回答読みましたが、結局、解釈違いが理解できないってことですよね。二次創作の解釈って宗教みたいなものなので、自分が憎いと思っている解釈やスタンスを理解するのは固定解釈の人には無理な気がします…。コメ返見る限り、トピ主さんもかなり確固たる解釈と好みがあるみたいですし……。
世の中にはいろいろな人がいて、その人が好きなあまり殺して食べた、という事件も現実にありました。 好きだから殴る、好きだから束縛する、好きだからいじめた、現実でもよくある事です。 そういう人たちなのです。
すみません、質問の確認がしたいのですが、 「ハピエンではない結末で推しをただいじめる、苦しめるだけの作品」を書く人ということでいいでしょうか? ハピエンであれば該当しない感じですか? また、ハピエンでなくともストーリー上必要な場合はどうですか? あと、メリバなどもありますし、私の界隈では過酷な環境に推しを置いたり、重い過去やトラウマを背負わせて周りに甘やかしてもらう(?)話も多いです。 回答するために確認させていただきたいと思いました。
早速の返信ありがとうございます。 そのお話については納得できます。しかし、とすると別の疑問が湧いてくるんです。 「作品と作者の人間性は別」と言う人は多いですが「好きなものはいじめたい」から本当にいじめる創作をする人ならその人は「好きな人をいじめたいと普段から思っている」ことになり、つまり作品と作者の人間性はある程度直結することになりませんか? その人はそりゃ現実ではいじめたりはしないのでしょう。しかし「願望はあるんでしょ?」と思っちゃいますよね…。 もとの話から逸れて恐縮ですが、このあたりもどうなのでしょう。 別の方でも構いませんので、お答えいただければ幸いです(別にトピックを立てたほうがいいですかね?)。
コメントありがとうございます。 そうですね、端的に言えば「キャラ自体が最終的に幸せを感じていないもの」に対しての疑問です。ギャグ作品はまた別として。 挙げていただいた例の中から言えば「過酷な~甘やかしてもらう」なら該当しません。 キツさをキャラが知らなければ幸せも味わえないわけで、キツい状況があるから幸せが引き立つわけで、それは最終的にキャラが幸せを感じているわけで…という感じです。ハピエンなら該当しません。そういう創作は私もやります。 メリバは私が読んだことないのでちょっとお答えできないです、すみません…。
ああ、ちょっと補足です。 男性向けエロ同人で見受けられる、キャラが性○隷になりました的な終わり方をする作品。 ああいうのは薬やら洗脳やらで当人は幸せを感じているかもしれませんが、そのキャラのその後の人生を壊すことに繋がるのでナシです。
難しいですね…。 幸せ=愛とするか、ならば性愛は愛には含まれないのか、愛があれば幸せなのか、幸せとはつまりなんなのか… トピ主さんの中に「好きならばこうあるべきだ」という揺るがぬ理想像がある限りは「ああ、そういうことか」とはなりづらい気がします。 サディズムや嗜虐性という言葉はおそらく聞いたことがあるだろうと思いますが、元を辿ればそういうこところから来ているのではなかろうかと。 現実世界でも同じ願望を持つかはまさに人によりけりで、ファンタジーでのみそういった傾向のある人も居れば、願望はあるけど現実世界ではとてもじゃないが実現できない人、そもそも願望に気付いていないor認めたくない人、等まあ理由は色々あると思います。 あとはもう少しシンプルな欲求として、好きな人のまだ知らない一面を見てみたいという感情はトピ主さんにはありませんか? そこがヒントになるかと思います。
横からすみません。 参考になればと思ってリョナラーの心理について書かれているサイトを貼っておきます(https://pouchs.jp/couple/sex/LzONy) 記事には一応「二次元だから萌えるのであって三次元では求めてない」とあります。多くの人は『二次元』で好きな人をいじめたい願望はあるけど、『三次元』ではないというスタンスのようです。 このあたりの一次、二次作品問わず、「二次元ではありだけど三次元ではなし。」というシチュエーションの話とも通じるかなと思いました。(例えばですが推しCPの口移しは萌えるけど、現実で自分が恋人と口移しするのは無理とか)
Af9SXpnwです。 質問の補足ありがとうございました!よく理解できました。そして、自分は該当してないのかな、と思いました。普段からシリアスものばかり書いていて、推しを苦境に置くことが多いのですが、結果的にいい終わりを迎える話が多いので…。 求める回答にはならないと思うのですが、参考までに少し書かせていただきます。 私は推しが苦しむだけの話も結構読むのは好きです。というのも、泣いている、苦しんでいる時に推しがとる行動、どういった感情を抱くか、それら全てに関心があるからです。逃げるもよし、立ち向かうもよし、ただ泣くだけもよし、作者さんの意図が反映されてるかと思いますが過酷な環境下で推しがとる行動全てに関心があります。 そういった昏い欲望による興味心から、推しをいじめるだけの救いのない話を書いてしまう気持ちもちょっとだけ理解できるんですよね…。回答になってない回答で申し訳ありませんが…。
萌えの形がトピ主さんと違うだけじゃないですか? 例えば、まったく別の人から見たらトピ主さんがハピエンと思って書いているものが救いようもなくしんどい話の可能性だってありますよ。 世の中って絶対的な善と悪もないし、これは幸福でこれは不幸とか、そこまで割り切れるような単純なものじゃないと思います。私は自分のジャンルでハピエンとして流行っている設定ものがどう考えてもバトエンにしか思えない時がありました。映画や小説だって、ハピエンとか良い話とされているものが、どうしようもなく苦しくて救いのない話に思えた時だってあります。 そんな風にハピエンバドエンメリバの定義も完全に人によると思いますし、それと同じで「好き」「可愛い」「萌える」「推し」の定義や楽しみ方だって人によって違います。トピ主さんが他の人たちの「好き」の形が理解できないなら、無理に理解しようとする必要もないと思います。 個人的には、自分の作っているものがそのキャラにとって幸福だと信じきっている時点でトピ主さんは少し視界が狭いような気がしました。きついこと言ってすみません。
何故って萌えるからに決まっているじゃないですか。推しが不幸なのに萌えるんです。 それはなんで赤い色が好きなの?って聞いてるのと同じくらい抽象的なものなのに、それが理解できないのですね。自分の理屈内で正しい愛を推しはかりたがっているように見えます。 あなたの絶対的価値観が、推しの幸せを願うのがファンとして正しい姿!絶対そう!と決めている以上、理解しようとしても無理だと思いますよ。人間は元々綺麗な理屈や理論で収まる生き物じゃないんですから。不健全なものに魅かれたり、反道徳的な行動に憧れたり、そういう面ってあるものだと思います。幸せな推しには萌えない、そんなキャラ観念を持っていることもあります。 ハッピーエンドしか読まないあなたは偶然そうじゃなかっただけです。 少なくとも、愛してないキャラのためにあんな手間のかかる同人誌なんて作るわけないじゃないですか。
凄まじく浅い回答で申し訳ないのですが「思いついちゃったから」です。 こういう話書きたいな、と思いついたものがハピエンのときもあればバドエンのときもあって、バドエンのときに「推しが泣いている」「推しが不幸(に見えるかもしれない)」になったりします。 何故そんな話が思いつくのか!と言われたら、これまで読んできたあらゆるジャンルのおかげ、になるのでしょうか。 トピ主さんが深く深くお考えで、どうにか納得のいく考えに至りたい、という焦りのようなお気持ちが伝わってきます。 ただトピ主さんが憎まれているキャッキャしている方、そこまで深く考えていらっしゃるのかなーとも思います。もちろん考えて表現している方もいらっしゃるでしょうが、私のように趣向が広く浅く、そして「思いついたから」そういう方向の話も創作する、というパターンもあるのではないかな、と思いました。
回答ではないのですが私も推しが酷い目にあう話が苦手です。 たとえハピエンでもモブレとか本当に不快です。 キャプションに『Aを頑張っていじめました』とか書いてあるのが腹立たしいです。 トピ主様に共感したのでコメントしてしまいました。
面白いトピだなと思ったのでちょっと長くなってしまいますが回答します。 推しの不幸な顔が好き。苦しませたくなるタイプの人間です。私は女性ですが、女性が不幸な扱いを受けている男性向けR18作品も読めます。 加えて自分の属性をはっきりさせるために書きますが、ただただグロい作品やホラーは無理です。 ■前提:作品を楽しむ時に「自分」がいる 夢小説の主人公やRPGの主人公ってわかりますでしょうか? 私はそういった主人公のことを、自分の分身として作品の世界で生きていく存在だと思っています。 そして、小説や映画を楽しむ時も大なり小なり「自分がその作品の世界にいる感覚」があります。 ですから、推しに関する妄想や創作をする時は「自分がその作品の世界にいて推しにはたらきかけ」ているわけです。 神の視点になって関係性やストーリーの展開に萌える時もあれば、キャラクターに自己投影する時など作品の楽しみ方は場合によりけりですが、推しのいる世界」に自分が関わっているという感覚は必ずあります。 >つまり作品と作者の人間性はある程度直結することになりませんか? その人はそりゃ現実ではいじめたりはしないのでしょう。しかし「願望はあるんでしょ?」と思っちゃいますよね…。 とありますが、作者の人間性の混じってない創作なんて存在しないと思います。 ですが、好きなキャラクターが辛い思いをする創作をしている=その作者は好きな人をいじめたいと思っている=いじめ願望があると考えるのは短絡的すぎではないでしょうか。 ■自己投影と支配欲 当たり前ですが、苦しくなるような事象が起きないと苦しみは感じません。 妄想とはいえ、推しが苦しくなるような展開を考え、その結果推しが辛そうな顔をする。その一連の流れを自分が発生させたことに快感を感じます。 自分の想定通りに推しが泣き、人生が進むことが快感なんです。 おそらく私は支配欲が強く、自己投影しながら創作を行うため、このような楽しみ方をするのだと思います。 ちなみに支配欲は危険だと思いますか? ですが「可愛い」という感情の裏には自分の欲求通りに動いて嬉しいという思いがあるとは考えられませんか? 私はこの感情は普遍的なものだと思っていますし、一次元や二次元でこの感情を満たすことに文句を言われる方が変だと思います。 ■苦しみ=生という感覚がある 個人の感覚の話なのですが、私は苦しい時ほど生きている!という充実感を感じます。 例えば仕事や勉強が辛かったり、悩みが尽きなかったり…そんな時ほど「ああ生きているな」と感じます。 幸せな気持ちは素晴らしいです。笑顔も素晴らしいです。推しのとろけるような可愛い顔は最高です。 でも、推しの苦しむ顔を見ると「この子は頑張って生きているんだな。すごいな。可愛いな。もっとその顔が見たい」となります。 私にとって、推しの苦しむ顔は推しが一番生き生きとしている顔なんです。ハピエンには人生を感じないんです。 私にとって推しが最も「推しらしく」存在している!と思うのは、泣いたり・苦しんだりしている時なんです。 だからそういう創作をします。 以上、思いついたことを書いただけなので読みづらいかもしれませんが、理解の一助になれば幸いです。
辛い話を書いてる人間ですが、いじめたいではなくて、いじめられたい願望で創作してます。 精神的な苦難に置かれるのが好きなので、推しにも味わって欲しいし、推しが苦しんでる姿を見て一緒に苦しみを味わうのが最高に楽しいです。
コメントありがとうございます。 幸せの定義は人それぞれなので極端な話なんでもいいと思うのですが、私としては「そのキャラが幸せであると自分で認識している明確な描写」があればそれは間違いなくキャラが幸せなのだろうと解釈します。我々読み手がそれを読んで幸せかどうかは二の次なのです。 描き手がキャラの望むもの、幸せを真剣に考えて出した結論が例えば事故死で、事故死によってキャラが救われた描写が明確にあるのであれば、それはキャラの幸せを考えた行為であると言えると思っています(私は苦手ですけどね…私のジャンルの原作が死とは無縁な明るい世界なもので…)。 >まだ知らない一面を〜 私個人の話で言えば特にありません。見たくない部分もありますし、相手が普段見せてないということはそれ以外はその人の中に存在しないか、存在していてもそれは見られたくないと感じているということだと思うので。私は推しが嫌がることを必要性もないのにわざわざしたくありません。 しかし、そういった面を見たい人が世の中にいることは理解できます。 うまく言えませんが、小さい男の子が女の子にちょっかい出して喜んでいるようなものなのでしょうか。 あるいは、小さい虫を花火で焼き殺して無邪気に喜んでいるような…。
ID変わりましたがトピ主です。 リンク先拝見しました。ご案内ありがとうございます。 確かにこの記事では「多くの人は〜三次元ではない」とありますね。しかしその根拠や内訳が見受けないのが少々気になりました。 その対象が三次元じゃない、と口にした人達は「だって実際にやりたいなんて言ったらやべーじゃん」と考えてのことなんじゃないの?という疑問が拭えないので…。 ご提示くださった口移しの話は腑に落ちました。つまり自分の身に危害がある可能性があれば嫌、ということなのですね。 もとの話に絡めて言えば、仕返し等される可能性の低い安全圏から対象をいじめたいんだよ、ということなのでしょうか…。
改めてコメントいただきありがとうございます。 >過酷な環境下で〜関心があります〜理解できるんですよね 他の方のコメントにありましたが、普段見せない一面を見たい…という感情に繋がっているのでしょうか。だとすると納得できなくはないです。なるほど…。 そのあたりの内訳は人それぞれで他にも色々あるのでしょうが、その一例をお教えいただけてありがたく思います。参考になりました。
いえいえ、きついことはないですよ。コメントいただきありがとうございます。 >まったく別の人から見たら〜 他の方へのお返事にも書いたんですが、私達読み手がその物語を読んで幸せに感じるかどうかは二の次なんですよ。 「そのキャラが幸せを感じている描写があるかどうか」なんです。 「自分の作っているものが〜」とありますが、信じ切っているというか、それしか有り得ないんですよ。なぜなら自創作ではそのキャラに幸せを感じさせている描写を盛り込んでいるので。私がそのキャラを(自創作の中では)幸せにしているんです、間違いなく。 私のスタンスはさておいて、「好き」と表現しているのにいじめたがる人は、まあいますよ、現実。そこをどうこうしようとしているんじゃありません。なぜ好きなのに幸せを願わないのか。その内訳が知りたいのです。その感情は好きという言葉で表すのとは違う何かなんじゃないのかと。それが気になって仕方なくてトピックを立てさせていただいた次第です。
率直なコメントありがとうございます。 物申すようで何なのですが、赤い色が好きなのにも理由や理屈、きっかけがあるはずです。きっかけまでお話しいただく必要はないとして、何かが好きな理由って案外抽象的なものではないかもしれませんよ。考えたことがないだけで。 それはさておき、 >不健全なものに惹かれたり〜幸せな推しには萌えない そのキャラが不幸であることで初めて萌える、その考えには至りませんでした。 例えが不適切かもしれませんが、ダメでどうしようもない男のことが好きだけどその男が立派になって「俺がお前のことを守る!」とか言い出したら嫌いになる…ような、そんな感じでしょうか。その状態のお前は好きだけどあの状態のお前は好きじゃないんだよ的な。 >少なくとも、愛してないキャラのためにあんな〜 この言葉は衝撃でした。確かにそうですね。 その物語もひとつの愛の形なわけですものね。好きであることには違いないんだと(商売でやってる方のことはさておき)。いじめも愛の形のひとつだと…。 勉強になりました。改めてありがとうございます。
思いついちゃったから!!?? な、なるほど…。なんと言いますか、創作するときのスタンスが大きく異なりそうですね。 私が創作する理由は色々ありますが、大きいもののひとつが「これまで苦労した推しが幸せになる姿を見たいから」なんです。 そしてあなたの場合は「この話面白そうだから」なのでしょうか。キャラが好きとか嫌いとかじゃないよと。面白さ優先だよと。アウトプットが優先だよと。推測で恐縮ですが…。 そういうパターンもあるんだな、と勉強になります。面白いご回答でした。ありがとうございます。
コメントありがとうございます。 私もモブレは不快です…。お前誰やねんと。何の権利があってその子の人生壊してるのと。いろんな感情が渦巻いてしまいます。 それは好きの感情じゃなくて「加虐の対象としてちょうどいいと感じている」だけなんじゃないのと。あー怖。 そういう作品には近づかないに限りますね…。
丁寧なご回答ありがとうございます。 なるほど…。私はあなたと対照的で、その世界には一切干渉できない立ち位置から作品を鑑賞しています。 キャラクターに共感することもありますが、それでも私とその世界は完全に別のものです。 私はキャラクターが設定されてないRPGには独自にキャラ付けしてしまうタイプなので、自分の分身ではないですね。 支配欲は危険…というより、相手との相性の問題なのかな、と思います。相手が支配を望んでいればちょうどいいのかなと。 >可愛いの感情〜 その通りだと思います。例えば猫。或る猫を可愛いと感じるためには条件が必要で、仮に飼い猫が毎日引っ掻いてきてこちらが強いストレスを感じるレベルで危害を加えられているのならその猫にはもう可愛いと感じられないはずで。 「自分に害がない」≒「要求どおりに動く」から可愛いわけですもんね。 二次元でそのあたりの欲求を満たすこと、おおいに結構だと思います。 私はなるべく苦しまずに生きていきたい人間です。楽しいほうがいいです。ここもあなたとは対照的ですね。 「ハピエンには人生を感じない」ですか…。なるほど、深いですね。 やはり創作にはその人の人生観が創作に出るのですね。人間性、やっぱり出ますよね。一部共感いただきありがとうございます。 あなたのお話を伺うと、私の考えは確かに短絡的なのかもしれないな、もっと別のパターンもあり得るのかな…と感じました。 まとまりのないお返事になってしまいましたがご容赦ください。 改めてありがとうございました。
多くの方にコメントをいただきましたが、正直なところあなたのコメントが一番衝撃的でした。 なんと言いますか、いろんな人がいるなあと。そんなパターンもあるのかとびっくりしました。こんな言葉しか出せなくてごめんなさい。 私の視野が少し広がった気がします。ご回答ありがとうございます。
>「そのキャラが幸せを感じている描写があるかどうか」なんです。 「自分の作っているものが〜」とありますが、信じ切っているというか、それしか有り得ないんですよ。なぜなら自創作ではそのキャラに幸せを感じさせている描写を盛り込んでいるので。私がそのキャラを(自創作の中では)幸せにしているんです、間違いなく。 うーん…。そのキャラってトピ主さんの作った二次創作上のキャラであり、要はトピ主さんがそのキャラを借りて動かしている妄想ですよね。 そこで「キャラが幸せを感じている描写があるから、その物語の中ではキャラは絶対に幸せになっている」というのは無理があると思います。だって、トピ主さんがキャラクターに何かをさせて、トピ主さんがキャラクターに「幸せだ〜!」って言わせているだけであり、本当にそれがキャラにとって幸せかどうかは誰にもわからないことな訳ですし…。(というか、キャラはどんなことが起ころうが、トピ主さんの幸せなストーリーの中では幸せにならざるを得ない…) 例えばトピ主さんのやっていることがBLの二次創作だったら、原作から考えれば普通にない組み合わせで恋愛描写をさせているわけですよね…。それって引いた目線から見ると、キャラの思想やこれまでの行動を全て否定している最低な行為と思う人もいると思います。 つまり、トピ主さんは「自分が定義した幸せの中でキャラクターが幸せを感じている物語に萌える人」な訳で、それと同じく他の人も自分の好みに沿って自分の好むシチュエーションの中でキャラクターを動かしているだけだと思います。 キャラが泣いたり苦しんだりしているストーリーに萌える人もいるし、場合によっては殺されたり怪我をしているところがいい!と思う人だっています。私は二次創作をしている時点で、そこにそんな大差があるとは思いません。そしてそれは趣向の話なので、トピ主さんが「自分はキャラクターを幸せにしている。そしてあなた達は違う。好きと言いながら何故そんなことをするの?」と相手と自分を区別して考えている限り、やっぱり分かり合えないと思います。
他の方も言ってますが、トピ主さんは自分の描いた話をハッピーなストーリーだと思ってますが、それも自分の勝手な思い込みですよね。 個人的には『登場人物が作中で幸せを感じているので絶対に自分はキャラクターを幸せにしている』という主張は変だと思います。だったら、キャラクターに被虐趣味の設定が創作されて、打たれたり蹴られたりして「幸せ!」と思っているストーリーなら、トピ主さんはハッピーな物語だと認めるんですかね?それは自分の思うハッピーとは違うから、これはハッピーじゃない!となるんじゃないでしょうか? 二次創作で推しを幸せにしている人なんていませんよ。そもそも幸せの定義なんて人によって違うんだし。みんな勝手に自分の好みやさせたい事をさせているだけです。そこに、正しい愛し方もより良い物語もないです。千差万別の個人の趣味嗜好があり、暴力やほのぼののグラデーションがあるだけだと思います。
コメントありがとうございます。 ええと、どなたかへのお返事で書いたような気もしますが、 >被虐趣味の設定が〜 認めますよ。いいと思います。作者さんが原作から情報を真剣に読み取ってその結論に至ったのであれば、それも幸せのひとつの形でしょうから。 とはいえ解釈違いなんでそんなの読みませんけどね私は。 >推しを幸せにしている人なんて〜 いますよ。ここに。私が(自創作の中では)推しが幸せを感じてる描写をしているって言ってるじゃないですか。私が作ったものを勝手に否定されても困ります。それを読んだ人の解釈はまた別だとも言っています。 ああ、公式のキャラは幸せになってないって話ですか?そんなの当たり前じゃないですか。どうして二次創作が公式のキャラに影響を与えることがあるのでしょう。おこがましいにも程があります。 あなたも近いことを仰っていますが、私が勝手に自分好みの物語を描いてるだけなんで、エゴの塊ですけどね。それは理解しているので、私の創作が正しいとかって言ってるつもりはありません。優劣つけるつもりもありません。そんな正しいとか正しくないとかの趣旨の発言どこかで書きましたっけ。
推しを不幸にさせたい人間です。 周りにはあまり同じ考えの人がおらず、自分でもなぜ私は推しを苦しめてばかり…と悩み筆が止まることもあります。 最終的には萌えの形は人それぞれだから自分がおかしいわけではないと毎回結論付けて描き続けています。 自分も基本的にはbQCK2Jo様と同意見です。 特に支配欲と苦しんでいる姿こそ生きているという感じがするという部分に大きく頷きました。 以前、なぜ自分は推しを苦しめる…と悩んだときにあれこれ調べたのですが、キュートアグレッションという言葉があります。 かわいすぎて食べちゃいたい!とかかわいいものを見た時につねったりしたくなるという衝動のことを指します。感情ではなく衝動なのでそれ以上の理由などはないものだと思います。 自分はこの衝動が少し行き過ぎた結果、推しをひどい目にあわせているのかな…と考えていますが、この気持ちの近いところには支配欲があると感じます。 また少々求めている回答から離れてしまうかもしれませんが、死ネタを好むことについても言及させてください、 まず前提として自分は「死が救済になる」と本気で考えています。 生きていれば嫌なこともあるしどうしようもない苦難に陥ることもありますが死の前にそれは無意味なんです。同時に幸せもすべて無意味ですが。 もちろん現実でそういった思想を表立って表明するのは倫理的にアウトというのは理解したうえで、創作の中でせめてこの感覚を表現したいのだと思います。 散々苦しみもがき生きた推しが死ぬことで最終的に救われると考えています。 推しからしたらハッピーではありませんが描いた本人の気持ちとしてはハッピーエンドということもままあります。 ただしこれに関しては個人の死生観の問題なので生まれ育った環境などにより理解し合うのが難しい部分も多いだろうなと思います。 読みにくい部分や他の方と被る部分もある回答となってしまいましたが参考になれば幸いです。
えっ、自分の創作が正しいって言ってますよね? 以下引用です。 私の界隈には「このキャラが好き」と普段言いつつもそのキャラの死ネタ(不幸な事故死や他殺など)を嬉々として描いた人がいます。本当に信じられません。私はその人のことが憎くて仕方がないです。 なぜ? なぜ「好き」だの「推し」だのという表現をするのでしょうか。 上で挙げた人に限らず、推しが不幸せな目に遭うシーンを見てキャッキャしてる人たちの心には何があるのでしょう(流行りで言えばモ○カーが泣いてるところをやたら描く人とか…)。 これって、自分の創作姿勢が正しいという前提がなければ出てこない発想だと思うのですが…。 自分の創作姿勢が正しいと言う前提があるから、自分が理解できなくて共感できない作品に対して 「そのキャラのことが好きなんじゃないの?」 「好きなのに幸せを願わないの? なぜ苦しい思いだけをさせたがるの?」 「何か別の欲求や感情を『好き』と言い換えてるだけなんじゃないの?」 って疑問が出てくるんですよね…。もし、自分の作品と他人の作品は同じフィールドに存在していて、単純に好みが違うだけ、萌えるポイントが違うだけ、という点が理解できていれば『本当に信じられません。私はその人のことが憎くて仕方がないです。 なぜ? なぜ「好き」だの「推し」だのという表現をするのでしょうか。 』とはならないと思います。
>これって、自分の創作姿勢が正しいという前提がなければ出てこない発想だと思うのですが…。 あなたが思ってるだけです。あなたの妄想です。 自分の創作が好きではありますが、正しいとか正しくないとか言った覚えはありません。 極端な例ですが、あなた、自分の家族がどこかで交通事故とか泥棒とかしたときに「えっ、信じられない!」って言ったりしません?まあ言わなくても別にいいですが。言葉って何かのはずみで言うことありますでしょ。そういうことですよ。 「もし」とか「思うのですが…」ってあなたが書いてますけど、つまりそれあなたの憶測でしょ?私はそういう意味で書いてませんので。 ちょっとこのお話には真剣にお返事する気にはなれません。言葉が雑なのは自覚してます。ごめんなさいね。
推しが辛い思いをしたり悲しい思いをして悩んだり苦しんだりするのが萌えるからです!以上です! この手の話になるたびに思うんですけど、これ以上、逆に何の説明が必要なんですかね?逆に教えて欲しいです🤔🤔🤔
では教えて頂きたいんですが、 >なぜ「好き」だの「推し」だのという表現をするのでしょうか。 というトピ主さんの大元の疑問はなんなんでしょうか…? 何故、同じく二次創作をしているトピ主さんがそのキャラクターのことを「推し」とか「好き」と表現することは良いのに、トピ主さんが憎んでいる人たちについては、トピ主さんと違う趣味嗜好を持っている理由だけで「好き」とか「推し」とそのキャラクターを呼ぶことにわざわざ意味を求められるんですか…?純粋に疑問なので教えて頂きたいです。
自分の萌えは誰かの萎え、誰かの萌えは自分の萎えです。 納得したい気持ちも分かりますが、世の中説明されても理解や納得できないこともありますよ。
書き手の数だけ創作がある、では駄目なのでしょうか。ハッピーエンドもあれば、バッドエンドもある。キャラが好きだからこそ、いろんな表現をしてる。貴方はキャラを幸せにしたい、貴方の気に入らない作風をする人もまたこんな形を見てみたい、そういう考えで二次創作ってあると思いますよ。 合わない作品、思考であればブロックしてお互いの世界で楽しくやればいいと思います。 個人的には、解釈違いの方からはブロックされたほうが気楽ですし。
回答を全て読ませていただいたんですが、トピ主さんが他の回答者さんの答えに書かれている「作者さんが原作から情報を真剣に読み取ってその結論に至ったのであれば、それも幸せのひとつの形でしょうから。 」という、トピ主さんの考えを見て根本的に齟齬があると思いました。 原作には全くない要素で「こんなことをしているA君が見たい!」って衝動で創作している人なんていくらでもいます。原作が優等生の心優しいキャラをクズの女タラシにする二次とか、原作の男らしいキャラをママキャラにする二次とか。原作を無視してありえないことを作り出すことに喜びを覚える人だっている。 二次創作をする時は原作を正確に分析してそれに沿った創作しなければならない、なんてルールはないし、幸せにしなきゃいけないルールも笑顔で終わらせなきゃいけないルールもないんです。 だからキャラが殴られているのが見たい人は殴られるところを描くし、死ネタやモブレや悲恋が見たい人は描くし、それを見たい人が読むんです。その人がそういう愛し方をすることが「好き」なら、それは愛だし推しですよ。他人がどうこう言えることではありません。 トピ主さんはそれが理解できなくて、他の理由を求めているみたいですが所詮は他人なので本当の意味で分かり合うのは無理だし、二次創作を通じて誰かを憎むのってあまりに不毛なのでやめた方がいいかと。せっかくSNSに機能があるのだから、深入りせずにブロックやミュートを使いましょう。
ZcILOlGbです 内容ご確認いただきありがとうございます。 おっしゃる通り根拠を示すに値しない不明確なデータの提示でご納得いくものの回答が出来ず申し訳ありませんでした。 トピ主さんの言うように、道徳、倫理的に公言しにくい内容のため本音を言えていないのではないかという点はごもっともだと思います。そして中には現実でも他人をいじめたい欲求がある人も0ではない筈です。 正直これ以上はここやネット上の記載や証言ではトピ主さんを納得させるものはないと思いました。 そのためこれは仮の話になりますが、もしトピ主さんのご家族や親しい友人が実はリョナラーであったらどうしますか? 「実はそういう性的趣向がある」というカミングアウトをされたら縁を切りますか?それとも「それはそれ」「これはこれ」と割り切って今までの関係を続けることができますか? そしてトピ主さんにとってとても身近で今まで一緒に生活をしていた方々が「確かにそういう趣味はあるが、現実で実際にやりたいという願望はない。あくまでもフィクションとリアルの区別をつけている」と言ったら信じられますか? これがトピ主さんの答えになるのではないかなと思いました。信頼できる人の言葉でも信じることが出来なければ「リョナラーは全員現実でも同じ願望を持っている」、信じる事ができれば「少なくともフィクションとリアルで区別している人がいる」という答えになるのではないかなと思います。 リョナラーだけに絞って探すとなかなかいないと思いますのでもう少し広義的に「人を●すゲーム(戦争ゲームとか)をするのが好きな人」とかも含めて聞いてみたりすると良いかもしれません。「現実で本当に●したいという願望があるのか?(プレイヤーと同じように銃や刃物を使ってやってみたいと思うか)」という点では通ずるところがあると思います。 なかなか自分からこんな事するのは正直しんどいと思います。むしろ人間関係を悪化させる一因にもなりかねませんのであまりお勧めできませんが、どうしてもトピ主さんの疑問を拭いたいのであれば信憑性のないネット上ではなくリアルで聞いてみるべきかなと思いました。 余談になりますが、上記のようなことが家族や友人に限ってそんな事はない。と、思うかもしれません。 しかし私の実体験ですが、私の父が実は特殊な趣味を持つ人だと私が成人すぎてから知らされました。詳細は避けますが正直「気持ち悪い」と私は思い、とても他人に言えるような趣味ではありませんでした。(母は初めから知っていましたようです) しかし父は私達家族にそれを強要したり、ましては公の場でそれをして人に迷惑をかけるような事はしませんでした。 最初は勿論驚きましたが、だからと言って今まで私が社会人になるまで愛情も注いで育ててくれた父を嫌いになることはありませんでした。それを経験してから私は身近な人でも意外と自分の知らない一面があるんだなという事も学びました。気分害すようで申し訳ないですが、案外身近なところにトピ主さんの嫌いな趣向を持っている人はいると思います。
ID変わってるかもですがbQCK2JoAです。 >人によって好みは色々では?系の回答されてる皆さま 皆さんのおっしゃる通りですが、トピ主さんの要望は「頭で納得するために自分とは違うものを好む心境が知りたい」だと思いますよ。 例えるなら、「自分は人を食う熊が怖いが、なぜ熊が人を食わなければいけないのか、その理由を知りたい」でしょうか。熊は肉食だから、などの理由が分かれば納得できるし、恐怖心をコントロールしやすくなると考えてのトピ立てでしょう。 トピ主さんは感情のやり場がなくて苦しんでるようですし、「理解は無理だよ」と突っぱねるのはなんか違うんじゃ…?と思った次第です。 >トピ主さん お返事ありがとうございました。 今自分の投稿を読み返してみると、挑発するような物言いしてますね…。思考回路を分かりやすく説明しようとしていたのですが、気分を害していたらごめんなさい。 そしてトピ主さんの回答を読んで、人によって感じ方は色々なんだな、人の数だけ楽しみ方があるんだなと改めて思いました。 スタンスは違いますし、今後交流することもないでしょう。でも、一人の同人活動者として、トピ主さんが楽しい推しライフを送れますように…と願ってます。
少し違うかもしれませんが、私は悪役ばかり好きになるので過酷な二次創作を描いています。 彼らは彼らなりのポリシーを持って行動しており、それ故に幸福から自ら遠ざかっていくようなところがあります。 そんなキャラクターを二次創作で一般的な幸福に閉じ込めてしまうことは、逆にそのキャラクターのあり方を否定することになるのではないかと思い、過酷な状況に放り込んでいます。さらにそういったキャラクターは逆境や死に際に一番輝くようなところがあり、そんな輝く推しをずっと見ていたいなという気持ちがあります。キャラクターのことはもちろん大好きです。
横からで恐縮ですが、何故クマが人を食べるのか知りたいと例えるのには少しトピ主さんの質問や回答は刺々しい部分が多いと思いました。 少なくとも、NTRやモブレを書くことのある自分は質問の文章やトピ主さんの回答の所々で不快になりましたし、好きだの推しだの表現する理由が知りたいという文言に至っては「何故そこを疑問視されて否定される…?」と感じましたよ。 真摯に知りたいという気持ちよりも、どこかそういうタイプの創作者を見下している感じがある(ご本人は否定していますが)ので「理解できないなら理解しなくていい」というスレの流れが生まれた感じかと……。
9G2QzjHLです。 分かりづらい書き方をしてしまい申し訳ありません。 幸せの定義についてというよりは、読み手描き手にとってのキャラの愛し方のスタンスについて触れたつもりでした。 トピ主さんにとっては「好きなキャラの幸せを願うこと」それこそが真の愛し方なのだと捉えている節はありませんか? 現実世界で配偶者や家庭をもつ上では重要な考え方ですが、二次元に対して言うならばもっと多様な愛し方があっていいのではないでしょうか。 >相手が普段見せてないということはそれ以外はその人の中に存在しないか、存在していても~… ここの考え方の根本が決定的に違うように感じます。(良いとか悪いとかではなく) トピ主さんはリアリストなのかもしれませんね。 私個人で言うならば、好きなキャラのとにかく色んな一面を見たい。より深く、どこまでもそのキャラのことを知れるだけ知りたい。 更に言えばキャラ自身が自覚していないふとした瞬間に見せるような魅力、もしくは何らかの外的要因によって意図せず発露するものにも気付きたいと考えています。妄想かもしれないけど、でも、そうじゃないかもしれない。 とにかくそのキャラの全部を見てみたい。可能性すら知りたいのです。 けれどもその多くは叶いません。 理由は様々ですが、特に「モラルや社会性を欠くもの、死ネタや残虐性の高い要素をもつもの」等、マイナスな面が大きいものに関してはまず原作では見ることが出来ません。だからこそ自分で独自に思考をし、形にします。 原作で描写されそうなことについては原作を追うことで満たされることが多いので、必然的に独自なものに偏りがちといいますか。 死ネタなどの場合は、そのキャラの死によって「生きた証を証明・再確認したい」「遺したものをより尊重したい」「死をもって完成するそのキャラの人生を見届けたい」…みたいな部分もあるかもしれません。 >小さい男の子が女の子にちょっかい出して喜んでいるようなもの~ これについては男の子が女の子に構ってもらえるのが嬉しくてって場合が多いと思いますのでやや違うかと。
私もトピ主さんと同じで推しのグロやモブレが苦手なタイプなのですが… たとえば原作にて、主人公が敵に攻撃されてボコボコになって血を流している描写があるとして。 キャラ目線、キャラの感情に寄り添うなら、頑張れ!負けるな!と応援したい気持ちになります。 ただ、その気持ちとはまた別に、血に塗れて床に這いつくばって敵を睨みつけている姿は、視覚的にどことなくいやらしい、色っぽいなと感じることがあります。 わざわざボコボコにされてる推しを見たい!となる方々の大元の感情は、多分ここなんだろうなとは思います。(私は「見たい!」とまではならず「気持ちは分かる」のラインにいる) 実際世の中にSMという娯楽があり、アダルト分野でもSMもののAVがそれなりに多く存在していることから、人が痛めつけられる姿には性的興奮を促す要素が含まれることが実証されているわけで、需要もあるんだなと。 それを二次創作に反映する人も、トピ主さんが仰る「キャラにとっての幸福」「そのキャラの考察」などは一切含まず、自分の視覚的欲求を満たすためだけに傷ついた推しを作るのかなと思います。 いわゆる「性的消費」ですね。 それは原作ではノンケのはずの男キャラを勝手にBLにして、その上受けにして、乱れている姿を描きたい・見たい、その性的欲求と根本的には変わらないんじゃないでしょうか。原作での彼本人は男を好きになりたいとは思ってないのに、書き手が彼が乱れた姿を見たいから描いてる。 キャラ崩壊のギャグを描いて楽しんでる人に「そのキャラはそんな事するはずないのに何故そんな事させるの?」と聞いたら「だって面白いでしょ?」と返ってくるでしょうし、多分それと同じで。 トピ主さんは、二次創作は考察ありきで、キャラの性格や感情に寄り添って描かれるべきだとお考えなのでしょうが、単純に「キャラを性的消費している人」も多いという事でしょう。 トピ主さん、頭ごなしの批判が増えてもうコメントを読む気がなくなってしまっているかもしれませんが、ここは私にとっても非常に興味深いトピでした。ありがとうございます。
トピ主です。みなさん様々なコメントありがとうございます。 個別に返信するのはとてもできそうにないため、総括してお返事させていただきます。 まず、実際に暗めのお話を創作される方からお話を伺えてたいへん参考になりました。 なるほどそうなのか、と腑に落ちたところもあればただただ驚かされたりと、月並みですが創作とは人それぞれであり複雑な思いのもと作られているのだなと再認識させていただいたところです。 いくつかご指摘がありましたが、他人の嗜好を完璧に理解することはできないだろうと私も思います。 だとしても少しでいいから理解しようと動くことは意味のないことでしょうか。理解しようとすることで少しでも歩み寄れるならそれは有益なことだと思うので今回のトピックを立てさせていただきました。そして多くを勉強させていただいた結果として、以前の自分よりは他人の創作に対して心を広く持てるようになったのではないかと感じています。みなさんのおかげです。ありがとうございます。 私の発言を不快に感じられた方がいたようで、お詫び申し上げます。 他人の創作を見下しているつもりは全くありませんが、とはいえ嫌いなタイプの創作物に対して「コノヤロー!」ぐらいには思っています。この感情も少しずつ無くしていけたらいいのですけどね。 まとまりのないお返事となってしまいましたがご容赦ください。 それでは、みなさん改めてありがとうございました。とても勉強になりました。 これ以降はコメントいただいても返事をしませんので悪しからず。