「けれど、〇〇は〇〇じゃなくて。」 て止めまくってるみたいなやつもムズムズしてとても読み続けてられん
物語じゃなくてポエム読まされてるような気になるからかな…… 体言止めは表現を省略するから多用されてると「……で!?」って結局何が言いたいの?と困惑してしまうのもある 文が稚拙な印象になって読みにくい
日本語がSOV型の言語だからだよ 音楽だって変調ばっかり繰り返してたら落ち着かないだろ
>>3
自分もこれかなー ポエムや詩歌が悪いというわけじゃなくて、小説には小説のリズム感なり文脈があると思うから、体言止め多用で説明放棄したような文章が続くと「だから何だ」って気持ちになる
落ち着いて推敲したら体言止め多用にはならないと思うので、そのまま出す人は、没入して書けた時の臨場感とか自分の満足したテンションをその文章が纏う力だと捉えていて、敢えてそのままにしているのかなと自分は受け取ってます。 自分が落ち着いてる時にオタクのテンションで話されるとついて行けないようなものではないでしょうか。
その小説を読んでいないのでなんとも言えないけど、違和感を覚えるレベルの多用は体言止めといっても数パターンを繰り返しているってことはあるんじゃないかな。 あとそういう技法って心理描写メインの時に使うことが多い気がするので(少なくとも私はそう)、情景や行動面で何してるの?って疑問を無意識にでも抱えると没入出来なくなるんだと思う。 まぁ好みもあるから難しいところだけどね…。
体言止めは、文章の流れを切り、文末の体言に視線をフォーカスさせる効果がある。 漫画の見開きや大ゴマのようなもので、多用すると物語の流れをぶつぶつ切ってしまう。 疾走感のあるシーンに多用する手もあるけど、その場合は文章のリズム感が重要になってくる。 どんな技法でも同じだけど、下手な人がやるから浮くんだし、下手だからげんなりする。 体言止め自体は悪くないよ。
>>8
ここぞというとこで効果的に使えばグッとくるわな体言止め。 下手な人が乱発してるからへタレポエムになるんだと思うが。
それはそもそも、内容も良くないからだと思う。内容が良ければ「また体言止めか、うげー」って気づかずに全部読んでしまう。
>>8
下手な人が体言止めを使いがちなのは、強い印象を残す技法だからだと思う。 絵でも印象に残ったシーンやキャラの顔を真似することから始めるのと同じようなものだよ。
トピ主さんはROMさん? 同じく書き手さん? トピ主さんが異常に体言止めが嫌いなのか、読んでいるものが本当に異常に体言止めが多いのか、ここではわからないけど…、どっちにしてもよそ様の作品だし、薄目で脳内変換はできているのだし、「体言止めの多用がげんなりする理由」が判明したとしても今以上にできることってないのでは。むしろ納得して作者の方への見下しが生まれそうでちょっと心配。 もし書き手さんなら、マイナーだと人の作品読みたい気持ちはよく分かるけど、頑張って素敵な作品たくさん作ってくださいね! 感化されて良作や新規が出てくるかもしれないよ!!
>>8
>疾走感のあるシーンに多用する手もあるけど、その場合は文章のリズム感が重要になってくる。 こういうテンポ重視なシーンでの活用は自分も好きだな 結局使い方次第なところあるよね
>>10
ほんとにこれ うまい人の書いた話は体言止めがどうとか気付く前に頭も心も持ってかれる 終始冷静な状態で読んでいれば、あーまたこの表現か、単語か、体言止めか、みたいに都度気付いちゃって余計に没入できなくなるんだよね
小説じゃなく萌え語りだと思って読んでみてはどうだろう たとえば最初から文体の違うエッセイを小説と思って読んだらちょっと変な感じになる気がするし 小説だと思って読むから気持ち悪いのかもって思った
原田マハがめっちゃ体言止め使ってて驚いたけど違和感はなかったです。疾走感がありました。 テクニックの一つですし、頻度じゃなくて効果的に使えているかどうかではないでしょうか。
路地裏の古本屋は、いつも夕暮れにだけ開く。錆びた看板、かすれた金文字。風が吹くと、どこからか紙の匂いが流れてくる。 学校帰りの私は、その匂いに吸い寄せられる常連だった。今日も引き戸を開けると、奥で店主が小さくうなずく。 店内は迷路みたいに本が積まれている。天井まで届きそうな塔、崩れそうで崩れない均衡。私はその隙間をすり抜け、一番奥の棚へ向かう。そこはなぜか、いつも少しだけ明るい場所。 今日の目当ては、昨日見つけたはずの青い背表紙。見知らぬ文字のタイトル。夢の続きみたいな装丁。けれど棚をいくら探しても見当たらない。代わりに差し込まれていたのは、真っ白なノートだった。 表紙を開く。最初のページに、丸い字。 「つづきは、あなたが書くこと」 心臓が跳ねる。誰のいたずらだろう、と店主を見る。けれど彼はいつも通り、分厚い本を読んでいるだけ。 もう一度ノートを見る。まっさらな紙。これから始まる物語の重さを感じ、指先が少し震える。 私は鉛筆を借りて、最初の一行を書いた。
続き書いてってほんとにあなたへのメッセージ?前からそのノートそこにあったんじゃないの?
神林長平の体言止めは大好きなんだけどなあ
>>20
自己レスするけど、表現がより無骨で直接的、即物的で短絡的、下手な修飾、きらびやかな表現が無くある意味で朴訥としてるから 体言止めしてても違和感なく、嫌味なく、むしろかっこよく感じるんだと思ったわ! 脳から汁が出るくらい好きな一文がある つまりこれと逆だと、げんなり「することもある」んじゃないかな!
ネタにマジレスせんでいいよ