2025/10/08
何をしていたのか、どうするべきなのか、わからなくなってきました。
何をしていたのか、どうするべきなのか、わからなくなってきました。
とても好きだった推しが原作で死に、推しが死ななかった世界を見たい、と、二次創作を始めたのが10年ほど前です。
それまで、絵なんて数えるほどしか描いたことがありませんでしたが、とにかく、他に私自身が救われる方法がわかりませんでした。
私はそれからずっと、死の運命が訪れなかった世界の推しを描き続けてきました。
推しを描くことはもはや日常のルーティンの一部と化しており、以前よりもペースは落ちましたが、現在でも週に2〜3枚ほど、一枚絵や簡単な1P漫画を描いては、Xにアップしています。
過去には、壮大な話にも挑戦しましたが、もうそういった事も推しには訪れませんので、ただただ、今日という日を、世界のどこかで生活している、そんな推しの姿を、描いています。
現在は、Xにアップすると、3〜10いいねほど押していただけることがほとんどです。
推しが生きている姿を描き続ける事に意味を見出していたため、特に数字について少ない等の不満は抱いておりませんでした。
むしろ、1つでもいいねがつくことで、推しが生きている姿を見てくれる人が他にもいる……という安心感がありました。
先日の事です。
とあるアニメを観ていて、とてもかわいらしい……と感じるキャラがいたため、ふと描いてみました。
この子を、仮にAちゃんとさせていただきます。
Aちゃんは描いていてとても新鮮で楽しく、明るく楽しい気持ちになれました。
そして、せっかく描いたのだからと、何の気なしにXにアップしました。
翌日、私は大変驚きました。私のAちゃんに、一万近くのいいねが──。
旬ジャンルの二次創作に一万、二万といいねが付くのは、クレムを見ていたため知識としては知っていましたが、何しろ、私には縁のない世界でした。
流行っているアニメなのも知っていましたが、Aちゃん、ここまで人気だとは……。
Xのおすすめも、それまではほとんど見ていなかったのですが、気になって見たところ、Aちゃんの作品が次々に出てきます。
どれもとてもかわいらしく、魅了されてしまいます。
そして、それらには一万、二万といいねがついていました。
私のAちゃんにも、なんだか距離感はよくわからないけど、かわいいと褒めてくれているリプがいくつか届き、それも素直に嬉しく思いました。
さて、読んでいただいている方には、この後の展開がきっと予想できることかと思います。
とても恐ろしい事です。
私は、推しと過ごす元の静かな生活に戻ろうとしました。
しかし、推しが今日どのような素朴な生活を送っているか、いつもならスッと絵が浮かぶところ、突然、全く浮かばなくなっていたのです。
代わりに、Aちゃんのかわいらしい躍動感のあるポーズが、表情が、次々に脳裏に浮かんできます。
ああ……。
気付いてしまったのです。とても恐ろしいことです。
私は、私が描かなければ、描き続けなければ、推しは、死んでしまう、誰からも忘れられてしまう、という、
思い込み 義務感 そういったもので二次創作を続けていたのだと思います。
一体いつからそうなっていたのか、1年前なのか2年前なのか、5年前なのか、定かではありません。
私が描いてあげなくても、推しは立派に生きて、そして、全うに死んだというのに、私ごときが、烏滸がましくも推しを「生かしてあげている」と、そんなふうに思って、ずっと絵を描いてきたわけです。
推しの死を、つまりは生き様そのものを、私はずっと傲慢な手段でもって否定し続けてきたのです。
私は、ひどく混乱しました。
何てことをしてしまったのだろう。
世界一大好きな人に、
そして、その気付きを私に齎したのが、推しとは対照的にもたくさんの人たちに愛されているAちゃんであること、
また、Aちゃんを描いた際に付随してきた大勢の他者からの承認、評価といった、そういった大衆的な価値であること、
これらの事実は私の心を容易く破壊しました。
私はこの先どうしていくべきなのか、毎日何もする気が起きず、部屋は荒れ果て、ヤフー知恵袋やクレムを眺めるしかできることがありません。
私は、どうしたら推しに償いをできますか。