超絵馬漫画馬は推しカプの同人誌出してくれないからな いかに技術があろうが何の意味もないんだよね、推しカプ描いてくれないなら 手塚治虫がどれほど偉大であろうと、推しカプの同人誌出すか出さないかの価値観で考えると私の方が神なんだよな 狂った世界だ……
下駄っていうか、そういうもん 絵が上手いのが見たかったら商業BL読めばいいけど、推しキャラじゃないと嫌だからわざわざ推しキャラの同人誌を買っている だから飽きたら好きでもないキャラのクオリティやや低いものになってしまうのは仕方がない… いっときの熱だとはわかっているけど今推しの萌えが欲しいから買ってるだけで長期的な価値は期待してないです
あるあるです 自分は特に熱が冷めてしまったらぶり返すこともないし興味がなくなるので自分の本ですらもまったく開かなくなります。 結局はキャラありきなんですよね。そのキャラが好きだから、推しカプが好きだから、ほんのささいなことでもそれに萌えられるし感動するし楽しい。 けどキャラに冷めてしまえば本当につまらない、これの何が面白いんだ?ってなります。 だから同じく評価の数字に一喜一憂しても、冷めてしまえば私も神もhtrも全部同じと思っています。 ただ同人誌の売上だけは普通に稼げるかどうかななるのでそこは気にしますけどね。
二次創作はまず、ジャンルとカプという下駄を履いてるよね。 旬ジャンルの人気カプは高下駄になる。 ほとんど作品やキャラクター、組み合わせ(カプ)の力なのに、創作者本人の力だと勘違いするから皆狂うんですよ。 4桁フォロワーの絵描きの友人がジャンル移動したら2桁しかついて来なくて、そんなもんなのかと冷静になりまさした。 過去の好きな二次創作作品は別れた恋人みたいなもので、冷めたら魅力を感じなくなるものです。
>>3
追記 推しだから、好きなキャラだから大したことないものにも萌えてしまう、という考えではありますが 好きなキャラでもより絵や漫画が上手い人が描いてくれた推しが好きなので、同じジャンルの中で作品に優劣はあると思ってる派です みんな同じ下駄を履いてるからみんな等しくただの二次創作、価値なしとかは思ってません 二次創作の中でも絵や文章がうまくて萌えさせてくれる人はありがたいです
恋愛だってお相手が芸能人みたいな美麗な見た目じゃなくても、数年後数十年後には愛が冷めるのもみんな分かってるけどその時は熱を上げて夢中になるじゃない 同人もそうなんじゃないかな
同人に限らず、推しの缶バッジを無限回収して痛バ作るような人達だって、飽きたら中古屋に売るか捨てるでしょ ハマってる時は人生最高の出会いで一生大事にすると思っていても、冷めたらどうでもよくなるよ 二次創作なんて、熱に浮かされてるオタクの推しが、オタクに都合良く動いてるから好き好き言ってるだけ 絵柄が刺さったり話馬ならジャンル関係ない固定ファンが付くかもしれないけどね
自作に関しては、ずっと感じてます 下駄なければ誰も見ないと思ってる 元々、二次創作は、人気作の知名度と人気だけで成り立ってるものなので、反応もらっても全く実力じゃないと思ってる 二次創作は「これいいよね」「ここいいよね」っていう萌えの共感を広げたい、が主目的だと思ってるので、圧倒的なプロ技巧を求めてはいない気もする 萌えりゃいい!みたいな
下駄はあるでしょうね でも私は他の方が出した同人誌はジャンル移動後も好きです 過去の推しカプは殿堂入りしてるからやっぱりいいなぁってなります アルバム見るような気分で巧拙や粗は関係ない感じですかね ちなみに自作の同人誌は置いてますが読み返しませんね…
昔から下駄をずっと感じてるので、二次の人気で天狗になってる人を見ると滑稽に見えて仕方ないです 二次で人気の人が商業では鳴かず飛ばずなんて珍しくもないですし… 自分は一次もやってますが、一次での読者さんも「同人だから」というフィルターありで読んでくれてるよな…と感じますね~ 読者の立場でも、一次で買った本を読んで「こういう粗削りな作品を楽しく感じられるのは同人だからであって、これが商業作品だったらとても読む気にはなれないだろうな」と思うこともあります でも、作品が拙いからダメだとも思わないです 共通幻覚をベースに読者が脳内補完しながら楽しむという遊びなので、楽しければそれでいいと思います
買う時に厳選してるし、買った後も違うなと思ったら即処分しちゃうから手元に残ってるのは自分内選りすぐり同人誌ばっかりになってて、カプ萌が冷めた後に読んでもこれ面白っ!ってなってる。 下駄を脱いでも面白い作品っていうのはやっぱりあるなぁと思って自分が二次創作する時の励みになってる
自分も二次創作描いてるけど正直そんなもん。そのキャラじゃなかったら界隈で神呼ばれてる人のも10割読まないし買わないよ。 自分の作品もそうだし 自分は参考にするのもプロで活躍してる人だけ。 商業漫画や本屋で売られてる小説読んだ後にツイの界隈徘徊したら自分含めてやっぱ素人だよなーてなる だから他人の同人誌も買わなくなった レベルが違うよね
二次と一次を反復横跳びしている者です 一次創作を真面目にやり出すと 二次創作って下駄履かせてもらってるよな…と思い出します。 一次は超絵馬でもいいね二桁、三桁とかゴロゴロいます。 そこそこ流行ってる二次ならヘタレでも三桁四桁行きますし。 勘違いしちゃダメだよなと自戒してます。
>>6
>過去の好きな二次創作作品は別れた恋人 的確な定義に唸りました。本当にそうですよね。
>>2
私の方が神な狂った世界 好き
みなさん、ご意見ありがとうございました。 下駄って言葉を何気なく使っていましたが、今回の件で、二次は作品に対して好意のかさ増しを最初から貰っている状態からのスタートなんだな〜と改めて実感して、まぁ……自分への戒めにした、という話なんですよね…… いや、今さら何言ってんの?って感じですけど。 (それにしても最初に下駄という表現を編み出した人は天才だなぁ。これ以上の表現が見つからない……!) ちなみに私は下駄を履いているから二次創作に価値がない、なんてことは全く思っていません。 同じ高さの下駄でも、その上に積み重ねられたものは個々によりますし、そもそも下駄があってもなくても高い(面白い)という事が私にとって重要なことなので。 個人的に、一次もされている方のコメ、なるほど!と膝を打ちました。最初の一行以外はまるっと同意です。あと、すごく納得。 それと >過去の好きな二次創作作品は別れた恋人 ……も、詩的な表現だし、確かに!ってなりました。 好きだった、という気持ちは確かに残っているけど、同じ熱量は保ち続けていられないんだよなー、仕方ないよねー、みたいな。 …………自分の足の下にくっ付いている下駄も認識できたので、これからは高すぎた自意識を引っ込めて快適に二次創作ができそうです。 皆様も快適な同人ライフをお過ごしください! お付き合いいただき、ありがとうございました。
いきなり1コメこれで好き
好き