おもろくてまとまってる文章だ そんなことがあるのか… ボコボコというほどでもないんだけど シンプルにピクブラが死んだから海外ジャンルに行ってみたんだけど 自分より全然絵が下手な人に評価で負けるの人生初の体験すぎてる 日本ならミソッカスのヘタレに前ジャンルで唯一神やってたこのワタクシが…?負け…る…?みたいな顔を毎日している 桃源郷みつかるといいね
二次→一次だとそうなりやすいよね 一次→二次だとむしろえ、これでこんなに数字もらえるの?!て感じで逆の現象になるし 創作して数字が見える以上落ち着く場所はないんじゃないかな 一次を完全に趣味としてやってる人と二次創作で数字を追いかけてる人は根本的にベクトルが別のところにあると思うし
トピズレかもだけど司書の資格は取ろうと思えば苦しまず取れるぞ…
二次やめてネトゲの高難易度に逃げたらクソ上手い人たちがごまんといて自分もそこそこ上手いという自尊心がボコボコにされたことならある
同人誌の売り上げなどには代えられぬ豊かな財産って表現素敵だなぁ。文章が上手で読んでいて面白かったです。 と言われて私なんて面白くない、もっと上手い人がいる!とジャッジせず私ってやっぱりうまいんだわ♫って自己肯定アゲアゲでいけばどこでも好きな場所が桃源郷になると思います。
趣味自体が広義で言うと現実逃避であり気分転換だからなあ。 この状態で二次戻れば前は得られないものが得られるんだろうから戻っときなよ。 それはそれとして評論ジャンル行ってみたいんだよな〜
どこに行っても精神の安寧はないよ ROMになっても、もう自分は書けないんだってなった まったくジャンル違いの趣味に行っても、ボランティアに全力を尽くしても、子供ができても、仕事で評価されても、それでいいとか安心するとかはない。全力を一個に傾けちゃうと余計に。 それでもまだ一番マシなところを探すしかないよね。個人的には二次腐と一次腐&健全と一次公募と仕事と家庭と友人と親族関係を反復横跳びしまくるのが一番精神的には楽だった。コミュニティが多くなればなるほど楽なのはあるかも。
単純に無知でゴメン、評論ジャンルって一次創作のこと…? 初めて聞く造語で思わず聞いてしまった
>>9
物申すトピに挙がってる回答だと文芸、グルメ、歴史、色んな施設や電子機器とか、ひとつのジャンルに特化したオタクの評論、ざっくり言うとジャンル知らない人に面白さを伝える為の布教本みたいな感じらしいよ
>>9
即売会のマップ見て
>>9
コメ主です そんなんあるのか… てっきり他のコメ含めニュアンス的に二次→一次に移行のことを言っているのかと思ってその造語かなんかがあるのかと思ったんだけど、 まあトピ主凄いジャンルに行ったね… それは行かなくても心折れそう
逃げ続けても安寧の地は無いねぇ… それで大成した人だって逃げ続けた先がたまたまその人に向いてた場所だった、ってだけだからね、要するに逃げて勝てる人は運が良いだけ 運が無い人は努力して運を引き寄せるしかないね、大抵の人達は大なり小なりそうしてきたそっち側だしな
本気で好きで好きでアウトプットしないと気が済まない事ならばさほど気にならなくなるんじゃないかな。評論ジャンルとか一次の人って二次創作同人の人よりもその傾向強そうだし。 二次創作も本来は皆そうだったはずが、今は評価が数字で自他共に分かりやすくなって評価至上になりやすくなってしまったのかと。最初は本当に好きで好きでアウトプットしてたのに、バズの快感を知ってしまい好きだけで出来なくなる、と。二次創作同人は人が多くて簡単にバズるからそうなりやすいんだと思う。最初から評論メインでやってる人みたいにはなれないし、どのジャンル行っても上には上がいるので安寧の地探すの難しいよね
>>14
簡単にバズるのわかる… 同人って日陰の存在でわかり合える人がなかなか見つからないマニアの逃避場所だった気がするのにな マニア=特殊エロでもなくて本当のただのマニアック コンクリートをひたすら調べた本とか
これを機に、自分軸での幸せを学べるといいですね 評価や売り上げなど、他人からのレスポンスに軸足を置きすぎると簡単に幸せは霧散します 少しずつでも、自分の中にあるものに幸せを感じられるように切り替えていけたら、メンタルもやられにくくなると思います
>>14
オンリーワンどマイナージャンルにハマって、自分が最初の開祖になればよさそう もちろん読み手もいないけど、我こそは書き手であり読み手!私が読みたいから私が書く! ってなれば、比較する相手もいないし数字も無いしで最強だよ
自分は一次で下読み相手に書いてる感じだったので、初めて二次したときにたくさん読んでもらえることに驚いた ただ二次を続けるとその中でも他人と比べることになんどよね 一次ではまったく感じたことなかったのに なので最近は反応ほしいとき二次、己を突き詰めたいとき一次と並行して動いてます 逃げるのとは違って、価値観固めないための運動みたいな?
>>9
評論カテゴリ、メロンブックスとかで評論で検索してみたら一発で分かる 店に置いてそうな書籍からマニアックすぎるものまでさまざま
たぶんトピ主の求めている答えじゃないけどそういう悩みから抜け出すための思想が原始仏教じゃないのかな 問題は他者との関わりによって発生しているように見えるけど、ただの事実を問題として受け取るのは自分の考え方一つによるもの。彼我の比較や承認欲求、功名心そういう自我への執着を手放すことで精神の安寧を得られるってこと
同人活動の何たるかに気付いてしまったのなら、今トピ主に必要なのは逃げる場所ではなく「評価以外の創作する意味」じゃないですか?精神の安寧を求めてまたちやほやしてもらえる場所に逃げたところで違う、そうじゃない、とか言って今度は別の苦しみに襲われますよ、今のトピ主なら。やっぱり私は評価されることにしか価値を見出だせない人間なんだと、また心をえぐられたいのですか。 せっかく真の意味で創作する楽しみを知れるタイミングなんだから、いっそ評価なんか知らんもう折られる筆なんかねぇんだくらいの気持ちで新しいことに挑戦したり、なんか訳の分からん自分だけが楽しい本とか一度作ってみたらどうですか。評論ジャンルの同人誌って大体そうですよね。 私の場合、評論とは違うかもしれませんが、ずっと誰にも見せず自分の年表を作ってます。中身は薄いです。ただすくすくと成長して大人になっただけのごく普通の一般人なので、転機もなけりゃ大きな事件もなく、「6歳夏頃 友人4人と並んで歩いていたら隣の子がどんどん寄ってきて側溝に落とされた」とか、そういう懐かしいエピソードをふと思い出したときにちまちま書いてます。 ちなみにこれはコミケで売る予定はありません。当然です。製本したところでこんなものにお金を払う人などいませんので。でも書いてます。作るのが楽しいから。 3部しか売れないのに同人活動を満喫してる評論ジャンルのあの人も、多分だいたい同じ理由です。売上に勝るものを知ってるからです。それにトピ主も気付いたんですよね。 じゃあ今度は精神の安寧より、自分の楽しい気持ちに全振りできるものを探しませんか。バキバキに折られてもう筆が無いなら素手ででもいいんじゃないですか。人から見てどうであれ、自分が創作って楽しい!と思えていることが最大の評価のはずです。格の違いに打ちのめされたのはそれに気付いたからです。 ボコボコにされたようですが、トピ主はまだ終わってないと思います。適当なこと言うなと思うかもしれません。実際トピ文読んだだけなんでまあまあ適当です。でも私にはそんな気がするので、また気が向いたときにでも筆を執ってください。いつかどこかで巡り合えることを楽しみにしてます。応援してますよ。
>>21
いつかの自分と重ねてしまいました 長文ごめんね