私の作品はお世辞にも上手いとは言えないですが、私は私の作品が好きです。 だって自分が1番見たいと思う雰囲気や展開の作品だから。 ですから、好きなもの・見たいものを突き詰めるのがいいんじゃないかなと思いました。 もしくはひたすら技術向上に励み、誰の目からも上手いと思われる作品を作ってしまうのはどうでしょうか。 数字での評価を上手く使えばゲーム感覚で上達できますし、それだけ努力して作った作品には愛着が湧きやすいかもしれません。
共感したのでコメントします。 私も自作に興味が持てません。 絵を描くことが好きでずっと描いてますが、自作に萌えたことは一度もないです。描き終わったものに対して愛着が湧きません。評価されてもされなくてもどうでもいいと思ってしまいます。原作と、創作の過程だけが好きです。 自作萌え、自給自足ができる人、楽しそうでいいですよね。 なんの解決にもなってませんが、似た境遇の人もいることをお伝えしたくて書きました。
私は技術としては無い部類の人間ですが、自分が求めている世界観がわかるようになり、表現できるようになってから自分の作品が大好きになりました。 ZGzng1Iaさんと似た回答になってしまうのですが、自分にしか表現できないものが見つかると自ずと作品を生み出す理由ができて愛着がわくと思います。 ありきたりなネタ、どこかで見たことのあるネタというのは、自分が描かなくても見ることができます。 寧ろ、より技術をお持ちの方が描いた方が良いとも思ってしまいます。 自分だから作れるものは簡単に見つかるものではないのですが、きっとあるはずです。(ストーリー展開、構図、色使い、タッチなどなど) もし二次創作をされているのであれば、その原作を読んでいて「こうなったら面白いのに」と思うことを描いてみてはいかがでしょう?
字書きで10年以上書いていますが、自分の作品大好きなので愛着があります。 私の場合は自分が楽しむため、一番大事な読者「自分」の好きな作品を書けたからかなと思っています。 勿論過去の話を見返すと拙い表現や誤字見つけると恥ずかしくはなりますが、それでも話の内容は今でも見返すと「面白い作品だ」と思います。(成長していないと言われたらそれまでですが) 逆に他人のために書いた話は「そんなに面白くないな」と感じます。今まで読者のリクエストに応じて数十作書きましたが、どれも自分のために書いた作品程の満足感が得られませんでした。読み返したいとあまり思いません。 なので私の勝手な想像ですが、トピ主さんは周りの目や流行り絵、構図などを気にするばかりにまだ本当に自分の好きだと思う絵を描けてないのかなと思いました。
お気持ちわかります。 最近多少マシになってきて、「技術的には全然だけど好きなところも割とある」くらいになりましたが、それでも「これをもっと上手い人が描いていれば……」とか「やっぱり私の作品は底が浅いのかもしれない」などと憂鬱になることもしばしばです。 また、私はいつも自分の見たい作品を描いているつもりですが、「自分が描いたもの」という時点で第三者目線で作品世界に入れ込むことができないので、大好き!となれないのはその辺も関係しているのかなと自己分析しています。 ところでトピ主さんはなぜ自作品を好きになろうとしているんでしょうか。文章を読む限りだと、自作品を好きになれないからもう筆を折りたいなどの悩みというよりかは、なんでそんなに自分の作品を好きになれるの?という疑問の方が強いように感じました。 もしそうなら、無理して今すぐ好きになろうとすることはないんじゃないかな……と思います。私も例えこの先自分の作品大好き!となれなくても描き続けるだろうし、描くこと自体には充実感を持っているのであまり気にしていません。 この先描き続けて実力が上がっていけば、そのうち自分が描いたことなんて忘れてどっぷり物語に浸かれる作品が出来るんじゃないかなと気長に描いています。 的はずれな回答だったら申し訳ありません。
皆さんご回答ありがとうございます。 ご自分の作品に愛情がある方、逆に興味や自信を持てない方、どちらのご意見もとても参考になりました。 自分の見たいものや好きなものを突き詰めるのがいい、自分が求めている世界観を表現できるようになってから自分の作品を好きになれた、というご意見にはハッとしました。 そして周りの目や流行を気にして自分の好きだと思う絵を描けてないというご指摘は当て嵌まっています。 同人活動に限らず人の目を気にしたり人の意見に振り回されやすい性格のせいか、自分がいいと思ったものが揺らぐことが多々ありますし、評価を気にするあまりに描きたい内容を変えることもあります。 好きなものを突き詰めたところでそれすらも二番煎じなんじゃないか、所詮誰にでもできる発想で自分は下位互換に過ぎないんじゃないか、という気持ちもあります。 なぜ自作品を好きになろうとしているのかというご質問ですが、「楽しい気持ちで描きたいから」というのが一番大きいです。 自作品に自信を持てないせいか、描くときに楽しい気持ちを持てたことはほとんどありません。その上技術は無いのに変に完璧主義な性格のせいで非常に遅筆です。 正直描くことは物凄く苦痛です。自分の時間を割いて下手な絵しか産み出せないのは辛いです。それでも筆を折ろうと思ったことはありません。 自作品は嫌いでも原作は好きですし、やっぱり自分の好きなものを表現したいという気持ちはあります。 なにより筆を折ることによって、描くことから逃げたというモヤモヤがずっと頭に残り続けると思います。 誰も私を責めないでしょうし、私の作品も必要としていないのはわかっていますが、自分のために描くことをやめたくはないです。 今すぐ好きにならなくてもいい、というご意見はもっともだと思います。それなのに何故か焦ってしまうんですよね。周りの楽しそうに創作してる筆の早い人たちに憧れてるからかもしれません。 長々と書いてしまってすみませんでした。 まだまだご回答募集中なので、ご意見ありましたらお願いします。
自分の作品に愛情や自信が持てないというのは、もしかすると自分の作品に対しての真摯さの表れなのかも知れませんね。ふと、そんなふうに思わされました。 私はSNSなどでは、とにかく創作することが「楽しい!」と公言しているタイプの人間です。鬱々として作ったものより、楽しんで作ったもののほうが、受け手の方も受け取り易いかなと思っているからです。 しかし実際のところ、「楽しい!」という言葉は、半分は自分にあえて言い聞かせているものです。 正直、創作をしていると楽しいことばかりではありませんよね。 産みの苦しみという言葉もある通り、つらいつらい、苦しい苦しいという感情を積み重ねて、漸く作品が出来上がることのほうが多いです。 そして、自分の費やした時間や気持ちに見合うほどの反応を頂けることは稀です。 でも、自分の作品は好きだと思えます。未熟な面も含めて、愛着がわいているのでしょうね。 だから、楽しんで描きたいというトピ主様の希望は、もしかしたら言葉にするよりもずっと難しいものなのかも知れません。自分の作品を愛していると言える人間でさえ、楽しいだけでは創作をしていませんので。 ただ、本当に心の底から「楽しい」と思える瞬間もあることは確かです。 それは、受け手の方にすごく気持ちの籠った感想を頂いた時もあれば、 自分自身が、心から納得できるたった一文を書けた時だったり、 昔自分の書いたものを読んで、何か感じた時だったりと様々です。 そういう時にふと、「自分はこの一瞬のために創作をし続けたのかも知れない」と、 感じることがあります。大袈裟に聞こえるでしょうが、本当に。 たぶん、創作をしている上で常に「楽しい」だけに満たされることはとても難しいのでしょう。 トピ主様のように、ご自身の力量や、創作物に対して、客観的な視点をお持ちの方ならばなおのこと。 トピ主様が今感じている焦りや、つらい気持ちがあるからこそ、描けるものもあると思います。 好きだ、楽しいと思えなくとも、ただ筆を執り続けているというだけで、トピ主様はご自身を称賛して然るべきだと、私は思っています。 結局のところ筆を折る気がない創作者にとって、創作に関する焦りや悩みなどは、創作し続けることでしか解消しないのではないでしょうか。そこに筆の速さは関係なく、ただ絶え間なく筆を動かし続けられるかということのほうが、個人的には重要に思います。 納得の出来ない、愛を持てないと思うものを苦しみながら山のように作り出した先で、一瞬でも、自分の作品に自信を持つことができたのならば、むしろそれは、幸運なほうでしょう。 ありきたりな言葉ですが、費やした時間こそが、最も目に見え易い自信への近道です。
同じです。私の場合は自分に自信がないから、そんな自分の作ったものを愛せないという感じでした。同人の前の問題だったんですね。 自分磨きをして自分と向き合って、少しずつ良くなってきてます。
自分の作品すごく好きですね…何度も読み返すし毎回「う〜ん、好き!」って思っちゃいます…なんかすみません…。 文字書きなのですが、技術的にはまだまだ拙い部分も多くもっと精進したいなとは思います。 書きたい場面、言わせたい台詞があって作品を書くタイプなので、それを出し切った作品は何度読んでも味わえます。いわゆる「自分が自分の一番のファン」というやつですね。