わかんなくて良いですよ。
コメント返信させていただきながら、逆CPとリバは別ものなのにごっちゃになって質問立ててることに気付きました。すみません。
私はリバや逆カプ平気なんですが、受攻だとキャラの性格が違うのでそれが苦手ですね。受けは少女漫画の主人公タイプが多くて。受けでも攻めみたいな性格のキャラが好きなんでリバや逆カプも平気です。基本エロや腐向けならなんでも読めます。受け固定の攻め雑多かな?受けなのにこの行動したら攻めでしょ?みたいに言われたりするのが地雷です。
ABとBAでは全くキャラクターが異なるからです。それに、別にタチとネコに優位不利はありません。固定であっても関係は対等だと思ってます。
コメントありがとうございます。 ABとBAではキャラクタが異なるという視点、なるほどなと思いました。 性格や個性云々の話ではなくキャラクタの区分として別物になる、ということですね。 ABとBAではそれぞれのキャラクタの見たい側面が違っていて、それぞれその側面を中心に造形されたキャラクタというイメージであれば必然的にそうなりますね。 受け攻め解釈が一致していればある程度見たい方向性が一致しているのでキャラクタ造形に相似性がとれている、という感じでしょうか。
愛し合っていたらどちらでもなるものという考えは少し異なるかと BLポルノ界隈でもリバが一般的ですがbottomだけであったりする方もいらっしゃるので。どちらでも良い二人が愛し合えばリバですが、どちらかしかやりたくないというのも有るからです。 Top側は立場/精神的優位に立つことがおおく、どちらかといえぱ相手を屈服させたい派です、逆にbottom側は愛されているのを感じたい、相手が自分で気持ち良くなっているのを見たい、包んで愛してあげたい派なのではないかな。と自己解釈しています。 だからこそ、私は相手に屈服させられたくないのはTopにまわりますし、愛に餓えてる子はbottomにまわす事が多いです。逆は屈服させられてしまいますし、愛を感じにくいのでナシです。 自分のしたくないことをさせられてしまっている。と感じる事が多く嫌悪感を抱いてしまいます、あと解釈の不一致で嫌悪感ですね。 厄介固定派の意見でした。
トピ主です。コメントありがとうございます。 同列に並べていいのかわかりませんが性自認やそういうもののように、そのキャラクタ毎の個性を解釈するうえでtop/bottomが含まれるんですね。そのうえで地雷となるのは、自分の解釈におけるキャラクタが嫌悪感のある行為をさせられている、という嫌悪感なんですね。なるほど。 私はCP間は対等という意識があるので、わたしはそこの感覚がずれてるのかもしれません。 とても参考になりました。ありがとうございます。
受け厨です。 受けが組み敷かれてるシチュエーションが見たいので、受け攻めが反転すると地雷になります。
トピ主です。コメントありがとうございます。 見たいものじゃないものを見てしまうことへの嫌悪感、ということでしょうか 地雷って強い言葉なので、絶対見たくないという意思、という感じですね
「好きな組み合わせ」から「好きなCP」になるときに、関係性の解釈(肉体関係込み)を基に左右を決める者です。 会話やエピソードなどを見ているうちにA+BがBAではなくABに至るまでの解釈が定まってきて、その際になぜAが左でBが右なのかという理由も明確になります。 左右固定ですが、攻めだからといってAが優位ということではなく、逆もまた然りです。加えて、リバであるから対等だという考え方もしていません。 リバが地雷というのは、あくまでも私の場合ではありますが「解釈違い」という言葉に尽きます。
トピ主です。コメントありがとうございます。 キャラクタ同士の関係性という物語(解釈)における必然ということですね。 どういう関係性になるのかはその物語の着地点次第というのは、とても納得できます。 私もキャラクタの精神性や関係性に対する解釈に自分の癖や好みがあります。 地雷を認識するうえで「解釈違い」という言葉はすごく重要なんだなと感じました。
「男にも穴はあるんだからいっぺん突っ込まれてみたら女の人の大変さ分かるよね〜」みたいなことを呟いていたフォロイーがいるのですが、彼女は二次創作においてはバリバリの固定派で攻めに突っ込むとか考えたこともない!とも言っていました。 攻めにも穴はあり受けにもモノはあるはずなのですが、こういった固定派の方は「攻め」「受け」という性別でキャラを見ているのではないでしょうか。 原作にそういう描写がなくても受けの睫毛だけ長く描く、腰を細くする、攻めと体格差がなくとも受けのモノは多少ささやかなサイズに描く、等の二次BLあるあるを見ると描き手の理想がよく分かる気がします。
単純に男女で考えると 入れる方は男=屈服させる方、立場が上 入れられる方は女=服従する方、立場が下 というイメージがあり(もちろんそれが全てではありませんが) 私は「キャー!跡◯様ー!(※フェイク)」というテンションでプライドの高い俺様キャラ攻めを推しているので、彼が屈服させられているところなんて見たくなくて地雷です。 中にはそういうキャラが陵辱されている所が滾るのよ!という性癖をお持ちの方も多いですが、自分の好みの範疇ではそういうキャラはそのまんま攻めなので… 受けのことも可愛いと思っているので、可愛い小動物(兎やハムスターなど)が鼻息荒く交尾するのを見て「イヤー!」となるのと同じ感覚です。
コメントありがとうございます。 「攻め」「受け」という性別、というパワーワードに知らない宇宙があるんだなと思ってしまいました。 構造や精神のあり方への価値観や概念が、抽象化されて描かれているというイメージでしょうか。 もしくはキャラクタの解釈は存在しなくて人形遊び的な役割分担という印象なのか…難しいですね。 ただ、ここにも地雷があるとするならやはり「解釈違い」という言葉になるんだろうなと感じました。 …解釈違いという言葉の万能感がすごいです。
コメントありがとうございます。 なるほどです。好きになるキャラクタ傾向に依存するキャラクタ解釈の方向性っていうのは無視できないですね。その王様的なカリスマのある人物が「相手を魅了する」のを見るのが好きなのか、「相手に魅了される」のを見るのが好きなのかは個人の性癖による部分で分かれる、ということですね。 わたしは小動物系も厳つい系も中身が「可愛い/愛おしい」と思えるかどうかが創作の原動力で、そういう解釈視点で可愛いもの同士がぺちゃぺちゃしてるのを見るのも好きです。 そう思うと、他人の恋愛観に口出しするな、という感覚が一番近いのかもしれないですね。
コメントありがとうございます。 キャラクタの性質や考え方や価値観に関する解釈の違いが苦手、ということですね。 受けか攻めかリバかという属性と、キャラクタ個性への解釈は軸が別、ということでしょうか。 受けか攻めかでキャラクタの描写がことなる感覚わかります。ここまでに頂いたコメントで「見たい側面」が違うからキャラクタ描写の方向性が変わってくるのは自然なことなんだなと理解しました。そうおもうと私も性格描写がより好みに近いほうに流れがちです。 「受けなのにこの行動したら攻めでしょ?」という価値観の押し売りはわたしもあまり好きではないです。むしろそういう揺らぎが二次創作の醍醐味なんじゃないかと考えています。