます。 あとトピ主さんのコメ返で「都合が良い存在として扱われることに疲れた」も共感です。私の場合は職業や性格的に周りに気を配ってしまいやすくそれに慣れた人達から(この人にやらせておけばいいでしょう)とぞんざいに扱われることが増えてきたのもあります。上手な相手(フォロワー多)ほどこれをやってくる傾向が強かったです。憧れていたり好きな相手でもやっぱりキツかったです。そうなりやすい状況を作っているのは自分の依存心なので、相手が悪いわけではないです。 1人で作品を黙々と出して評価されて人が集うような能力を持っていないからこそ人に依存して苦しむんだと思うので、やっぱり努力して頭角をあらわさないと意味ないなって思います。孤独に耐えられる人じゃないとこの趣味同じ場所で長続き難しいなって感じます(馬以外だと)
トピずれかもしれませんが、特定の方との交流に疲れたので匿名ツールで不特定多数の方と交流する道を選んだ壁打です 私も以前は特定の誰か一人と推しや推しカプ、原作の話ができたら良いな~と思い、実際にそんな存在が一人できたのですが、年月が経つとともに自分にも相手にも好みの変化が現れ、交流するのがつらくなってきて関係を切り今に至ります 元々は一人が苦にならないタイプですが交流が盛んな界隈にいたりするとどうしても羨ましくなり、しかし上記のこともあり密接に交流することにも抵抗があり…ということで、匿名箱を感想を頂く用途だけではなくその時限りの交流をする場として利用し始めました そして、その匿名の交流の幅を広げるためにフォロワーを増やすよう邁進しています 増やした後に始めると呼びかけてもなぜか答えて頂けないので、話しかけても良さそうな雰囲気づくりを心掛けつつ運用しています 自分にはこのくらいの軽さがちょうどよかったです
全然ありますね。 むしろその両方をいったりきたりしてるかな〜
トピ主です、まとめての返信ですみません。コメントありがとうございます、似たような経験がある方からのコメント少し心強いです… 孤独に耐えられる人じゃないと長続きしない、ほどよい距離感で交流できる人が羨ましい、本当に私もそう思います。友だち欲しさに二次創作するんでもないしな…とも思ってしまって、なんかそうなるともう究極的にはフォロワーも評価もいらなくなって「誰にも見せずにひっそりと自分だけで楽しむ」になりそうな気もしています。 本当は創作友達は欲しいです。同じジャンルじゃなくていいからおすすめのペンとか技術書の話とか作業もくりとかしたい…描いた絵を見せあって褒め合いたい…とか、なんだかんだまだ「友達ほしい」って思っちゃってるの諦めが悪いなと思います。続けていればいつか誰かと縁がある、あるいは諦めがつくのかなと思いながらとりあえず壁打ち大手を目指します。もちろん創作の世界に身を置くなら画力表現力は高い方がいいから、というのが一番の理由ですが、大手になれば、壁サーになれば、似たような人がいるかもしれない…という打算もあります(なんとなく島中は(それが悪いってわけじゃないですが)結局交流ありきな雰囲気あるので…) 色々コメントいただきありがとうございました、参考にしつつ自分なりに楽な活動方法を見つけてみようと思います。