その受けの行動をオリキャラ女=書き手にすげかえても成り立つと嫌悪感あるけど、自身の経験をもとにした濃密な生っぽさなら、アリ!
家庭環境に問題があり、家庭環境に問題があるキャラに「共感」して二次創作をしています。それが自己投影と言われるならば、そうですね。 人間は自分の経験より上のものは作り出せないので、それを埋めるために読書をしたりして、他人の感情を借り、捜索しているのだと思っています。
していません 自分とキャラの性格、生い立ち、世界観何もかもが違いすぎるのでやろうと思ってもできません
上の人と同じで「共感」はするかな… 家庭環境に問題がある受けで、自分もほぼ同じような家庭環境だったのでやはり受けの方が共感しやすいです。過去の出来事できっとこういう感情があったから、こういう行動をとっているんだろうな、という考えになってしまいがちなので自己投影と言えばそうかもしれませんね。 ただストーリーの中でもし自分が受けの立場だったらこうされたい、こうなってほしいみたいな自分の願望の自己投影?はしないです。
個人的な意見ですが、 一般的に二次創作における自己投影というのは、やはりトピ主さんがこれまでイメージしていたような、カプのどちらかに自分を重ねていることを言うのだと思います。 例に挙げられていた方は、自己投影というよりも、創作をするにあたって、自分なりのテーマを明確に持っているということではないでしょうか。 二次創作はその性質上、テンプレ作品や、サクッと萌えられる作品の需要が大きいです。ただ、たまに、その方のように心に突き刺さるような、その人にしか書けない作品を書く人もいて、私はそういう作品が好きです。 憧れたのでしたら、そういう方向を模索してみるのもいいんじゃないでしょうか。頑張ってください!
自己投影はしません。とはいえ人間である以上、自分の経験を全く投影しないというのも難しいとは思っています。 その方は自己投影したくてしているというより、重い経験によって自己投影せざるを得なくなっているのではないですか。 過去の苦しみと折り合いをつけながらそれでも優しいものを書かれるその方の作品の深みは、意図してできるものではないように思います。
自己投影「してはいけない」も「しなければならない」も無いと思いますが…… 多かれ少なかれ、自分が今まで経験してきたことやそれについてどんな考えを持っているかというのは、作品に出てくるものだと思ってます。それを気持ち悪い、キャラの私物化だと思う人もいれば、リアルに感じられて良いという人もいます。私は私の作品について、思考がダダ漏れだな~と思います。
キャラに自己投影してなくても、自身の欲望という意味では作品に自己投影してる けど、創作作品って多かれ少なかれそういうものでしょ
すべての自己投影が嫌われるわけでなく、嫌われる自己投影というのは、幼児的な自己愛に近いと思う。 キャラを必要以上に、または原作とかけ離れた形で、贔屓したり優位に立たせたりが目立つ創作。 それはキャラ崩壊にも繋がる。逆に言えば、原作のキャラ通りに描写されているなら、その原動力が自己投影であったとしても、読み手はそのことに気付かないでしょう。この書き手は原作の理解が深いなと思うだけで。 稚拙な自己投影は、そこまでの域に達していない。キャラや原作に寄りそうのではなく、キャラや関係性を自分に引き寄せて都合よく変えているから明らかに自己投影と判るというだけ。 そのトピ主さんが知った人も、自分で生い立ちを語っているからキャラと境遇を重ねているのが分かったわけですよね?
自己投影かどうかは分からないけど自分の信念をぶつけたり、キャラの解釈をする時に自分の経験がベースになったりはする 例えば私ごときがこんな経験があっても前向きに生きてんのにこのキャラがこれくらいでクヨクヨするか?こういうぶっ飛んだ解決法を思い付くくらいはするだろ的な 私が自己投影だし嫌いだなと思う作品は『こういう経験した私は可哀想。だから受けに同じ目に合わせて攻めにヨシヨシされる話を書く』とかですね
自己投影ってトピ主が最初に言ってるみたいに「キャラクターに自分という人格を反映させる」みたいなイメージだと思いますが、その人は「自分が経験していることだからこそ、解像度の高い行動をキャラクターにとらせることができている」なので、ちょっと意味が異なるかなと思います。 意味合い的には「特殊な職業の人が、その業種の人しか知らないことをキャラクターにさせている」くらいの話だと思うので、自己投影に関してはトピ主の主張そのままでいいのではないかなーと思いました。
これこそが本当の自己投影だと思える作品に出会えたのですね。すごく素晴らしいことだと思います。 しかしながら検索すると、「自己投影は自分の素直な気持ちがひねった形で表れるもので、目指す自分像になれない時、自分の弱点を他人にすり替えてしまうこと」と出てくるので、本来の意味で自己投影をしている人が、「自身の境遇を赤裸々に語りつつキャラクターの痛みに寄り添って描けている人」に向かって、あいつは自己投影をして作品作りをしていると自らの悪意を切り離して「投影」してしまいそうです。 では何と呼ぶのが正しいのか、は私にもわかりませんが…! 同じような作品作りを目指したいというのは超同意です。そこに関しては、BLならBLのお約束からも離れて、萌え表現の文化からも距離を置く覚悟で、自分自身を見つめ直すことになるのかなぁと感じています。
一応そのキャラの性格や立場、生い立ちなどから考えて言動の理由づけをするから、自分ならこういうことはしない(言わない)し、むしろ真逆な思想だよなと思いながら書くこともあるけど、結局そう判断しているのは自分の脳みそなので、それもある意味自己投影なのかなあと思っています。 自分の経験だけではなく他人から学ぶこともあると思いますが(じーちゃんばーちゃんの昔話含む)、いずれにせよ、受け取ったものをものすごくかみ砕いて一生懸命考えて自分なりの言葉や表現を駆使して出力された作品は心に刺さると思います。その人にしか書けない雰囲気ってありますよね!もちろん原作ありきなのですが、その作者さんの世界観に浸れるのが幸せというか。 でもテンプレの二次創作も大好き。色々あっていいんじゃないかと思います。
この辺りの事は、言葉の定義や共通認識に人によって差異が大きいので、一括にして語るのは難しいですね。 自己投影、同一視、感情移入、共感、このあたりの区別が曖昧だなー、とは思ってますし、私も実はよく分かりません。 私は環境的に、周囲に一次創作者が多いのですが、何かを創造する人というのは心に傷を抱えている人が多く、その傷を癒やすために創作せざるをえない(創らなければ心が壊れてしまう)のだな、という印象を持っています。 二次創作だと原作があるので、作者の「私」が入ることを嫌う人が多いですが、そもそも創作とは作者が自分の為にする極めて個人的な行為なのだと思います。 そのレベルがあまりに高い場合には成果物が人々から求められ共有され、芸術と呼ばれて同じ心の傷を持つ人の心を癒やして行くのだろうと思います。 それが、「自己投影」と呼ばれるものかどうか分かりませんが。 なので、ご質問の「自己投影しますか?」という問いには、答えるのが難しいです。私も創作者の端くれで一次も二次もやりますが、自分の苦しみは作品に反映されるのは確かです。 しかし、登場人物が救われるか否かは重要ではありません。創ることは、傷に触れて、痛みを再確認し、そこに傷があるのを思い出すのに似ています。