共感と自己投影、かな 病気ってのは不思議で、同じ病気の人同士だと互いにあるある話で盛り上がったり、共感したりすることが多い それは鬱も同じで、鬱の真っ只中だとそういう気になれなくても、ある程度回復した状態だと、元鬱患者同士で語れたりする それをキャラクターと自分とでやってる感じかな キャラと自分の間に、不思議な共感が生まれる と同時に、キャラを通して自分自身の自己投影的な表現ができる、してるって感じ 鬱の人はこんなこと考えてますよーとか、鬱になるとこんなんになるんですよーっていう 推しキャラに自分を重ねて、自分と同じ体験をしてもらって、自分と共感してくれる立場になって貰いたい そんな感じの欲望というか、趣向なんだと解釈してるよ 人って基本的に自分と共通点ある人に惹かれるし、推しキャラにも共通点を持ってて欲しい 持ってないなら持たせようってのは二次創作の基本でもあると思う
鬱持ちです。 一次創作でバリバリ自己投影してます。 作品を好きって言ってもらえると許された気がして凄く救われます。 自分が救われるために描いてます。 自分の作品で誰か救われたらいいなという願いも込めてます。
ただの間違いだったらごめんだけど、精神疾患や虐待を性癖と書いてあるのに嫌悪感をおぼえる。症状や経験とかじゃないのか。
>>4
そういう症状や経験がありつつ、性癖として同じものを抱えて創作してる人への質問だよ。
自界隈見てるとあまりにもな感じのは本人のメンタルもガタガタなパターンが多かった 鳥見てみたら手帳持ってそうとか他にもヲチスレ常連の人だった…とか どの人も二次創作で過激表現を注意書きとかのクッションなしで垂れ流してたからやっぱり自分の中でセーブできないんだな、みたいな。客観視できないというか 呟きとかをみた感じは自己投影ぽい感じだったな 裏で一次創作でやれ言われてた
その時は自己投影してたよ。 キャラが救われることで希望を持とうとしてたり、救われずに酷い経験をすることで体験の辛さを薄めようとしてたんだと思う。 寛解した今は薄暗さが残るものの味付け程度のハピエン厨になった。書くものは心から出てくるから、離せないよね。ひどい鬱だからこそギャグ書く人もいるし、すっごい面白いことが多いから、出方は人それぞれだけど。
うつ持ち 自分を客観視するための道具になってるなーとは思う
キャラが絶望してたり憔悴してる様子を見るのが好きでたまに描いたりもする、自分もうつ病持ち。でも健康な頃からそういうのが好きだったから、病気はあまり関係ないかも。でも自分が病んでるからこそ、キャラの深い絶望感や、そこから光を見つけるような展開を描けるのかな?と思った。そういう作品を見て救われるような気持ちになることが多いから。 精神疾患持ちの創作者が、キャラがすごい憔悴してたり病んでたりする作品描いてたから、やっぱメンタルと作品って関連性あるのかな?と思った。