AやBが「C/DではなくA/Bが好きだ」と思う描写を入れないこと CやDを比較して下げるシーンがあると、当て馬と思われやすい
CとDが振られてABがうまく行く話なら、当て馬でしかないので当て馬だと言われるのは仕方がないと思う。 ABを背景にして、Cが主人公、憧れてたけど振られたことで成長やむしろいいことがありましたよ、って話にしてBを綺麗に吹っ切って振られてよかったなあ!それで幸せになったよ!って話にするしかないかも。
トピ主はAB推しなの? だとしたら、CDがそういう役回りでサブキャラとして出てくる時点で当て馬と思われないのは無理だよ CかDが主役で、その心情を描くためにABが出てくるなら当て馬を回避できるけど、ABになることが決定しているABのストーリーにCDが出てくるのは書き方をどうしようが当て馬でしかない
>>3
それはそれでAやBを好きという公式設定ありきのCやD好きにはAB成立の出しにされたようで胸糞ストーリーには変わりないから、やるなら徹底して注意書きしてほしい。 雑食じゃないCとD好きは絶対手に取らないから。
片思い大好きだけど、当て馬って感じるのは、CやDがABをくっつけるためのスパイスだったり踏み台だったりする時です。ABがくっつくのに一波乱欲しいなぁ的な感じで挟まれてるやつ。片思いの様子を丁寧に書いて貰えたら当て馬だとは思いません。
当て馬は当て馬だからどういう書き方しても無理だと思う どうしてもそのキャラを当て馬と思われるのが嫌なら思われてもいいようにモブ使うしかないんじゃない?
>>3
考えてはみたけどまあ根本的に読みたくはないよね…… 公式キャラの当て馬苦手 AB好きはこれにカプタグついてたら怒るし、CとD好きも単体推しAB兼任という稀有な人しか読まないかも
当て馬と感じるかは読者の受け取り方に左右されるので、気にするだけ無駄な気がする だってコントロールできないよ 他人の感受性なんて
ABCD全員の視点を使って書くのはどうですか?ABが主役、CDは脇役とするんじゃなくて、全員主人公みたいな感じで一人一人を丁寧に書いたら当て馬感も薄れるかも。
CやDを「これでなんでABはCやDを選ばないんだ?」ってくらいに魅力的に書いていれば当て馬役だったとしてもそのキャラへのリスペクトは感じて自分の場合は嫌悪感ないです
ABタグしか付けない。 キャプションからもCやDのファンが来ないように、注意書きは本文の方で片思い要素ありますって書くしかなくない? それでもAB好きなCやDのファンはいるとは思うけど。 ABを成就する為に恋愛絡めたエッセンスで他キャラを使いたい以上どんなに上手くても、純粋な友情や尊敬とかじゃない限り当て馬だと思う。
CやDのキャラによるかな 原作での彼らが自分を後回しにするタイプ(好きな人の恋を応援しちゃうみたいなお人好しキャラ、または感情を抑えるのが得意な忍タイプとか)なら上手く見せ場を作れば自然で納得できる話になりそう ただ想いの通らないCやDが傷ついたり我慢するだけの話だったら可哀想なだけでスッキリしないし、なんでABの話のダシに使うの?ってなると思う
まあ当て馬だよね、どれだけ素敵に描かれていてもCやDが推しの人はあまり読まないと思う 推しの失恋とか片思い(推しが好きな相手から推しが思われない)って見たくない人が多いだろうから 昔のある推しが当て馬にされやすいポジションで、どれだけカッコよく描かれてても片思いで実らない扱いの時点で苦手だった AB好きまたはB受け好きに呼んでもらう中でCやDも好きな人から「このCやDもとてもかっこいい、かわいい」と思ってもらえるように魅力的に描くことしかできないと思う キャラ崩壊やサゲ展開にならないよう注意、選ばれないけど大切な存在(親友とか尊敬する先輩とか)のようにAまたはBからCへの感情も描写する、当て馬だからこそ美味しい役割やセリフを意識的に作る、とかかな ちなみに片思いCを書きたいなら、たとえばCBでC→Bへの思いがテーマ(ABではない、BはCを友人と思っててまだ意識してない)みたいな話なら当て馬じゃない片思いになるけど、それではダメなのかな 自分が片思いや片方の気持ちを大きく描きたいときは大体そんな感じに作ってる、片思いの過程や気持ちがメインだから失恋はさせない
最初B→CやA→Dからスタートする話だったら当て馬感は薄くなるかなあ。
これに尽きる