私が参加したもの、というか参加させていただいたものですね...偉そうになってしまいましたすみません
同じ状況になったことはありませんが、自分も似たところがあるのでお気持ちわかります。ファンの母数が増えるのは良い事のはずなのに…という気持ちも浮かんで辛いですよね。 自分は、(公式に迷惑をかけない程度に)楽しく萌えられることが一番大切だと思います。 ジャンルが落ち着いて楽になったと思えるまでは、壁打ちなど交流控えめにされるのも手かもしれません。寂しいですが食べられるものが少ない側が自衛するしかないのでしょうね…。
コメントありがとうございます。以前はツイッターの他にも海外の掲示板や他サイトを周回して作品を少しでも多く探していたのですが、現在は溢れるほどになってしまって....嬉しいけれどやはり微妙な気持ちになってしまいます。 推しのことが好きな人間が増えるのは純粋に嬉しいので、これからは鍵垢で身内と楽しむことにしますね。
私の体験談を書きます。 同じように私が書き始めたころマイナーだったCPが、その後の公式の展開で今や大人気になりました。 一気に読み手も書き手も人口が増えました。 最初は新規様への嫉妬や解釈違いで辛くなり、壁打ちでも自衛しきれず悩みました。 しかしその後某ジャンルが大流行し、自カプの大手の人が数人離れていくのを見て、解釈違いで苦手だったはずなのに焦りを感じました。また、読み手のフォロワーさんのアイコンもそのジャンルに変わっていたりするのを見てさみしくなったり。 そこで気づいたのが「私の書いたものを見てくれる人がいるのは、他にも書いてる人がいて、盛り上がっているからなんだ」ということです。たとえ解釈違いでも、嫉妬している相手でも、自ジャンルの人気の書き手が減ることで同時に読み手も減ることは避けられません。どれだけフォロワーが多くても一人の力には限界があります。 そう思ったら嫉妬やモヤモヤが減りました。私は本も出しているのですが、書き手が増えた今、一番人気を獲ることは難しいものの、昔より遥かに売れる数が増えています。それは書き手が増えて盛り上がり、読み手が増えたからです。 自分しかいなかったころは褒める相手が自分しかいないわけですから、ちやほやされて無意識に自分の価値を勘違いしてたんだと思います。だから素晴らしい書き手が増えて他の人も褒められるのが嫌で作品も見れなくなったんだと思います。今になってバカだった、こんなに寂しく感じるなら素直に素晴らしいと伝えてまだまだ一緒に楽しみたかったと思っています。 幸いまだ盛り上がってはいるしオンリーもあるので、これからは嫉妬のフィルターを外して見れるものは見れるうちに楽しみたいと思っています。すぐに性格は変えられませんが、ここまで盛り上がった所を味わってしまうと一人になった時を想像出来ません。交流もしてみようかな…とか思ってます。 なので見れる見れないは別として、書き手様への感謝は心に置くのが大切なのではないでしょうか。
トピ主さまではないのですが、コメント失礼します。 解釈違いの書き手が減っていったお話、読みながらとても身に沁みる思いがしました。 私は最近解釈違いの方が評価されているのを見ると嫌で仕方がなく、早くいなくなってほしいとばかり考えてしまいます。自分が評価されていないわけでもなく、ただその解釈違いが許せず憎んでしまい作品を見かけるたびに苛立ってしまうという状況でした。 でも自分と似た解釈だけが自カプに浸透している状態なんて不健全ですし、K8s9AWThさまが体験されたように書き手が減るということは読み手も減るということですよね。 そこを理解できていませんでした。 最近は勝手にしんどい思いをしてばかりいましたが、人は人、自分は自分、自カプ大好きの精神で楽しみたいと思います。突然のコメントすみません、貴重なお話をありがとうございました!