同人活動を何のためにやっているかの違いなのだと思います。 多い順に ①友達作り、同士との語らい目的 ②原作を借りた承認欲求の発散 ③原作から得た感情の芸術的発散 ④原作を借りた自己研鑽や研究、考察 多くの人は、ジャンルにハマりたてのころはパッションが有り余っているので①をやりながら③、④のステップをやっているのですが、一介の発想力が平凡なオタクが③と④をやり続けるのは至難の業です。 純粋に作品を作っていた人も徐々にネタ切れや発散を経て①で作った友達、もしくは界隈のファンに認められるためだけに②に移行していき、誰おま創作が量産されていくのだと思います。(匿名なので歯に衣着せずに言いきってますが、決して誰おま創作が悪いわけではありません。二次創作の題材は自由です) ①と②の状態の集団を互助会や村と呼ぶのだと思います。当然、原作を愛でたい③と④の人とは目的が合いません。 また、①②の状態の人は大抵③④のステップを経て互助会メンバーになっているので、③④の創作を見てもよほど上手いか、正解の解釈を叩き出してないかぎりは「それはもうええわ」と思ってしまいます。原作にすら飽きるんですからそれより早い段階で二次に飽きるのは当然ですよね。 これは、今まで③④を永遠にやれるタイプのオタクしか本や作品を出せなかったのが、近年物作りのハードルが下がり、ライトなオタクでも創作物を発表出来るようになった弊害だと感じてます。 ③④でも上手ければ誰にも媚びずに生きていけます。ですが、並の実力だと①②の数に押されたり、互助会ブクマと比較して落ち込まなくていいのに落ち込む羽目になり、普通に創作がしたい普通のオタクには生きづらい世の中になったなと心から思います。 一番いいのは、自分が①〜④のどこに属しているかを見極めて、①②だったら互助会に属す。③④ならば黙々と描いて上手くなり、互助会でも認めざるを得ない存在になるか、気にしないかのどちらかです。 どこに属していても、二次創作なら所詮趣味だし、遊びです。 楽しみ方は全部自分で決められるんです。それを忘れている創作主が最近多すぎです。数に踊らされすぎて、どう楽しみたいかを見失ってませんか? きつい言葉も言いましたが、私は自分自身が③④の人間なので、同じグループに属しているオタクの作る作品が一番好きです。名前も顔もジャンルも知らないスレ主さんですが、きっと仲間だと信じてます。 私のモチベーションは原作です。モチベを保つ必要なんてないです。何度だって描きたいものだけを描きます。もしもあなたが同じタイプで、私のジャンルにいたならば、感想を言うかどうかはわかりませんが、絶対に心の中で応援してると思います。 目に見えるものだけが全てじゃないって思えるようになることが必要です。こんなこと言ってる私も時々悔しくて不安になります。でも、趣味だってことを思い出して笑ってます。どうか、心穏やかに。お互い趣味をしたいように楽しみましょうね。 答えになってなかったらすみません。
わー!すごく分かります!私もマイペースに他作品摂取したい方なんですが、ちょっと低浮上で、交流が切れたらもう透明人間状態、ブクマガタ落ちです。反応しなきゃ反応されない、反応されなきゃ広がらない。だから、相手の作品を高速で消費して、自分の作品も高速で消費されていく。もう作業ですよね。たまになにやってんだ…となります。SNSのシステム自体が互助会を生みやすいのでこれはもう切り離せないかな。 まあ、交流のハードルが下がったのはいい面もたくさんありますけどね。若い頃はツイッターで人生救われましたが、最近は毒かも、と思い始めてます。 私もこのペースだと次は壁打ち、その次はツイッターやめるかなーと思います。どうせその内年齢的な問題で書けなくなるし、書いてる時の脳汁溢れる時の喜びに集中したいですね。
私もトピ主さんと同じような状態になり結局Twitterをやめて支部のみで活動してます。 Twitterでジャンル・自CP界隈の環境を知り、匿名掲示板で自CP界隈の人間を自CP界隈の人間(古参)が酷く罵っているのを見てから、自分がジャンル参入した時から自CP界隈に感じていた疎外感や違和感、それに伴う孤独感の理由がわかった気がして界隈から去りました。 最初の頃は創作者と交流したい、創作者から評価されたいと思っていましたが今はもう思わなくなりました。 何のしがらみもなく自分の作品を受け入れてくださる方々だけが心の支えになっています。 >SNSがない頃は純粋に作品も人間関係も楽しんでいたのにな、と懐古の念でいっぱいになってしまっています。 本当にそう思います。SNSがない頃も人間関係で嫉妬とかそういう感情はあった気がしますが今より純粋に作品や人間関係を楽しんでました。あの頃はそれが出来ていたのにSNSではそれが出来ない、色々便利になる代わりに精神的・心理的に負担が大きいのでそれに耐えることが出来る(順応できる)色々な意味で強い人だけが生き残る世界なんだと思います。
創作者から評価が欲しいなら相手のことを積極的に評価しましょう。 そうではないなら、創作者から評価されなくてもスルーしたほうがいいと思います。
問題を整理すると ①自作を評価して欲しい ②交流を楽しみたい ③過去上手くいかなくてツイッターに抵抗がある ってことかと思ったんですが、かみ砕くと まず①、あなたの書き方見ると交流してると評価してもらえるけどしないと評価されないってことでいいですか ②ですが交流したいけど相手の言動に振り回されて壁打ちになってそうなると①と連動して疎外感を覚えてしまったっていうのの繰り返しで悩んでるってことですか ③ツイッターやりたくないけど①②の目的があるから支部やサイトに振り切れないってことですかね 逆にあなたの理想は、自分の好きなものを義理とか関係なしに評価して自作も純粋に評価されて交流も好きな時に気になった相手にしてTLには気に障るようなこと言うひとはいなくてTLにいると好きな話題で盛り上がることができる、ってことでしょうか? 実はこの理想に近づく方法はあるんです。 でもそれにはあなたが好きなように創作して好きなように交流するしててはできません。今までそれでうまくいかなかったんで、別のやり方に変える必要があります。 でもそれをするつもりありますか? 多分ですが自分の好きなようにやりたいんじゃないでしょうか?例え現状のように結果に苦しんでいても。 私が思うに、あなたの苦しみは表面的には承認欲求が昇華されないって所にあると思うんですが、その原因は別の問題だと思うんです。 推測ですが、あなたは自己肯定感が低いのではないでしょうか? だから承認欲求が高まり他者から評価の欲求が強くなるのではないかと。 あなたに必要なのは自分への絶対的な自信であり、自己への肯定なのではないでしょうか。 逆に言うとそこが足りない限り、どれだけ評価を得ても不満は生まれ交流も相手や周囲への不満が消えないのでは。 アファメーションなどの自己肯定の手段の実践が解決方法ではないかと思いました。
トピ主さんと同年代の字書きです。 約15年前に個人サイト開始(現在も細く長く手入れ中)→現在支部で小説書き、他SNS無しです。今後もTwitterに手を出す予定はありません。 そんな私からすると、トピ主さんのような苦悩を拝見するたびに「Twitterって辞められないものなのかなー…」と感じてしまいます。 私は昔から自分の妄想を形にして自分が読みたい、という気持ちで二次創作をしています。なのでモチベーションは「自分の妄想を小説にして自分が読んで満足する」でしょうか。 個人サイト時代からそうであって今も変わりませんので、「人に認められたい」「評価されたい」という承認欲求がさっぱりです。 もちろん感想をいただけたら嬉しいですが、それは評価されたというよりは、めちゃめちゃ褒めてもらえて嬉しいなーという感覚です。その場で食べるクッキーもらった!おいしい!みたいな…そのくらいの軽快さです。なので良い意味で後に残らず影響されません。 一番最初の方の回答で言うなら③になります。(横からですが素晴らしい回答だと感じ入りました!) ①は「いらっしゃったら楽しいね」②は「別にいらないやー」です。 本当にそう思っていますので、トピ主さんとのお考えの差は性格の違いなのでしょうか? トピ主さんのお話を拝見して、自分がするブクマにまで制約ができるの!?と驚きました。 自分の行動に見えない圧力がかかるなら何も楽しくないですね…。 うーん…もうTwitterやめちゃったらいいんじゃないでしょうか。そんな簡単な話ではないのかな、とも思うのですが、支部だけなら交友関係も見えませんし、本当に作品一本一本を楽しめます。 誰かの目に留まれば、それが感想を言って下さる方だったらコメントのやり取りも楽しめますし。好きカプの字書きさんや絵描きさんにコメントを差し上げてお返事をいただけたら、それは立派な交流です。そしてそこから生まれる新たな関係もあります。 一度Twitterの広い世界を知ってしまうと、支部の世界のみだと物足りなくなってしまいますか? 私は誰の言葉にも影響を受けず、自分の好きなものを好きなように書いて楽しんでいます。好きなものを読んでブクマして感想もお伝えして、日々萌えと悶えを頂いております。そこからさらに妄想が生まれて小説を書きます。 私は、ではありますが。支部のみの世界、気楽でとても楽しいです!トピ主さん、いつでもいらっしゃいませ!