下手だしもっとどうにかならんか〜!?と思うけど、やはり読むととても萌えるので自分の作品めちゃくちゃ好きです 「自分はすごいものを描いている」という自信はないですが、「自分が喜ぶものを描いている」という自信はあります
相対的評価と良し悪しで生きてきて、自分の中の絶対的評価、価値があやふやな事に気づいた感じなのかな。でも作業として「ウケる」という記号を描くことを続けてきた故の職業病みたいなものな気もする。違ったらごめんなさい。 技術って自分が見せたいものを相手に見せる/伝えるための道具だから、まずは自分が何をどう見せたいかをはっきりさせなきゃいけないわけですよね。そこがはっきりしていたらぶっちゃけ油彩だろうが水墨だろうが文章だろうが相手に伝えることはできる。 そういう状態になった事がないので正しい対処法は知らないのですが、私ならとりあえず相対的評価と価値観を自分から引っぺがすために、普段やらない方法で自分しか見ない自分だけが気持ちいいアウトプットを気の向くままに量産してみるかなー。 イラストじゃなくて、画面に色を塗りたくったり、その過程で偶然できたマチエールを利用してみたり、とにかく遊ぶ! フィルムカメラを持って散歩に出かけ、何となくパシャパシャした写真を後から見て、自分が何に注目したのか、それをどう切り取ったのか考える。 紙粘土を買ってきて、捏ねてる間に何ができるのか自分の手の暴走を見守るのも楽しいかも。 遊び終えたらうっかり手を滑らせて自分しか見ないはずだったアウトプットをどこかに発表して反応見てみても面白いかもしれません。 評価を忘れ、感覚にリソースを全振りし、その結果を後から思考する事で自分の好きなことや美しいと思うもの、これが良い!を思い出せるんじゃないかな作戦です。 効くかどうかはわかりませんが、多分楽しくなれるとは思います。
なんで一時期までは自信があったのに急に自信がなくなってしまったんですかね?その原因を突き止めてみるのはどうでしょうか? 評価の数が落ちたから?とか外的要因なのか 単純に何を書けばいいのかわからなくなってしまった インプッド不足から来るものなのか
絵で仕事してるってだけで十分すごいのでは? 自分は仕事絵に向いてるんだな、と、仕事に生かせるものを描くのはどうでしょうか。 絵は仕事、と割り切って、別の趣味をしてみるのもいいかもしれないです。
> 「自分が喜ぶものを描いている」という自信はあります たしかにこの考えが自分から抜け落ちていたような気がします。自分が喜ぶもの=すごいものになっていたのかもしれません。
似たような感じになったことあります 推しのことは横に置いて、絵を描くことそのものが好きだった頃のことを思い出して、当時のやりかたに戻りました 今はアナログで描いてます 絵の具を混ぜてるとなんともいえない幸福感があります そういえば絵を描くの好きだったなって思えました トピ主さんがどういうときに「絵を描くの好きだなー」と思うかはわかりませんが、ご自身の好きなものを追求してみるのがいいかなと思いました 自分は鉛筆でカリカリ描いてるときの感触とかアナログ画材の偶然性が好きだったのでアナログ転向(出戻り?)だけで満たされました 誉められた時が一番嬉しいなら流行りを研究しまくるのが一番だと思います
> 相対的評価と良し悪しで生きてきて〜 まさにそんな感じです。 自分の強みや価値、何をどう見せたいのかがわからなくなっています。 沢山のアウトプットの方法もありがとうございます。 いろんな方法を試してみたらその中から自分の良いと思えるものを見つけ出せそうです。
多分絵の仕事をやめたからでしょうか……。 自分の絵の評価をしてくれる人がいなくなったから自信がなくなった?のかもしれません。 リテイク出してくれるとここは良くてどこが悪いというのがわかるので… 返信してて気づいたのですがもしかしたらそれ以前から自信がない兆候があったかもしれません。 SNSでどうやればウケるのかを考えて自分の好きに描いていいんだよと言われると何を描いていいのかわからなくなっていました。 これらを見るに自分の中に何を伝えたいのか、何が一番萌えるのか、というのがないことが原因な気がしてきました…… 何が一番萌えるのかわからないので描いた絵を前にしてそれが表現できているのか判断できず、自信が持てない…のかもしれません。
実際はもうやめてしまったのです…… それも仕事をやっていく自信がなくなって、自分のする仕事に責任を負いたくないと思ってしまい、続けられないなと感じて…… 一度絵から完全に離れるべきなのかもしれませんね
私も鉛筆の感触が好きです。 塗りよりは線画を細かく描く方が好きなんだなと感じます。 でも内心は「誉められた時が一番嬉しい」のかもしれません。絵は評価とセットであるものだとずっと思ってきたので。 ただ評価に振り回されるのも疲れるし、流行りを研究するのも億劫で褒められるためにやる、という風に完全に舵を切れないのが問題な気がします。 ここはもうSNS断ちもしていることだし、評価を求めることはやめて、自分の好きを見つめる時間にした方がいい気がしてきました。
受け売りですが、何に萌えるのか、そしてなぜ萌えるのか?を2回〜3回ほど繰り返して突き詰めるというものをやると、自分の中の好きや萌えの兆候が分かっていって迷うことがなくなりました。 例えば、この狂ったキャラクター好きだな→(なぜ?)狂ってしまう前の人間らしさが好きだから→(なぜ?)ちゃんと我々と同じ人間であったのに、狂ってしまったことの切なさがいい→(なぜ?)ふつうの人だったのに色々あって上手くいかなくなってしまった自分と重ねてしまってるのかもしれない… などです。好きのデータベースが蓄積されていくと迷いが無くなるように感じます。 身についた職業病はつらいですよね。なかなか抜けることはないし、できなければ自分はダメだと思ってしまうし…。でも、確実にトピ主さんの作品の魅力にも繋がっていると思います。
私は自分の描いた絵は嫌いです。 描きたい、表現したい気持ちだけで描いてるので、描いてるときは好きだけど描いたあとの絵はどうだってよくなります。本当は絵を出すのは嫌だけど、見たいと言ってくれた人がいた為にだしてます。 トピ主さんみたいな自分の絵に自信がなかったり不安に思う人って言わないだけで、よくいますよ。 別に自信はもたなくてもいいです。もたなくても描けます。自分の気持ちの置き方が大切なんだと思います。 私もどうやって描いたらいいか迷って悩んで描いてます。本当はどうせ私の絵なんて皆興味ないだろうなと思いながらも、感想をもらったりするのでまた描こうという気持ちになります。 どう描けばいいか迷ったときは、私はこの人の絵みたいに描きたいという絵に出会ったので、技術を学ぶ為ひたすら描いてます。ただ描き続けていれば自分の力になると思って描いてます。 トピ主さんもこういう絵が描きたい、表現したいという人に出会えたら、描く方向性が見えてくるのかもしれないです。
やはり自分の好きが分かっていないことが自信のなさに繋がっているのだと思います。 推しに対しても自分の絵に対しても好きなところをしっかり考えるべきですね。 どうも自分の評価の指針が他人の評価ありきになっている気がしました。 しっかり自分の作品の魅力はなんなのか考えてみようと思います。
きっとこう思っている方は沢山いらっしゃるんですよね、なんとなくそう思うだけでちょっと心が安心できる気がします。 こう言う絵が描きたい、と言う感情はあまり今までになったことがありませんでした。 流行は追うけれど自分の絵柄には合わないなと思って結局古い自分絵を描き続けています…。 苦しくない程度に目標を見つけてそこを目指すのは大事かもしれませんね。
少しズレるのですが、私はデザインの仕事をしていましたが、自分のデザイン作品を作る事が大変苦手でポートフォリオ作りに苦労しました。 依頼やフィードバックが無いものを作るのが苦手で、自分が作りたいものが分からないのです(作ることそれ自体は問題解決手段として大好きなのですが、自分が依頼者になれない) あれこれ考えた末に、今は好きな食べ物のレビュー一覧みたいなものを作って一人満足しています。もちろん誰の需要もありません。しかし後から何の商品が好きだったか探す時に役に立っています。時々仕事で使えそうな素材のネタができると、まあまあ意味のある事をしているかな?と少し嬉しくなりました。 私の場合、仕事の評価は私にとってスキル的な部分で、かなりドライに受け止めているのですが、アートとして心の一部を評価されるのは尊敬と怖さを感じます。すごい仕事をされていたのですね。また、大変羨ましくも感じます。 とりあえず、自身のスキルは自分自身にとって役に立つ、と考えられてはどうでしょうか。 例えば、旅行に行って、泊まった部屋の様子が詳細に描写できる事も、仕事や誰かの評価そのものには敵わないとしても、自分にとって大変良い事だと私は考えます。 あまり答えになっていないのですが、長い目で見ると、手慰みのような様な部分が集まって自分自身を形成していると思います。トピ主さんが穏やかな気持ちで描ける様に応援してます。