数字が取れないのはdpkでしょ。字馬ならhtrではない。ただしどこまでをhtrとするかの線引きは個人差が激しくて共通見解はない。 でも小説だと「萌える萌えない以前に何が起きてるか分からない」レベルの文を指す人が多いんじゃないかな。
「とゆう」「せざるおえない」レベルの人はhtrだと思ってる
基準は人によると思うけどぶっちゃけ読めば一発で分かる
主観でいえば作品を最後まで読み切れないレベルの人がhtrかな。 視点がころころ変わる、助詞が使えてない、テーマが不明瞭、ト書き文、何が書きたいのかわからずテーマがないなど。気になるのはこのあたり。 評価の量とhtrかどうかは違う。字馬のpkはいても字馬のhtrはいない、みたいな感じ。
最低限の発表能力がないこと、をhtrだと思ってる 読みにくいとか、文章として成り立ってないとか 絵だったらそもそも完成してないとか、ちゃんと描かれてないとかそういうの
>>2
なるほど! じゃあ私が疑問を抱いていた字馬はdpkか 時々文脈がおかしいものでも数字取っていたりするから個人差は確かにそうですね
>>3
それは確かにそうですね 国語力が…
上記で出たようなものは確かに読めばすぐわかりますね
>>6
字馬のhtrはいない、に納得です 評価とは必ずしも比例しないんですね
その能力のなさに気づけていないのがhtrって感じですかね
評価のない中での巧拙によってhtrって感じですね 確かに参入時期などは大きいかと思います
あるあるなんですね! 脚本書きよく見かけます かなり数字が付いていたりして不思議だったんですが、質が比例しないのならそうなのかという感じです
短い時間に多くの回答いただきありがとうございました 総じて数字と巧拙は比例せず、字馬でも数字の低いものはdpkでhtrはそれ以前の問題だと納得しました これにてトピックを締めたいと思います