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朝の定義はご自由に 起きた報告 やること宣言 やったこと など
現在、個人で同人作品を制作しており、その方には有償で作品制作のお手伝いをしていただいています。 相手は真面目で控えめな印象の方で、仕事のやり取りはとても丁寧ですが、プライベートな話はほとんどしません。 SNS自体かなり低浮上で、頻繁に利用するタイプではなさそうです。日常的な投稿もほとんどなく、確認できる範囲ではプライベート用のアカウントも見当たりません。基本的に仕事の告知や宣伝が中心のようです。 ※やり取りは身元特定を避けるためフェイク入れてます 以前、相手が制作中に描いた落書きが自分でも面白かったらしく、「依頼者に見せてあげたい」という趣旨のツイートをしていました。 そこで私が「ぜひ見せてあげてください!」と冗談交じりにリプライしたところ、「恥ずかしいのでやめてください(笑)」というようなニュアンスの、困った顔文字を添えた返信がありました。 その後、こちらも軽く返し、最後は相手からのいいねで会話が終わりました。 今後も継続してお仕事をお願いしたいと思っているのですが、個人的にも少し仲良くなれたら嬉しいと思っています。 同じ創作に関わる者同士として親しくなりたいという気持ちです。 個人的には、自発的に交流しなかったり、プライベートな発信をしなかったりするからといって、必ずしも他人と親しくなりたくないわけではないと思っていますが…。 ただ、相手が単にSNSでの交流に消極的なだけなのか、仕事以外の交流を望んでいないのか、判断がつきません。 皆さんはこのような方についてどう思われますか? また、相手に負担をかけず、仕事上の良好な関係を維持しながら自然に距離を縮めるには、どのように接するのがよいでしょうか?
わかります!自分も似た感じのことになって楽しく絵が描けてなかったです 「価値ねえよ!」のあとにさらに「うるせえよ!描きてーからいいんだよ!」までセットにしてはいかがでしょうか 私の場合は上手い人の塗りを真似したり、あまり描かない表情にしたり、難しい服のシワ描いてみたりとか、何か一つ「頑張った」と自分を認められる挑戦したのがよかったです それと数日前の絵を見ると「意外と悪くないじゃん」となったりするので数日寝かせるのもありかな? 辛いかもだけど、上手く操ればどんどん上手くなる人のメンタルだと思います。 練習しながらたくさん描けますように
出たよ「上手い人の真似しろ」論者 こういう事言う人って一次なら近い作風の人から二次なら同界隈の人から、真似(というかモロパクリ)した作品を、チラシの裏に留まらせずに堂々と自作としてお出してくる 負のスパイラルぐらい自力で脱出しないと一生下手なままだよ
考え方~! 下手くそ→伸び代ありまくる 価値→作品には出来上がるまでそもそも無いよ? 製作過程の努力や技術習得に作者自身の価値の向上はあるけど、作品の価値が発生するのは完成後だよ 完成したら、作者には、成長が実感できたり表現したいことを出しきれたと思った時に発生したり、他者から感想を貰って思い出や記念になったらそこで発生したりする 他者からは評価やお金の形で発生する なにしろとにかくつまり、まず未完成なら価値以前なので、描いてる間はなーんにも悩むことはない そして、例えばそれが無価値に終わっても、悔しい悲しい辛いしんどい、無価値という価値が努力になって伸び代になって、次の価値に繋がる これが無理なら創作に向いてないんだけど、トピ主は「やっぱり描きたい」だから、ちゃんと創作に向いてるから大丈夫 そして作品以前のところでトピ主自身に、描き続けられる、っていう特大の価値もあるから、そこんとこ自覚してね がんばれー
通りすがりなのにぶっ刺さりすぎて泣いた ありがとう
自分は字書きですが、書き続けていると下手くそなりに成長が見えませんか? 自分の場合最初期に書いた作品は読み返せたもんじゃないクオリティですが、最近書いたものは普通に読み返せるし自分の癖に刺さるので素直に楽しめてます。 なので行き詰まったときは少し振り返ってみて、「成長してるじゃん私!」を実感するとモチベ保ちやすいかな〜と思います! あと二次創作だったら創作の原動力は何と言っても萌えなので、原作読み返したりするのが一番の燃料になるかもしれないです…!
絵は習いなされ。お金を払って習いなされ。 絵が下手な時点って、目が育ってないから成長も分からない。 ちゃんと講師をしている人に委ねて測ってもらえば、地図とコンパスを得て現在位置がしっかりわかるから病むことは無くなるよ。 どんな作風にするにせよ基本はあった方がいい。 継続して講師に習うと、自分の絵を見てくれるからちゃんと細かい所に気づいて褒めてくれる。ちゃんと日々の練習が実になってるなって実感できるよ。 ほんの1-2年我慢すれば、基礎力がついて驚くほど楽になると思う。
作品に価値を求めすぎてる 価値を感じるためにやれる努力するか価値が無くったって楽しいからこれでいいんだとするか
その思考、他人から「上手い」「価値がある」って繰り返し言われても治らないと思う 実際の上手下手とか需要関係ないただの自傷行為で、それが気持ちいい……というと語弊があるけど、ののしられている状況が通常と脳が勘違いして安心のために繰り返しやっちゃうやつじゃない? それか自傷のドーパミンと創作のドーパミンがむずびついちゃってるやつ よくないよ 自分をののしる癖が出たら、太ももを叩いて気を散らせるといいらしい 太ももじゃなくても大きな音を鳴らせばいいらしい、カスタネットとかタンバリンとか とにかくその思考を遮断して発生回数・発生時間を減らすのがよい 描きたい衝動と自傷の衝動を切り離してね