作者じゃない第三者が自分が作ったわけでもない作品についてわかったような口を利いてる姿が嫌なだけで創作物を見るのは好きだからだよ
極端な例ですが、コ〇ンなどの推理作品は徐々に証拠やアリバイが開示されると思うのですが、その段階で「この証拠とアリバイは矛盾しているように思えるから…犯人はこの人かもしれない!」って作中キャラと一緒に推理してる人に「黙って作品見てれば犯人が分かるのにわざわざ推理してんの?探偵でもないくせにバカみたいだね」って思うのは変じゃない?って質問です。
持論ですが「考察」も「解釈」も文学研究系を通ってきた人ほど軽率に使わない言葉だと思ってます
自分の個人的な妄想を解釈・考察と呼び、「尊い」「しんどい」「は〜最っ高…!」とアゲまくる言動は、原作にかこつけた激しい自己愛劇場を見せられているように感じて疲れてしまうので苦手です
推理小説を読んでトリックや犯人が誰なのかを考えることはそれこそ「推理」であって「考察」ではないと思います 例えば犯人が犯行に至った原因が作中で明かされていなかったとして、それを犯人の生い立ちや作者の価値観、作品発表時の現実社会などを根拠に考えるのが「考察」という認識です
自分が二次創作する上では、原作の読み込みやキャラの深堀は必ずしますが、そのすべてに推しが「カップルになる」が前提にあります。それは最早考察でも解釈でもなくただの妄想です。どんなに原作について熱く語っても、前提に推しカプをくっつけたい欲があるので、考察だなんて言えません。なので原作についての話をするときも「自分のは全部妄想です」と前置きします。やっぱり二次創作でCPを書いてる方は少なからず前提に推しCPがあると思うので、それが本当に原作の考察になっているのか?は疑問に感じてしまいます。深く考えることが悪いことだというのではなく、言い方の問題かなと。
なぜ興味がないものを自分から見に行くんでしょうね。 そもそも他人の考えに興味がないなら公式だけフォローして検索もフォローも使わなければ目に入らないのに…
そう言うのが嫌いな方々は、大抵は考察する人や考察の内容には興味がない印象です。 ただ、考察したその内容が断定口調で書かれているとめちゃくちゃ叩き出す…そんなイメージです。 書き方さえ変えればスルーして下さると思います。
すべての解釈・考察が嫌いというわけではないんですが、一説でしかないことを、さも「これが唯一の真実だ!」とばかり、押し付けてくるような態度を取る人に限っては苦手です……。 いろんな解釈があっていいよね、というスタンスの人の解釈語りは好きです。
「わかったような口」っていうのは「こうに違いない!自分の解釈絶対!」って強い口調で強い言葉を使っている人に限りますか? それとも解釈や考察をする人=全員「わかったような口」なのですか?
それはもちろん例外です。 私の尋ねたいことは「解釈や考察という行為そのものを嫌っている人」です。 紛らわしい書き方で申し訳ありません。
全員が創作に対して解釈があるわけでもないのに 解釈とか考察好きで垂れ流してる人が大きい声で やっぱり解釈ある人の作品は違うなー!解釈ある人の作品だけが読みたい!って言ってるのを見て原作者でもないくせに何言ってんだ?って引いてしまったので 解釈とか考察垂れ流される人が苦手になりました。
>全員が創作に対して解釈があるわけでもないのに 確かに解釈がなくとも作品を楽しむのも一つのファンの在り方ですよね。 なのに「解釈を持つのは当然」なんて視野の狭い書き方をして申し訳ありませんでした。 やはり声の大きい人の影響で苦手になってしまう方は、どの分野にもいるのですね。 コメントありがとうございました。
「原作が絶対なのだから出されたもの以上を妄想するのはお門違いだ」と本気で解釈や考察を幼稚だと否定する人> ・声が大きな人相手の牽制(この解釈は認められない!とかこうあるべきだと固定観念がキツい人への) ・内心は自分の解釈が正しいと信じて疑わないので違う意見が認められない なんかこのあたりなのかなあと。これほんと同じジャンルであっても推しカプが一緒であっても違う世界のお話だと境界線を引けてないので起こる気がします。例えばメッセージ性のある作品の感想文を皆で書いたら違ったものがあっても良いですよね。そこを見て「いやその考え方違う!!」と否定する人はいないんじゃないかな。でも自分が作る側に立つとそれが気になる。感想と創作は全然違うので例えになってないですが、比べる事で本質がちょっと見える気はします。 「原作が絶対なのだから出されたもの以上を妄想するのはお門違いだ」も第三者から見たら随分お門違いなことを言ってるなあとは感じます。 そういう人はどうして創作物(原作)に関わろうとするのですか?>自分で0から人の心を揺さぶる作品を作れないからではないでしょうか。良い作品の二次として投稿した方がその人にとっては手っ取り早く承認欲求が満たされるのかもしれないです。別に自由なので好きにしてもらって構わないのですが、争う気の無い人を巻き込んで発言するのは勘弁してくれという感想です。
作ってもない読み手側が「わかったような顔」「さも自分の考えが正しい顔」して、 これはこうだと思う!!!こっちはこうだしむこうはこうでしょ考察解釈長文お気持ちうんたらかんたら!!!! してるのが目に入るのはいやだけど創作物自体を見るのは好きだから。 人の解釈やお気持ちはスルーして作品だけ楽しんでます。
公式の穴埋めとか言って、気にいらない公式ストを自分解釈で上塗りしたような小説書く勘違い字書きが自界隈にいて正直もやる それこそトピ主が書いてる原作が絶対だと思うから 設定や既出セリフ、シーンを活かして全く違う話を二次創作で書くのはいいと思うんだけど、公式ストの改変みたいなのを書いてドヤ顔してるのは勘違いだなーと思うかな
解釈と言いつつ妄想やイメージの押し付け止まりに過ぎない一個人の意見が持て囃されるからです。 例えばジ○リ作品を胸糞展開に深読みしたら、この解釈は深いなんて安直な話がバズる。その時、自分たちが踏み散らかした原作への配慮はない。 尖った解釈や色付けをして本来の作品とは異なった意味合いをもたせる。 往々にして持ち上げられる解釈や考察は「闇」要素が加味されます。 それは遊びの一つなのです。遊びに良い悪いはありませんが、後片付けをしないままネットに垂れ流されているのが現状です。 二次創作とは原作を通した受け手側の虚像郡です。確かにそこに解釈や考察は入るのですが、「敢えてズレた視点にした」「尖らせた要素を入れてみた」といった論理の飛躍を説明する過程は飛ばされがちになります。 そうなると客観性を含まない以上、どれだけ知識を並べて展開させても「お気持ち」の域から脱しないのではないでしょうか。 しかし解釈を披露する場所はツイッターが好まれ、140字内で目を引く言葉遣いを意識すると、異なる意見を引き合いにだしたり、他の視点もあると裾野を広げながら自解釈を展開するのは厳しいのです。
わかります。トピ主さんの書かれたことにうんうんと頷いてしまいました。 人の数がある程色々な見方があることを学んでこなかったか物事を俯瞰して考えられないんだと思います。あとは原作ではなく自分の2次設定が好きか。 解釈が正解のようにふるまったり押しつけは良くありませんが、感想を述べているツイートにも過剰に反応する人いますよね。こういう人って人それぞれに感想や解釈があるってことを自分の気持ちと切り分けて考えられないのではないでしょうか。
わざわざ見に行く事は多分ゼロだと思います笑 恐らく目につく場所に流れてくるから嫌いになってしまっているのかもしれませんね…。 しかし今一度トピ主さんに言っておきたいのは、「考察」と「(二次創作でよく使われてる)解釈」というのは別物だということです。 追記を読みましたが、コナ◯等のミステリー作品の犯人当てのためにファン同士が様々な意見を交換するのはとっても健全なファン活動だと思います。 しかし「考察」は原作に出てくる要素を丁寧に拾い上げ、そこに込められた背景やメッセージを繋げて練り上げていくものだという事に対して、 「(二次創作でよく使われてる)解釈」というのは、原作にある要素を拾い上げ、そこに込められ背景やメッセージを「誇張」し、その誇張のために論を練り上げるのが解釈だと思っています。 これが混ざっている人は多いと思います。そして考察する側もたまに「考察」なのか「解釈」になってしまっているのか分からなくなる時があると思います。 というのが前提で、 「黙って作品見てれば犯人が分かるのにわざわざ推理してんの?探偵でもないくせにバカみたいだね」 と言う方は、犯人当てゲームにはそもそも興味がないし、このゲームに参加しているトピ主の界隈の人ではないと思います。 ですが同じ作品をリアルタイムで見ている場合は界隈が混じります。考察は健全なファン活動だからです。(活動の正否や上下があるというわけではなく、ゾーニングがされにくい活動だと思います) 考察はかなり(個人の考察だとしても)ネタバレの要素を含むのでそれが鬱陶しいという人もいるでしょう。 なので、考察にしろ解釈にしろ、興味のない人が混じってしまうのが必然だということを前提に活動を元気に続けてほしいと思いました。 考察大好きなので、トピ主さんとは友達になりたいです笑 ではでは。(返信は不要です)
BL妄想を「解釈」や「考察」として出してきたり、その言葉を盾にして他人の二次創作を見下げたりする人に出会ってしまい、アレルギーになってしまったのでは。 私はそうです。
コ〇ンなどの推理作品で「黙って作品見てれば犯人が分かる」から推理しない派だし、推理するのは勝手だけど目に触れるとウルセーーーーー!!原作からの種明かし楽しみにしてんだからノイズ入れんな黙ってろ!!と思うので考察語りが嫌いです。 単なる楽しみ方の違いなのに「推理小説で推理しないなんて何が楽しいの?」とさも自分の楽しみ方だけが正解かのようにのたまう考察厨もいるので声のでかい考察好きもまとめて嫌いです。