追加ですみません、他の方もご回答ありがとうございます。今から読ませていただきます。
気にするけど日常が忙しくてずっと考えていられない
横からすみません。 以前は持っていた、自分の中で課題を意識することを最近おざなりにしていて、評価に気持ちが振り回されていたところでした。 大事なことを思い出せました。ありがとうございます。
追加ですみません。吐き出しトピで「自カプに書き手が増えても上手い人がいなくてつらい」というコメントを見てまた辛くなってしまいました。 自分もこう言われてるんじゃないかと… 人と比べない方は、こういうコメントを見てもなんとも思わないんでしょうか?
気にしない方の字書きです。 上手い下手の基準が他人の評価にないからだと思います。自分が納得出来た作品なら低評価でも気にしないし、納得できない作品だとずっとモヤモヤしてます。書く時に細かい課題を毎回意識してます。戦闘シーンを格好よく書こうとか、シーン転換なしで何処まで書けるかとか、シーン並びをどうしようとか、流麗な文章に挑戦してみようとか。 自分で見て課題をクリア出来てたらOKで、そこに他人の評価はおまけとしてしか入りません。 そんな感じです。
追記です。 上手い自信はありますし、今上手くなければ、更に上を目指して努力するだけです。そういったコメントに腹はたちますが、目にもの見せてくれるわ!!!!と書き続けるタイプです。
人と比べない、というか比べても落ち込まないです。 追記に関してもなんとも思いません。 この活動においての真価を見出す点がきっと違うんだと思います。 いいねはジャンルによって、タイミングによって変動しますし本質的な評価として受け取るには基準が曖昧です。 絵の上手さもまた、勝敗のあるスポーツや学校のテストと違って基準は人間一人一人の「感覚」に依存していて、自分にとっては曖昧なものです。 自分の感覚を基準にしても、上手い人よりは下手で、下手な人よりは上手いことは一生変わりません。 過去の自分と比較することは、他人との比較と比べて分かりやすいです。そして上手くなることはあってもブランクがとても長くなった場合等を除いては下手になることはありません。 なんでも上達すれば嬉しいです。 「過去の自分と比較して上達したら嬉しい」これが活動の真価の1つです。 また、絵を介して他人と心が通じることがあります。 同じフェチを感じあったり、お互いに切磋琢磨する関係になれたり、お互いのファンになったり。上手い下手ではなく、絵から伝わる人柄同士で惹かれ合うことがあります。 これもまた私にとってとても価値のあるものです。 過去の自分と比較して下手になったり、友人が絵を描くことをやめたりしたら人並みに落ち込みますが 他人と自分を比較して落ち込むことはありません。 性格等より考え方の差かもしれません。 トピ主さんは、絵を描くこと、その活動の真価は他人よりも上手くなることですか?
比べる気持ちわかるけど、比べた所でしょうがなくないですか? どうせ他の人より下手くそだからと書かなくても誰も困りません。 自分がやりたいからやるんですよ?
端的に言うと、「それはそれ、これはこれ」って言葉に集約されます。 事実は事実として、そこにあまり意味を持たせない感じです。 例えば、同カプの◯◯さんはいいねもたくさんされて感想もたくさんもらっているという事実があったとして、それと自分のいいねの数に関連性はないと考えてるというか……うまく説明できなくてすみません。 「自カプに書き手が増えても上手い人がいなくてつらい」というのを自カプで見たとした場合、自分が上手くないということは事実なので周囲にもそう思われてるのは当然だな~というところまでしか考えません。 ただ「自カプに~」の場合は、twitterとかでそう発言してる人がいたとしたら普通にデリカシーが死亡しているので近寄らないでおこうとは思いますけど……。
私は細かいことが本当に気になります。 他人の話に興味はないのに、自分の利害に関わってくるともうカッカしてしまいます。 まず、比較してしまう事についてです。 これは絶対に、自分と似てて自分よりも上手い人は見ないようにしてます! そのジャンルで字を書くなら字書きは見ません。 絵を描くなら絵描きは見ません。 つながる時は「この人は信頼できてカプも作中で絶対に遠くてクロスしない」って言う確信がある人しかつながりません。 そして人間関係も変化しますので、相手との相性の悪さを感じるようになったらいつでも切れる距離感を保っています。 何かあっても断れないような近すぎる関係は作りません。褒め言葉は真に受けないようにしつつ、お気持ちにだけは感謝するようにしています。 そして創作アカはちっちゃい範囲で活動しています。 人間関係を気にしなくていいROMアカを別に作っています。 そして自分の評価についてです。 自分が何故評価されないのか?で苦しむかについては、これは私はあまりありまそん。 たぶん、私は「見たい人が見て、『そこで楽しんで貰えたら』」の気持ちでいられるから楽だと思います。 「お願い、みて!褒めて!」と言う気持ちがあまりないんです。 それは何故かと言うと、じぶんが好き嫌いがきっぱりしていて、嫌いなものを見せられるのがどんなに苦痛か分かっているからです。 だから見て貰うときは、「お口に合えば嬉しいですが、もしあわないようなら無理に召し上がらないで下さい!」と言う気持ちでやっています。 つまり見てくださる方が喜んでくれるかどうか、の気持ちを最優先で置いてます…! トピ主さんも、「私を好きになって!」と言う気持ちは分かりますが、いきなりそこまでは思わず、「見て貰えたんだな」「喜んでくれたんだな」みたいな、見る側の気持ちを少し尊重するようになってみてはいかがでしょう? すると、「あ、これを好きになってくれた人がいたんだな」と言う捉え方が出来るようになり、評価が全部「プラス」として受け取れるようになるかもしれません。
普段の生活では嫉妬深いし割と「あの人は○○してもらえているのに私はしてもらえない」と思うタイプですが、創作ではあまりそういうことは感じません。 トピ主さんが回答を求める層とは違うかもしれませんが、自分の中で人と比べるものと比べないものがはっきりと分かれているため、いい機会なので自分なりに違いを考えてみました。 その結果なのですが、おそらく人と比較して「自分は○○してもらえない」と思っていることに対しては自信が持てず、他人からの評価を指標にしないと自分が優れているのか劣っているのか分からない、そして自分よりも評価されている人を見るとその人よりも劣っていると感じてしまい、嫉妬したり落ち込むのかなと。 逆に創作活動においては他人と比較せずとも自分がどの程度の実力を持っているか認識できています。 たくさん時間をかけて努力してきたので自信もあります。 何より、ぶっちゃけ他の人の作品なんて見ないでもいいくらい自分の作品が好きです。だから人と比べる必要がないんですよね。 仮に自分より他の人の方が評価が高くても、自分にとってはその人の作品より遥かに自分の作品の方が魅力的なので。 っていっても私の場合は他人からも評価されている上での考えなので、実際他人からの評価がほとんどなければどうだかわからないですね。 RTされない、いいねつかない、フォロワー増えない、フォローしてもフォロバしてもらえない、感想こない…ずっとこんな感じだったら今と同じ作品を上げていても他人の評価と比べてた嫉妬したり落ち込んでたかもしれません。
コメントありがとうございます。一通り読ませていただきました。 まず前提として、自分の作品が好きだと感じてらっしゃる方が多いのですね。 みなさんの文章を読んで、私は自分の作品を好きだと感じていないことが人と比べる原因になっているのだとわかりました。 私も今までそれなりに努力をしてきたつもりですが、どうしても自分の作品を好きになれません。技術面の問題だけでなく、『自分が書いている』という理由だけでまずつまらないように思ってしまいます。 読み返しても、好きな部分よりも粗ばかりが目につきます。それは創作活動に限らず、私に関わること全てにおいてそうです。 以前4桁いいねをいただいたときも、安心したのは最初だけですぐにまた不安定になりました。 1000いいねがついたところで10000いいねの方がいれば、9000人の方が私の作品を『価値がない=私の存在に価値はない』と考えてしまうからです。
上で回答させていただいたのですが自己肯定感が低いということですね。 幼少期に親からあまり褒められないと自己肯定感が低くなると聞いたことがあるのですが、当てはまりますか?
お二方とも、ご回答ありがとうございます。 私の場合、特に向上心があるわけではないと思います。もちろん上手くなりたいとは思いますが、がむしゃらに努力できるような根性もありませんし、負けず嫌いというわけでもありません。 褒められたい、上手くなりたいというよりも、評価をされないと他人から「生きている価値がない」と言われているようで死んでしまいたくなる気持ちが大きいです。 かと言って創作活動を休むと、今度は「やるべきことから逃げた」という意識に苛まれて苦しみます。 創作活動という本来楽しんでやっているはずの趣味を楽しめていない自分もおかしいように感じます。 それから、『自分の中の基準』というのが私にはよくわかりませんし、過去と比べて上手くなったかも自分ではわかりません。 ただ自分が書いたものは、全て等しく劣っているように感じます。だから人の評価に基準を委ねて、一喜一憂するのだと思います。 創作活動を通して人と繋がったこともありません。人は皆私のことも私の作品もつまらないものと思っているように感じますし、こちらから見て素晴らしいと思える人には自分が惨めになってとても近づけません。 以前厳選フォローの絵馬の方にブクマとフォローをされたときは、嬉しい気持ちがあった反面「この人の満足のいくものを書かなくては」とプレッシャーを感じ書くのをやめてしまいました。嫌われるくらいなら自分から逃げた方がマシだと感じたからです。
人と比べるかどうかは性格の問題だと思います。 私も創作だけに関わらず勉強もスポーツもお洒落も他人と比べるという発想になったことがありません。たぶん人は人、自分は自分だという前提で物事を考えているからだと思います。 なので追記で言及されているような発言を見かけても特に何も思いません。強いて言うなら私のが響かんのかもったいないな〜くらいです。 他人と比べないのは精神的に楽ではありますが競争には向きません。逆にトピ主さんのようにいつも比較してしまうのであれば向上心が刺激されもっと上を目指していけるのではないでしょうか? 私が他人と比較することができないようにトピ主さんが他人と比較しないようになるのも人格の問題なので難しいと思います。 上手く息抜きを見つけて気軽な気持ちで創作活動を楽しんでくださいね。 他人と比べないで楽しめる息抜きなら温泉とかお菓子作りとかはどうですか?
「よそはよそ、うちはうち」 生まれ持った遺伝も境遇も家の事情も経済力もそれぞれ違う。 家に限らず、兄弟姉妹でも。 人と比べることは悪いことではない。 自分の成長に繋げることができるから。 けど、比べることで嫉妬や僻みの感情しか生まれてこないなら、それは感情がコントロールできていないだけ。 怒りを抑えられなくて人を殴ってしまったり、悲しみに喘いでずっと閉じこもってるようなもの。 大事なのは、比べた後にどうするかだと思ってます。 また比べるとしたら、他人の数字と比べるのではなく、自分の数字と比べるようにするとずっと楽になります。 他人とは、成長の度合いも、描いてるものも、好きなものも、生活の基盤も、色々と違いがあってそれらが差になって出てくるからです。 けど自分と比べる分には、そのすべてが同等です。 他人の数字と比べるのであれば、成長の目標にする。 自分の数字と比べるのであれば、成長を感じるようにする。 私はそう考えるようにしています。
補足についてですが、それって自カプで検索したときにそういうコメントがあったらってことですか?匿名掲示板で見かけたらってことですか? 前者であれば…多少ムカつくかもしれないですが、単純なその人の好みに合わなかっただけだろうと思います。好みじゃなければ全部下手だと思っちゃうタイプなんだろうなと。 後者であれば気にしません。
上の方へのコメント拝見しましたが私のコメントは的外れでしたね……。 でも誰もネットを介した創作ひとつで相手に「この人の価値はこれだけ」「この人生きてる価値ない」なんて決して思いませんよ。 現にトピ主さんは他人に対してそんなふうに思ったことはありますか? 創作活動は「やるべきこと」ではないのですから「逃げた」のではなく「気分が向かなかったからしなかった」でいいんです。 全部とりあえず置いておいてゆっくり温泉にでも浸かってたらかえっていい創作ができたりするものですよ。 温泉旅行に行く推しカプの創作とかどうですか?
横からすみません。 ただの疑問なんですが、もし自分では上手くなっていると思っているのに「顎がどんどん長くなってるよ(変だよ)」と指摘を受けたら素直に受け取れますか。 その場合、落ち込んだり、修正しようとしたり思われますか。
顎…?と思ったら別トピで話題となっていたやつですね。 指摘されたとして、とりあえず過去の作品と今の顎が伸びたと言われてる作品を見比べて 自分でも修正した方が魅力的に見えると感じたら直すと思います。 顎長い方がカッコよく見えると思ったら突き進むと思います。(というか私の場合、絵が変化してるとしたら顎長い方がかっこいい!と思ったから意図的に伸ばしてる可能性が高いです) 落ち込みはしないけど、積極的に指摘されたいかというとそうでもないです。顎に限らず自分が意図的に改善した箇所を、ある人に改悪と思われていることをわざわざ知る必要が無いので。 そして、例えば修正することにしたとして 他人に言われたから他人に従って直すのではなく 他人に言われたことをきっかけに自分でも直したいと思ったら直す。 この差が捉え方として大切にしたいところです。
おっしゃること、少し共感する部分もあります。 その上で質問なのですが、1000いいねがついたけど10000いいねの方がいた場合、9000人に否定されたとお感じになるとのことで、認めてくれた1000人に対しては無価値に思えるという感じでしょうか? あと、1000いいねがついた自作品のすぐあとに、100いいねの作品が流れてきた時に、無価値な作品だと感じるのでしょうか? なんていうか、自分に関心がなかった異性に対して強い興味を感じるけど、その相手を振り向かせることができて付き合うようになった途端に価値を感じなくなってまた別の人に目が向いてしまう……という感じに通じるものがあるのかな~と思ったりしたので。
創作関係なく普段からトピ主さんは自己肯定感が低いのではないでしょうか。 人は誰でも自分の存在を認められて生きている価値を感じていたい生き物です。 でも自己肯定感が低い人はどうやって自分を認めればいいかわからないし、自分のどこに価値を感じていいかわからない。 そういう性格で創作が趣味の人は、自分の作品の評価が自分自身への価値・評価として同一視して受け止めようとしてしまう傾向があると思います。 作品が評価されて数字が増えたとしても、トピ主さん自身の自己肯定感が低いままでは不安は消えないと思うんですよね。 上には上がいるから他人と比べることを止められない。 そして他人の評価は本当にいい加減な物です。タイミングや交流、流行り廃りでいくらでも変わります。 それよりかは、自分で自分を認める方法を身につけた方が生きやすくなります。 といってもどうやってできるようになるか?ですが、これは考え方の癖のようなものです。 トピ主さんの心の中での考え方の癖を地道に改善していくことになります。 今はネットで自己肯定感について悩んでる人の体験談、改善策などたくさん出てきます。 布団で寝転がりながらでもいいので検索して記事を読んでみてください。 ある程度自己肯定感が上がってくると、このトピの他の人達のように自分と作品は切り離して考えられるようになるし、他人の作品と比べて落ち込むことがあっても気を取り直して切り替えられる思考を持てるようになると思います。
心優しいコメントありがとうございます。 ゆっくり息抜きをしていると悪いことをしているような気分になって辛いです。 今この瞬間も努力している人がいるのに自分は何も生み出さずに何の価値もなく生きているのは耐えられません。 ちなみに他の人に対してはそのような感情は湧きません。自分に対してだけです。 1000いいねの件ですが、正直無価値に思えるというのはあります。というか、「どうせ私の作品をいいねしてくれた人も、10000いいねの作品の方がきっと好きなんだろうな」と思ってしまいます。 たとえ100いいねの昨日が流れてきても無価値だとは思いません。特に内容が素晴らしければ、逆に自信を失います。 幼少期の話ですが、たしかに親から褒められた経験はほとんどないです。兄弟で一人だけ鈍臭かったため弟や妹からも見下されていましたし、いじめにもあっていました。 考え方の癖についても調べてみます。ありがとうございます。
2人目のコメントのzDyK8P5pです。 トピ主さんの返信読みました。 私が想像していたより深刻な事態だったと気がつきました。 性格や考え方じゃなくて、もっと根本的な…人として幸せに、豊かに日々を送るためのパワーがトピ主さんには足りてないんだと思います。 トピ主さんの人生や背景が、トピ主さんのパワーを少しずつ奪っていったのだと思うと なんというか、やるせない気持ちになります。 無価値な人などいないのに、トピ主さんは特別な1人の存在なのに…。誰にとって特別かじゃないんです。無条件で人は特別で尊い存在なんです。(怪しい宗教みたいになってしまいました…違います!) 匿名だけど、匿名だからこそ、 色んな人がトピ主さんの文章を読んでトピ主さんの力になりたいと思って言葉を尽くしていることが少しの証明になると思います。 他の方の言うように、色々自己肯定感について情報を得てみてもいいかもしれません。 何か道が開けますように。
心優しいコメントありがとうございます。 なんとか頑張ってみます。
ご回答ありがとうございます。 自分の芯をしっかり持っていらっしゃる印象を受けました。 ブレないのはとてもいいですね。職人的な感じもします。 良い反面、頑固さにも通じる部分なので、良かれと思っても(例えそれが良心に基づくものでも)あなたのような性質の人と交渉等をしたいときは難しそうですね。 自分自身がそういった人間になるのはあこがれますが。
追記読みました。 1人目のコメント者(J3NOcDGI)です。 もしかしたらトピ主さんはもう見てないかもしれませんが、もし見てたら、ほーん、と思っといてください。 自身の無価値感は辛いですよね。不安感が強い時は、腕をさするといいです。タッチングと言って、不安を軽減する効果があります。また、不安状態の時は呼吸が浅くなりがちです。深呼吸してみてください。副交感神経が活発になり、リラックスしやすくなります。 そして人の思考の流れには、習慣が存在します。出来事に対して反射的に起こる思考の流れ、一般にこれを、自動思考、と呼びます。 ポジティブな人はポジティブに、ネガティブな人はネガティブに。習慣で思考します。あなたの性格ではありません。歯を磨かないと気持ち悪いのと一緒です。ただの習慣である以上。恐るるに足らず。 これを改善する方法はいくつかありますが、私は瞑想をおすすめします。楽なポーズでゆっくりと息を吸い、6秒頭の中で数えながら吐き出してください。その間、何もしてないのにあれこれ考えが浮かぶと思いますが、特に何もせず、水の流れを眺めるように過ごしてください。だんだんと慣れてくると、何も考えが浮かばなくなってきます。 これが思考のリセットです。 人におすすめされると、なんとなくやらないと、頑張らないと悪いような気がしますよね。今おすすめした事柄を試すと、なんと私が小躍りします。わっしょい。試さなかったら、私は気にせず昼寝してると思います。( ˇωˇ )スヤァ まぁ、お互い適当にだらだらやりましょう
心優しいコメントありがとうございます。 タッチングと深呼吸と瞑想、試してみたいと思います。いい意味で適当に、だらだらとやれると幸せですよね。色々とありがとうございます。