R18表記はエロがあるか無いかの指標でしかなくて年齢確認をしようという意識は全くなかったよ
5の同人板の過去スレ見れば当時のリアルな声いっぱい見れると思うけど
インターネットの普及で世界は一変しました SNSの登場で、今では情報の拡散は当たり前ですが、当時は見知らぬ間柄の同好の士が情報を交換、共有するには、どこかの集まりでたまたま会うか、友達の紹介か、雑誌で文通の相手を募るしか方法はありませんでした ヤバい本が書店で流通している そんな事実も、共有されて議題に持ち上げられなければ、そもそも問題にすらなりません 問題にもならないものに対処する必要もありません 結果として見逃されていたものが数多くあります 2、30年くらい前は、そういう世界でした
浅草橋やお茶の水辺りの会議室を貸し切って個人主催のオンリーイベントが頻繁に行われていた ブックオフで飛翔系のBLアンソロに遭遇してショックを受けるのは定番だし、友達がこそこそ買ってたのはまさにソレだったんだなと
>>6
追記 今でこそロリータファッションは可愛い子が着ているものだけど、20年くらい前はいかにもヤバげな人が着ている確率が高く、同人イベントだと遭遇率高かった その頃よりさらに遡るとコミケにピンクハウス着てくるのがステータスみたいな風潮があったらしい それと、おそらく大半が釣りだろうけど昔の2ちゃんの同人板にはロリータファッションの変人に迷惑かけられた被害報告がよくあって、その手のロリータはドスロリ(どすこいロリータの略)と言われていた
18禁描写があるような二次創作アンソロジーや雑誌(ジュニアとか)も普通の書店に置かれてたし未成年でも買えた。 ただ、エロ描写自体は今の女性向けの方がだいぶ男性向けっぽいモロ出し描写になってると思う。 2,30年前当時は少女漫画みたいな線の細い絵柄で、下半身自体あまり描かなかったり局部も全体的に白ボケしてる感じのが多かった気がする。 上の人も言ってるけど、ネットが今ほど普及してなかったというか掲示板はあったけど一部のオタクがこもってヒソヒソしてるだけだったし、今みたいに万人がスマホ使って簡単にSNSに意見を書き込む感じではなかったので、「炎上」という現象がそもそも無かった。
20年前って大した昔じゃないよ V系みてもすでにHY◯EやGac◯tいたし テニスがはやり始めた頃かなあ 20年前より古いスラ◯ンのお姉さん達で出戻り組いるし
今はインターネッツそのものが魔境だよね metaタグやrobot.txtやhtaccessで検索避けの勉強したのは遠い昔じゃよ
>>9
20年前って、やっとADSLが普及し始めた頃だよ ネットはまだテキスト中心 画像の読み込みにすら時間がかかった時代
住所と本名を載せて通販したり文通相手を募ったりしてた
調べたら20年前って支部ができる3年前なんだね、まだ個人サイトやブログが活発な頃だったと思う。いにしえのガラケーサイトとか。 同人誌は通販よりイベント売りが主。トピ主が見てしまったという商業アンソロは今思えばアウトすぎる代物だけど、気軽にイベントに行けない地方民にはありがたい存在だった。
まだ20年は経ってないですが、二次創作にハマってサイト巡りを始めたのが00年代後半でした SNSではなく個人サイトなので評価の数字が可視化されていなかったため、特に小説は大手との格差がわかりにくかったように思います ただ人気の創作者が新作を上げた後は拍手コメントのお礼・返信の量がすごかったですね (たいていサイトと繋げているブログでされていました) 個人サイトにも交流または片道のリンク集があり今のフォロワーと同じような感じで、まめに巡回して新作をチェックすべき、みたいな考えの人もいました
ちょうど20年前て普通にサイト持ってたし、テキストが主体なんてことはない pixivやSNSはなかったから拡散とかせず地道に交流でサーチエンジン登録が要だった ブログが普及したのもその頃で、2000年代半ばにはズボラな知り合いは全員サイトをブログだけの運用にしてた(2ヶ月とか更新ないと消える無料サーバ使ってたけどブログは消えない) 私はお絵かき掲示板が好きで、cgi組んで日記つけてたな。 マイナージャンルにしかいないからSNS拡散とか無縁でイベントは変わらないよ サークルカットだけ見て来てくれる人結構いた、カットもっと大きかったし自分でも見て買いに行ってた それよりちょっと前は載ってたけど実住所非公開に移行した頃だわ
夢小説スクリプトで「あなたのお名前は?」というウインドウが出て「悪質サイトだ…」と思ったことが何度かあり、色々調べてみて夢小説というものを知った。夢はオンライン上のスクリプト遊びから夢主たちの本気度が高まり始めた 検索よけしていない虹サイトが検索で引っ掛かって「あ~(察し)」ということは普通にあった この頃はまだメーリングリストで仲間を募ってるオタクがいた気がする
ちょうど20年ほど前、某海賊漫画にハマっていました 同じく当時小学生でパソコンの授業中に「好きなものについて調べる」というのがありそこで見つけてしまったのが二次創作サイト そのときは二次創作だとかそんなことは全く知らず、面白いものがあるなと見ていました ファンの交流サイトの面が強く、BBSや各種ゲームがありイラストや小説を見なくとも楽しめてしまっていたんですよね そこのリンク集から二次BLサイトに落っこちていきました 両親と共用の自宅パソコンからサイトにアクセスしていたので今思うととても怖いです… 私の所感ですが当時はまだ女子が飛翔系漫画を買うことがちょっと恥ずかしい感じもあった気がします
2004年か。やっとネットカフェが都内に出来てきた頃だね。一般家庭でパソコン持ってるのは珍しい方だった時代 フォレストページなんかでガラケーサイトを作るのが活発で、パソコンから見る個人サイトも普通にあった 絵描きはお絵かき掲示板やお絵描きチャットで交流してたな。マウス描きで下手ですみませんって謙遜をよく見た。〜さんじゃなくてAタン、Bしゃんって呼び合ってた。仲良くなった人とはチャット上で待ち合わせ場所を決めてオフ会もしてたよ アニメイトに同人イベントの告知リーフレットが置いてあって、そこで絵が上手い人を知ってたし、本屋に普通の単行本くらい分厚いエロ同人が置いてあった。表紙で公式本だと間違えて買ったことある 同人の通販は確か小為替でやってて、相手の住所を知ってしまうのは当たり前だったはず。イベントはどこかの会議室を個人が借りてやってて、主催が色々企画をやってたのは今のwebオンリーと大差ないかも。ただ昔の方がイベントによっては抽選会とかがあって良い意味で自由だった 時期的に電車男ブームでオタクの存在が一般人に知られる直前の頃だから、古き良きオタク文化最後の時代かもね。数年経ってmixiやpixivが出てくると少し雰囲気が変わったように思う
アニメイトの入口にチラシ掲示板があって、イベントの告知や個人のペーパーを自由に置いたりできたよね 個人のペーパーは本の通販とかイベントの予定とかがメインだたけど、ただのブログみたいに日記や自己紹介を書いてる人もいた ペーパー配布者募集してる人が多くて、友達が全然知らない人の同人ペーパーとかを学校で配ってた。ミスフルとか最遊記だった 普通に住所載せて文通募集してたし、FAXで文通するのも流行ってたから電話番号も載せてた 当時商業アンソロとか買ってたけど、R18は非常にふんわりしてた だいぶ後になって尻を使うと知ったときはショックだった…笑
>>2
まじか…そんなフリーダムだったのか…
>>4
クレムに入り浸ってるせいで5の存在を忘れてましたわ…ありがとう、ちょっと覗いてみよ
たしかにSNSなんてなかったから、一般に広まることもないですよね。掲示板はあったけど、それこそ一般人は見ないし。
>>6
どすロリwwwパワーワードすぎて笑ったww 今みたいな大型イベントよりも小規模なイベントがたくさんあったっていう話はきいたことあるなぁ
2004年、社会人になってちょっとした頃なんだけど会社では普通にPC使ってるし自宅にもあった。失われた20年とか言われて景気が悪かったころだよね、就職氷河期だった。卒業したら既卒扱いで就職不利だからって、学費払って無駄に留年した知り合いたくさんいた。 ちなみに、その数年前から大学も卒論はパソコンで作成して印刷提出だったよ。 スマホ前夜で、ケータイ小説、掲示板、個人サイト、ブログ全盛期じゃないかな。 創作界隈でいうと創作BLが広く認知され始めたころ。明るくて元気なBLがいっぱいあって、もうJUNEとか801とか耽美系とか言わなくなってた。ドラマCDとかBLゲームも大量に作られてた。🏀から商業行った作家さんが大活躍してたんじゃないかな。 闇鍋の商業アンソロは後期に入ってたんじゃないかなぁ。 テキスト時代はさらにその10年以上前だな〜win95前後の話じゃないかな、パソコン通信世代ね。 その頃に翼とか⭐︎矢で壁だったお姉さんに、昔の話聞いた事がある。ピンクハウ◯もだいたい同時代のはず。 90〜00年あたりは確かにゴスロ◯人気だった。レイヤーのゴス率異常に高かったな。
インテでパンフを買って待ち時間にサークルカットひたすら見てたの思い出した。当時の人気カプが何ページにも渡って続いてて、まだあるの!?てびっくりした。nmmnジャンルが存在することも知らなくて、サークルカットで初めてその存在を知るっていうのもあった…
おそらく海賊版アンソロジーのことですね。出版社が裁判を起こし当時はニュースにもなりました http://web.archive.org/web/20090623021846/http://s… (十二国●) https://web.archive.org/web/19991005041701/http://… (トライ●ンの作者のブログ) こちらから某出版社の手口を知ることができます (【ニンジン問題のこととその後】を参照) 「原作者許諾済み」と嘘をつき二次創作作家さんにアンソロジーの原稿を依頼していたようです
サークルカットに小さい字でサイトのURL書いてあるからがんばって手入力して新刊情報見たりしたな オンリーサイトの参加サークル一覧の上からひたすらサイトチェックしたりして大変だった
たぶん90年代後半だったと思うんだけど、当時小学生だった私がオタクになった原因は親に連れて行って貰った中古屋でファンロードという雑誌でセー◯ームーンの投稿イラストを見てなんかドキドキしたんだよね アニメはスターズ編から見始めたんだけど、投稿されたイラストを観て「自分もこういう風に描いてみたいな」と思ったのがきっかけ 今は字書きだけど ファンロードはインターネットが一般的になる前のファン同士の文通に一役買っていたらしいので 確か2000年代前半に終わったんだけ? 最後の記憶がテ◯プリ
トピ主の同人アンソロは、商業アンソロ(商業アンソロジー)だね 同人誌を商業用再録した奴で給料はかなり安かったとか 排球で炎上してそれ以降はあまり見かけなくなった (最近でも鬼滅アンソロとかあったけど 本屋で公式単行本だと思って買って、読んだらガッツリR18やらでトラウマ受けた小中学生は多い 商業アンソロでggったら当時買った経験談が出る 同人だと個人サイト、おえかき掲示板、絵チャが流行ってたな~直接の同人じゃないけどふみコミュで2次創作絵募集とかあった 通信販売もそんなになかったから、小切手かで支払う、個人サイト&メール経由で個人情報モロ出し状態だった ジャンルだと復活、テニプリ、Dグレ、ブリーチが人気あった
20年前というと個人サイト全盛期だねえ ダミーエンター、黒背景に翼や十字架、「あなたは〇〇番目の迷い込んだ天使」、キリ番踏み逃げ厳禁、毒吐きネットマナー、ウェブリング、〇×同盟、お絵チャ、ナリチャ、ティーカップ掲示板……
>>18
>一般家庭でパソコン持ってるのは珍しい方だった時代 そんなことない、2004年にパソコンとネット環境がようやく我が家に導入されたからよく覚えてるけど周囲の友達やクラスの中では一番最後くらいだった 都会にほど近い郊外だから、田舎のことはわからんけど
2chに専スレがあった(しかも公式スピンオフみたいな話いっぱい) 個人サイトが至高。一話=作者ではなく、全話イメージ=作者だったから住み分け自然と出来た pixivの評価が点数制。1~10点評価。1点爆撃が横行した
夢サイトであなたのお名前は?って質問にPCの持ち主の父親の名前を入れたら、推しキャラと父親の恋愛小説が始まって大混乱したみたいなのを読んでクッソ笑ったのを覚えてる
>>9
「やっと普及し始めた」は無理があるでしょ… https://bb.watch.impress.co.jp/cda/special/16691.h…
今はほぼ見かけないんだけど、確かにあの頃は、 流行りのアニメのエロパロを、まずラフっぽい漫画描いてコピー誌にしてイベで売る、 それをペン入れトーン貼りしてオフセにしてイベで売る、 それを商業に持ち込んでアニパロアンソロに収録してもらって原稿料もらう(ただし1P¥3,000- 程度で安い)、 それを自分の単行本に再録して印税もらう、 ……という怒濤の4段マネタイズをしてた作家さんもいましたねw 今じゃちょっと考えられない あとこれは私の実体験なんだけど、警察から「この本知ってる?」って問い合わせが来て、 見たら表紙だけ私の絵で、中身はバラバラの作家さんの作品の寄せ集め 警察によれば、ヤクザが儲けのためだけに作った海賊版だそうです 地方の本屋さんでひっそり売られていたそうですが、そんなんで儲かるのか……
個人サイトの時代で仲良くなった人にmi×i誘われて登録したら結構なお気持ちが溢れてて、うわ〜っとなった記憶がある 今でいう鍵垢を見てしまった感じ
オタクじゃない人のことをパンピーって言ってた。今はオタクが当たり前になってパンピーって概念が消失した
>>8
たしかにこんな頻繁に炎上するのは現代ならではって感じですよねぇー 今の女性向け性描写が男性向けっぽくなってるのは同意。
>>9
実家には90年代からネット環境あったから、20年前ならもうちょっと後かなって。 でも画像読み込みに時間かかるのはわかる!個人サイトやってたけど、一画像100kb以下に抑えようってがんばってたの懐かしいw
>>10
な、懐かしい… 良くも悪くも今はオープンだよな…
>>12
すげえ…今だったら絶対できない…
>>13
まさに個人サイト全盛期だった!っていうか支部ってそんな前からあったのか 通販自体が主流じゃない時代なら書店に出すしかないか…なるほど
R18本が年齢確認なし、高校の制服でも買えてしまってた オフイベは企業主催のものはほぼオールジャンルの募集しかなくて、ジャンルオンリーやカプオンリーは個人が会場押さえて開催してくれていた そのせいか地雷の概念自体があまり無かったように思うね 当時のペーパーっていう存在は、通販情報を載せるツールでもあったよね ファンロード・ファインドアウトでペーパー交換を募る投稿があってそこから文通に発展することもあった でも大体フェードアウトして行って音信不通になってしまったなー 文通相手は今漫画家さんになっててびっくりした
>>14
拍手!懐かしいですね〜 SNSと違って個人サイトは気楽だったなーって思…ったけど、そういえばカウンターとかキリ番とかあって、それはそれで数字気にしてたのを思い出しました。結局今と変わってないのかもw
>>16
わかる、自分も初めて見た夢サイトで「名前を入力してください」って出てきたときはビビっちゃったw メーリングリストか…その文化は知らなかったな
>>17
BBSありましたね!お絵かき掲示板に投票制お題があって、好きなジャンルに投票しまくってたなぁ… 自分の周囲の女子は結構少年漫画好き多かったんですよね。遊○王カードとか集めてましたし、WJ学校に持ってきてる子とかいましたよwレアだったのか…?w
>>15
同志を見つけるためにはサーチエンジン必須だったね!2000年代後半くらいからサイトよりもブログが増えてきたような気がする。 お絵描き掲示板、自分も大好きだったよ!
>>18
自分のところは窓95からPCあったし、クラスでも家にPCある人は半分くらいはいたかなぁ。マウサーだったからペンタブ持ってる子が羨ましかった。 電車男懐かしいね…萌えって単語が広まるきっかけだったかな。ていうかアニメイトもそんな前からあるんやねぇ…
>>35
うわ地方の本屋に売られてた同人誌なっつ ネットも無いし訳も分からず買ってた子いたよー その子が小学校に持ってきたそれが初めての同人誌…
20年前というと既にネットは普及してたんで、ネット上で二次創作を楽しんだり交流したりオフ情報(今ほど親切ではない)を集めたりできたのは同じだけど、今みたいに1つのSNSに大勢が集まってるってのではなく、各々が個人サイトを持ってて発表の形式もバラバラだったので、見て回るのに時間がかかってた記憶はある。サイトを持ってなくて情報がないって人もそれなりにいた。 インプレッションはないけどカウンターとweb解析があったし、マロはないけどweb拍手があったから、数字とかを気に病む人がいたのも今と変わらないし毒マロみたいなのも来てた。通話アプリはないけどMSNメッセンジャーは使ってる人沢山いてやり取りしてたし、スカイプも今年で20周年だそうで……。ネットアイドルとか音楽系の活動をしてる人達も結構いた。今と地続きって感覚がとてもある。 ただ、自分の回ってたジャンルだとネット上で見れるのは一枚絵と小説が殆どで、漫画を見た記憶はないんだよな……。漫画はアナログが主流だったからスキャンの手間があったのか、レンタルサーバーの容量の問題だったのか、そういうのはちょっとわからない。支部が出来て暫くしてから、2010年くらいからは漫画もよく見かけるようになった。今と違って爪楊枝漫画だったけど。 オフイベは当時高校生で買い手として2,3回行った程度なんで詳しくないけど、行った事があるのはコミケと個人主催のイベントだけで、今は女性向けと言えば!な赤ぶーは自分は全く聞いた事が無かった。 もうちょっと後になってから全国って単語を見かけるようになって知ったな。 友達がコピ本を出していたけど、アナログで原稿を描いて、PCで打ってプリンターで出したセリフを貼って…ってやってた(セブンのコピー機がトーンが綺麗でる、とか言ってたようなw)ので、全部デジタルで済ませられる今は楽になったなぁと思う。オンデマが普及して綺麗な本を安くで作れるようになったし、入稿もwebで済むから本当に便利になったね……。