トピ主は自分でできたこととできなかったことの分析バッチリできてるし、改善もできてるし、次がんばろう!の繰り返しでいいんじゃない?
出来るだけそうならないように、のアドバイスしか出来ないのだけど(そもそも自分の作品を読み返して落ち込んだ事がない) もっとこうすれば良かった、は次の作品に繋げられないかな?と思いました。 私も前ジャンルで5年、今ジャンルで3年字書きやってるけど、自分が書く作品は自分の萌えしか詰めないで書いてるから何度も読み返すし自分の作品が1番萌えます。そう書いてるから。だから私は自分の作品が1番好き。表現方法だとかは二の次。推しが好きで推しで萌えたくて自分の好きを詰めてるので。でももっとこうしたら良かったはあるから、すぐ次の作品に取り入れて書きます。そうすると次の作品がまた好きになる。良くなった、わかりやすく書けた。みたいな。それでまた読み返して、もっと萌え要素入れたら良かったと思えば、次の作品は萌え要素を重点的に書きます。で、また読み返して足りないとこを次へって繋げてくと、拙さや粗さの隙間から、最初にしか無かったいいところみたいなのを見つけられるようになる。それをまた次の作品に取り入れる。 これ繰り返してると落ち込む時間ないですよ。この作品はどうしていこう、前回の反省点はどこで生かそう、完結まで頑張らなきゃって頭がいっぱいになるので。
>>2
分析、出来ているでしょうか……?! そうだったら、嬉しいです。 視野が狭くなりがちで、気持ちが沈んだ時にはとことん落ち込んで手が止まってしまうため、改善したくてこちらのトピを立てさせていただきました。 次がんばろう、の繰り返し、そうですね。 その気持ちで頑張ろうと思います。 有難うございました!
過去の自分は他人です。 他人を変えるのは無理なので、未来の自分を変えましょう。 それに、解像度の低い作品の何が悪いの?解像度深けりゃ正義と勘違いしてない?深く知ることが却って視野を狭めて客観性を失わせることもあるよ。 浅い場所から見た姿も推しの姿の一つ。 その時そう見えたなら、それでいいんです。
過去の自分と今の自分は違う人間なので今の自分の気持ちと違うことが書いてあるのがふつう 自分も過去作よめないのが何本もあるけど当時はそれが自分の最高出力 最高出力だからと言っていつも自分の気持ちに添っているわけではないので 読めるだけましだと思う 時間たつと黒歴史とか厨二病になるのではと思っている
>>3
コメントを拝読していて、気持ちがあかるくなりました。 自分が書く作品は自分の萌えしか詰めないで書いてるから何度も読み返すし自分の作品が1番萌える、というお言葉、とっても格好良くて、眩しいなと思います。 私は推しの像について、こうかな、こうかも、と探り探り書いているところがあるので、そこのところに自信がないのかも……とコメントにふれて思いました。 でも推しが好き!の気持ちは確かにあって、だからこそ書いていて、それってとても大切なことだな、ということを改めて思い出しました。 もっとこうしたら良かった、の部分に落ち込みがちでしたが、“反省点を回収するため”ではなくて、“次の作品を好きになるため”に、活かせばいいんですね。 「最初にしか無かったいいところ」、目から鱗でした。 確かにそれが、自分の芯で、キャラクターに惹かれるところの純粋な核のようなものだなと……。 私も落ち込む時間なんてないくらいに、この作品はどうしていこう、を繰り返していけたらいいなと思います。 有難うございました!
>>5
「過去の自分は他人」、思ってもみなかったことで、ばっと世界が変わったように思いました。 他人を変えることは出来ない、とは思って生きてきましたが、それは、過去の自分もそうなのですね。 未来の自分を変える、とても素敵な考え方だと思いました。 同じ人間だと思うから、自分の書いたものなのにどうして私の考えとずれがあるんだろうって、執着してしまうのかもしれませんね。 どうして、心から好きって言えないんだろうって。 「解像度の低い作品の何が悪いの?」もとても衝撃だったのですが、読者としてひとの作品にふれるとき、解像度の高いものに憧れてしまうので、自然と比較して、自分に自信のないところを増長させていたかもしれません。 上手に言えませんが、解像度の高さと、表現としての解釈はまた別のものであるのかもしれないなあとも、コメントを拝読して思いました。 たとえば推しについて、誰かが「解像度高い!」と思うことと、私が惹かれるところとは、また別のことなのかもしれないな、というような……。 私は私の好きな解釈や、惹かれるところを、少しずつでも自分の言葉で書きたいと改めて思いました。 「深く知ることが却って視野を狭めて客観性を失わせることもあるよ。 浅い場所から見た姿も推しの姿の一つ。 」 こころに刻んでおきたいと思います……。 このことを胸に置いて、もう一度原作と過去作に向かい合えたら、また違った世界が見えてきそうに思いました。 悩んだときに思い出したいお言葉をたくさん、有難うございました!
申し訳ないけど、トピ文が無駄に長い。 「書いた当時はそれが~」以降は全くいらなくて、 同じ内容のものを何度も別の表現で繰り返し書いているように見える。 トピ文の半分切ってもよかった。 たぶん自分の文章をなるべく伝えようとするあまりに余計なものを抱えて多く書きすぎるのではないでしょうか。 読み手の存在をあまりに気にしすぎているのかもなあとも思った。
>>6
「過去の自分と今の自分は違う人間なので今の自分の気持ちと違うことが書いてあるのがふつう 」、これを拝読して、少しだけ気持ちが落ち着いたように思いました。 コメ主さんも、過去作で読めないものがおありになるのですね。 勝手にですが、共感できて嬉しかったです。 「最高出力だからと言っていつも自分の気持ちに添っているわけではない」、ああ、そういうふうに考えれば良いのだと、気持ちが楽になりました。 確かに、読めるものがあるのだから、それってすごいことなのかもしれません。 私も時間が経てば、また今と違った見方を自作に対してするのかもしれないな、と思いました。 有難うございました!
他人がどう感じるかはコントロールできないことなので、自分が欠点だと思っている箇所が長所として映ることもあるだろうと楽観的に考えてます。 表現が稚拙であっても書こうとしている本質的なイメージが満足のいくものであれば多少滲み出るものはあると思うので、完璧に表現することに拘るのは無駄ではないかと考えます。 表現の精度は作ってさえいれば時間とともに改善されてくものですし、今気にする必要はないのでは?
>>9
ご指摘を有難うございます。 お恥ずかしながら、文章が長くなりがちな癖があります。 まさに仰るように、「自分の文章をなるべく伝えようとするあまりに余計なものを抱えて多く書きすぎる」、というところがあります。 作品にもそういうところがあると思っています、そのこともあって、自分の芯のところにある想いからずれたように思うのかも、と、コメントを拝読していて思いました。 「読み手の存在をあまりに気にしすぎている」、これもその通りで、そのために予防線を張ったり、しんどくなっているところもあるのだろうと思います。 いただいたコメントを胸に、もう一度自分にも向き合ってみようと思います。 有難うございました!
>>11
「自分が欠点だと思っている箇所が長所として映ることもあるだろう」、そんなふうに考えたことがなくて、気持ちが少し楽になりました。 「表現が稚拙であっても書こうとしている本質的なイメージが満足のいくものであれば多少滲み出るものはある」、まさにこれを目指して書いていましたが、表現の仕方によって、滲み出るところさえずれてしまいそうに思えて、悩んでいました。 けれど、自分にとって大切な「イメージ」の部分を、改めて見つめ直したいと思います。 「表現の精度は作ってさえいれば時間とともに改善されてくもの」、そう信じて、落ち込みすぎずに頑張りたいです。 有難うございました!
キツイ言い方して申し訳ないんだけど、長い。 長いからこそ、自分の文章に引っかかることが多いんじゃないかな。 読み手を意識するなら、”読み手が分かりやすい文章とは何か”、”読み手を誘導する物語の作り方”を模索すべき。 作品のテーマやメッセージ性に沿って、読み手の心理を操作する方法はある。 でもその時、自分のこだわりを捨てなくちゃいけないときもある。(例えば、どれだけお気に入りでも、物語に不必要な情景描写や心理描写は削ぐとか。) 読み手の立場に立ちたいのか、書き手の立場で好きに書きたいのか、よく考えた方が良いと思う。
>>14
とんでもないです。そのように指摘していただけて、とても有難いです。 私は多分、書き手の立場で好きに書きたい人間で、だから読み手に対して不誠実であるというような、後ろめたさを抱えているところがあります。 ですから、分かってもらえなくてもいいと思っていますし、分かってもらえないことがつらい、のではなく、自分にとって最高に好きなものを作りたいのに、自分で読み返したときに引っ掛かりがある、ということが許せない、恥ずかしいのだと思っています。 「長いからこそ、自分の文章に引っかかることが多い」、その通りだと思います。 自分の抱くイメージに沿う、ぴったりな表現が出来るよう努力していければ、理想に近づけるかも知れないとコメントを拝読していて思いました。 有難うございました!
>>14
公式規約守ってるなら、趣味なんだし自分本位に楽しんで良いと思うよ。読み手なんておまけみたいなもんだし、後ろめたく思う必要はない。 読み手に分かってもらえなくて良いと言いながら不誠実さを感じていたり、矛盾してるのよね。成長過程で雁字搦めになっているんじゃないかな。 一旦落ち着いて、優先順位を整理した方が良いと思う。そのうち創作まで楽しめなくなっちゃうよ。 試しに今度添削依頼してみたらどう? 自分の短所が見える化できて勉強になるし、次回作に活かせるし。 がんばってね。
常に自分は未熟であると認めて、完璧な表現も、完璧に理解してもらう事も、絶対に不可能であるという事を受け入れてやってますね。理想を目指せば際限の無い事で、その理想を直ちに叶えられるほど物事はイージーに出来ていないと思います。100%、なんてものは絶対に無いです。気持ちの持ちようとしては、粗もあるし未熟さもあるけれど、書いてる最中は間違いなく楽しさを味わえたのだから自分にOKを出してあげる、という事でしょうか。あまりに自分に厳しいジャッジをし続けていると、楽しい趣味のはずのものが単なる苦行になりますし、そんな心境では良いものは生み出せないし悪循環となると思います。自分に優しくして肩の力を抜くと、凄くしっくりする表現が降ってきたりもします。
>>14
「読み手に分かってもらえなくて良いと言いながら不誠実さを感じていたり、矛盾してるのよね」 言われてみて初めて、それは矛盾することなのだな、と思いました。 個人的には、自分のために自分の好きなものを作りたい、がずっと最優先事項です。分かってもらえなくてもいい、自分にとって理想的なものを作りたいのに、自分でさえ理想的なものを作れない(抱いているイメージと、表現とが思うように重ならない)、のところに苦しさを感じていると思っていました。 このトピ文が長くなったのも、そのことを言いたくて予防線を張ったところがあると思います。 私の思っていることと違うふうに読めてしまうかも知れない、ということへの苦しさは、読者を意識した苦しさではなく、自分の未熟さへの苦しさだと思っていて、そのつもりでトピ文を書きましたが、言われてみると人目を気にしていて、矛盾があるのだなと思いました。 もう一度自分と向き合ってみようと思います。 アドバイスを有難うございました。
>>17
「常に自分は未熟である」、私もそう思います。ずっとそうです。 そして烏滸がましくも、そのことがつらいのだなと思っています。 コメントに書いてくださったことすべて、痛いほどよくわかりますし、胸に沁み入りました……。 「気持ちの持ちようとしては、粗もあるし未熟さもあるけれど、書いてる最中は間違いなく楽しさを味わえたのだから自分にOKを出してあげる」、 私もこれが出来るようになりたいです。 「あまりに自分に厳しいジャッジをし続けていると、楽しい趣味のはずのものが単なる苦行になりますし、そんな心境では良いものは生み出せないし悪循環となる」、 沈んでしまっているときの自分がまさにこれだな、と思いました。 自分に優しくして肩の力を抜くと、凄くしっくりする表現が降ってきたりもする、そんな在りかたを目指して、肩の力を抜きながら好きなものと向き合って、なるべく好きなものを作れるよう、頑張ろうと思えました。 何だか泣きそうになってしまいました……。 有難うございました!
力がついて過去の粗が気になるってことですよね? 1度今の力でリメイクされてみてはどうですか?スッキリしますよ。アップするしないは自由です。見てもらいたくなったら、今の力で書き直ししてみました!と過去作と比較で出すのもわりと楽しいです。
>>20
力がついたかどうかは分からないのですが、読み返していて、思っていたことをそのように表現できていないなあ、思っていたことと違うふうに読めてしまうかも知れないなあ、ということに落ち込んでしまいます。 力がついた自信がないので、余計にそのように感じてしまうのかも知れません……。 リメイクをする、というのは、とても楽しそうだとわくわくしました! 思いっきり向き合えますし、すっきりできそうです。 アップするしないは自由で、見てもらいたくなったら人目にふれるところへ出すというのも、自分のペースで出来そうだと思いました。 書き直すことによって、自作に感じているもやもやの部分がより明確になるかも知れませんし、自分なりに推しへの考えも深められそうだなと思いました。 挑戦してみます。 有難うございました!