めっちゃ気持ち悪いですけど、自分にとっての正解描かれる方いるので壁打ちになりました 創作するためには見れないです‥
正解書いてくれる人いない。妥協はできない。
正解だと思っていても細かいこだわりを突き止めていけば完全に一致した正解であることは実は少ない 他人の作品に圧倒されることはあるけど、自分ならさらにこうするし、もしくはこうする場合もあるのでは?こういう表現はどう?と色々こねくり回してみたり 自分にはこんな作品は書けないと思うのなら、じゃあ自分はどんな作品なら書けるのか?ということを前向きに考えてみる でもマジで二番煎じみたいな作品しか描けないくらい完璧な作品でバキバキに心折れたなら休むとか見ないのも手
>>2
「自分にとっての正解」、見てしまうと創作するの辛くなってしまいますよね。 気持ち悪くないです! 書き手であることを選ばれたのですね。 格好いいです。
>>3
ご自身の中に確たる像があり、書きたいものがあるんだなと思いました。 格好いいです。 妥協はできない。 折れそうなときにはこの言葉を思い出したいです。
正解だと思えるような作品を書かれる創作者は手当たり次第ブロックしてきました。 個人的には自分の創作を続ける方が大事だったので。創作のノイズになるような正解は全部見てみぬフリして、間違ってるものを作り続けます。
あー。マジで「正解」なら私も書くのやめちゃう。自分が見たいものをもう書いてくれる人がいるんだもの、二次やる意味がない けど本当に寸分違わず正解なんでしょうか?あなたが思う正解を、あなたのやり方で出力したら、絶対にその人とはちがうものができますよね。解釈、近いと思う人はいても、私はいまだに全く同じ人には出会えないし、自分が出力してみると、やっぱり解釈近いと思ってる人とも違うものになるよ。 例えば出力の仕方を変えてみるのは? パロ小説を書くとか これなら世界観がそもそも違うからお相手と被らないのでは? トピ主さんだけが作れる作品絶対あると思うから、作品作り続けてほしいな。応援してます
最初の自分の解釈に沿っててもその解釈が正しいとも完璧とも言えないから、正解が出たらそこから更にもっと突き詰められると思う。もっと解像度をあげるチャンスかなって 自分にとっての正解な創作見つけられたことがないから、辛いし悔しいんだろうけど他者の創作で解釈一致は本当に羨ましい。
自分の中の「正解」を書いた他者の作品って何度もあったよ。 でもその人が描くものが全て正解だった事は一度も無いし、同じ題材(二次創作ですよね?)を扱ってるなら、似た傾向の完成度高いものが出来るのもしょうがないんじゃないかなぁ。 自分の場合はネタは幾つかあるので、そのネタはその人のを読んで満足して、別のネタにとりかかる。 または、もう一度自分なりに整理して書いてみる。案外書いていくと、ストーリー展開は同じでも、自分なりに大事にしている部分や強調したい場面は違うんだなと気付ける時もある。 全く同じネタ・オチ・展開でなかったらパクリ認定なんてされないと思うよ。 気になるなら、「二番煎じになるかも知れませんが~」とか「既に描いてる方もいるかも知れませんが~」みたいな注意書き入れてても良いんじゃないかな。
正解は原作だから、そもそも正解を見てやる気失うなら二次創作自体してない
現ジャンルは公式だけを見て始めました。 「正解」を他人の作品で見つけてしまうのが怖くて他所をなるべく見ないようにしてます。 (いわゆる互助会化しているためちょっとキツい時もあります。) 前ジャンルは随分前に完結していてしばらくROMだったこともあり正直に言うとお手本にしているような作家さんが何人かいました。 でもやっぱり自分の解釈と100パーセント一致はしないんですよね。 何年か作品を作るうちに自分だけの解釈・世界観が出来上がっていったと思います。
これ絶対に表には出せないけどその人の三次創作する パクるとかじゃなくて、その人の作品から想像した話とかを作って三次創作と悟られないように切り取って投稿したりする
絵柄も話も解釈も何もかも理想の人が居てその人が居る限り自分の作品は絶対好きになれないしなんなら描く必要無いとまで思ったことはある。 でもしつこく描き続けてたら上手くなったし今ではその人はその人で好きだけど自分の作品が1番と思えるくらいにはなれたしファンもついた。 石の上にも3年と言うけどここまで3年かかった。 努力せず追究せず落ち込んだり辞めたりは根性無しのやる事だなと痛感した。
正解はひとつ!じゃない!!
普通に他人の正解を摂取してはぶちのめされてありがたいありがたいと崇めた後 拙すぎる自作を貶しまくって創作なんかやる意味ねぇな〜って思いながら創作続けてるよ そりゃ厳密に突き詰めれば他人の創作に多少理想からズレる部分は見つけられるけど そんなとこ吹き飛ばすくらい他人様の作品のクオリティ高いから重箱の隅つついたところで気持ちは晴れない でも結局自分は推しCPが好きすぎて拙くても脳内にある妄想を 形にしないとやってられないので創作やめてない 趣味なんだしそれでいいんだと自分に言い聞かせてる 早くこの気持ちが萎めばこんな苦しくないのに…と思いながらその日が来るのを待ってるよ
>>4
確かに完全に一致する、ということはないなと思いました。 他人の作品に圧倒されたとき、ここがこういうふうに素晴らしい、ということばかりが目について打ちのめされがちでしたが、 「自分ならさらにこうする」は考えてみたことがありませんでした。 内容で「正解」が示されてしまったと思っても、相手の方とは作風が違うので、 じゃあどんな作品なら書けるのか?と自分にできること・強みを前向きに考えてみること、 とても大切なことですね。 休むことや見ないことも視野に入れつつ、 挙げていただいたことについて考えてみようと思います。
>>7
書き手であることを選ばれて行動されたこと、格好良いなと思います。 私もあまり周りを見られない質ですが、厳選フォローで繋がっている方には打ちのめされてしまいがちです。 視野が狭い分、余計になのかも知れません。 〉創作のノイズになるような正解は全部見てみぬフリして、間違ってるものを作り続ける。 私がしているのは二次創作ということもあり、 自分の創作に向き合おうとするとき、「間違ってるものを作り続ける」という気持ちは、 大事なものだと思いました。 有難うございます。
>>8
うわぁー、もうこれがマジで正解だよー!と頭の中でのたうち回ってしまうこと、あります。 寝ても覚めてもその作品の「正解」と思うところ、比較して自分の「違う」ところ、足りないところを考えてしまいがちで、 そうなると自分が書く意味……となってしまうこともあります。 けれど本当に寸分違わず正解かと言われると、 全く同じではない部分もあります。 私が思う正解を、私のやり方で出力する 落ち込みそうになったとき、この言葉で顔を上げたいと思います。 私だけが作れる作品は絶対にあると、 言ってくださって有難うございました。 作り続けられるよう、頑張りたいです。
>>9
最初の自分の解釈に沿っててもその解釈が正しいとも完璧とも言えない そのように思ったことがなくて、確かに……!となりました。 「正解」と思うものにふれさせていただいたのなら、 自分の中でもっと突き詰められる、解像度を上げられるチャンスという考え方、とても素敵ですね。 自分にとっての「正解」な創作物にふれられるということは、 贅沢というか、幸運なことなのかもとコメントを拝読して思いました。 辛いし悔しい、そういうことがたくさんありますが、 幸運にもチャンスにも自分にも、そして推しにも、前向きな気持ちで向き合えたらと思います。
悟られないようにって言う人は9割バレてるから諦めよう
>>10
二次創作です。 確かに全てが正解ということはないし、同じ題材を扱ってるなら似た傾向の完成度の高いものが出てくるのは、あたりまえのことですね。 私は「途中」のところを書いているつもりなんですが、 最終的に理想とする像があり、 相手の人が先に、その最終地点を理想的に書かれた作品を見たことがあります。 たとえば最終的には付かず離れずの2人が好きで、 お互いに相手から語られない部分は聞きもせず傍にいられるような関係性が理想だとして、 けれどその過程で、相手から語られないことを寂しく思う ということに気づくことがあったとする 私はその「途中」のところを自作では書いていたつもりだったのですが、 相手の方の作品で、未来の2人の理想的な付かず離れず加減を見てしまった、という感じです。 今後私がそういうものを書こうとしても、真似になっちゃうかなとか、二番煎じかなとか、 違うものを書いてたのに影響を受けて考えが変わったのかなとか そう思われてしまうかも、と思ってしまいました。 そうしたら、相手のことも傷つけてしまうかも、とも思いました。 けれどコメントを拝読して、 もう一度自分なりに整理して書いてみたら、自分なりに大事にしている部分や強調したい場面が出来てきて、同じものにはならないのかも、と思えました。 全く同じネタ・オチ・展開でなかったらパクリ認定なんてされないと思う、と言っていただけて、 少し安心できました。 注意書きのことも、有難うございます。 別のネタのことも考えながら、その人の作品を読んで満足出来たところ、 それでも自分なりに突き詰めたいところを、見つめて、捏ねてみようと思います。 有難うございました。
そういう思いをするのが嫌だから他人の創作はじっくり見ない、チラ見だけにしてる 私には私の世界があるしそれを大事にしてる
>>13
他人の心の中なんか分からんからな。何とも言えんわ。 ただ悟られないよう気を使ってるのは事実やし、誰からも何も言われてないし、人間関係も良好やわ。 何も言われてない以上心の中でどう思われれも気にならん。
トピ主さんは、自分の表現したいものがあるけど、表現するための言葉が足りない状態なのかなと思いました。 トピ主さんが表現したいものにふさわしい言葉を、たまたま相互さんが持っていて上手に使いこなしている。 他人の中に自分の理想を見てしまうのはショックですよね。危険とも思う。 創作は自分の中を掘り下げていく作業なので、自分自身に溜め込み、自分自身を見つめた方がよいと思います。 あと正解不正解の考え方、やめた方がいいと思います。 優劣をつけるのと同じなのかな、他の人に対してもそうしているのかな、と感じました。
結果ではなく創作の過程や創作そのものに楽しさを見出してみては如何でしょう。 二次創作は仕事ではなく趣味なので結果を出さなくていいんです。 出来たものが間違いだっていいんです。 止めるのはいつでもできるのでもう少し続けてみてほしいです。
>>11
正解は原作、確かにそうですね。 分かってはいるのですが、原作沿いで妄想・創作したいタイプなので、 原作エピソードの余白部分が丁寧に「それです!」って言葉で描かれていたりすると、 うわーー!!(理想を見てしまった喜びと、書き手としての葛藤)となってしまいます……。 コメント簡潔で格好いいなと思いました。 そうですよね、もともとが正解を見て想像を広げてゆくという行為の上にあることなんだ……と、 心を落ち着けようと思います。
>>12
「正解」を他人の作品で見つけてしまうのが怖い、お気持ち分かります……。 私も原ジャンルで3作目までは原作だけを見て書いていましたが、 他所を見ないようにしていたところから厳選フォローになった辺りで、色々葛藤が出てきました。 前ジャンルのお話も有難うございます。 お手本にしている作家さん、と伺って考えてみたのですが、 解釈と作風、それぞれで憧れの作家さんも自分の中で異なるものかも知れないと思いました。 自分の解釈と100%一致はしない、そうですよね。 私の場合は逆に、人の作品に触れ、最初の3作以降揺らぎが出てきたのかも知れないです。 重なる部分もあるけれど、作品を作る中で、自分だけの解釈・世界観の部分を研ぎ澄ませていきたいなと思いました。
>>13
絶対に表には出せない気持ちのことをお話ししてくださって有難うございます。 三次創作というよりは、きっとコメ主さんの中で濾過されて、相手の方の作品から受け取ったものが「コメ主さんの作品」として出力されている状態なのかな、と想像しました。エッセンスを取り入れるというか……。 パクリになってしまうと思うとマイナス思考になってしまいますが、相手の方の作品によって心が豊かになったなら、その分自分の中で推したちのことを掘り下げてみたらいいのかも、と思えました。
そこまで人の作品を認めて敬愛できるのは素直で素晴らしいと思いました 変に捻れたりせずに、これが正解だって受け止められる素直な所は才能だと思います そしてまた、正解だと感じるくらい素敵な作品に出会えているのも嬉しいことだと思います 他者の作品で解釈が深まるのはパクりとは違うと思いますよ むしろ二次創作って、創作者やロムの感想を通じたやり取りで好きなキャラやカプの解釈を煮詰めて深めあっていくような側面があると思います そのままズバり真似してしまうのはパクりでしょうが、こうやって気にしてる時点でパクるようなものは創作しないと思います 解釈に取り入れて自作に活かすのは他の作品を一切見ない方を除いて誰でもしてることだと思いますよ それと、自分のものは正解には辿り着いていないと感じるかもしれませんが、他の人にとっては正解やそれに近い存在、またはもっと単純に、楽しい作品である可能性も十分あります 自分にとって完全な正解ではなくても存在する理由はあると思います
>>14
絵柄も話も解釈も何もかも理想の人が居てその人が居る限り自分の作品は絶対好きになれないしなんなら描く必要無い 簡単に分かる、なんて言ってはいけないかも知れませんが、このお気持ちがよく分かると思いました……。 私にとって理想の作品を書かれる方は、推しの描かれ方がとにかく魅力的で、自分が書いてもそんな推しの姿を見ることが出来ない 余白を紐解けることもない そう思って苦しくなってしまいます。 けれど書き続けてみないと、書く必要ない、なんて言えないのだなと思いました。 絵柄も話も解釈も と挙げてくださったところから考えてみたのですが、 私は今相互の方の「話」や「解釈」をすごい、理想的だと思っているけれど、 私自身の目指す「作風」はその方とは違う、と気づきました。 実は現ジャンルで書き始めて2年になりますが、未だに迷うことばかりで、 だから3年努力して、自分の作品が1番と思えるようになったコメ主さんのことを格好いいと思います。 自語りをしてすみません。 落ち込んでしまっていましたが、その痛感を得られるまで私も頑張りたいです。 有難うございました。
なんか、おんなじ解釈最高に一致!って感じの作品でも暖かい気持ちになるものと、すばらしいんだけどこれが正解だ…ってなってしまって息苦しくなるものがあるんだけど、後者そもそもそんなに好きってならないなぁ(好きなったらしんどくなるなって学んだのもある) あと解釈一致の作品は作ってくれても性癖一致の作品は作ってくれないだろうから自分で作るしかない 性癖一致の作品はなんぼあっても良いから描くの辞める理由にならない
>>15
有難うございます! 迷ったときに心の中で叫びやすい……!! 私が誰かの作品に、自分にとっての「正解」を見てしまったとしても、 それでも私なりに書けるものも、あるかも知れませんね。 迷いながらでも、挑戦したいと思いました。
「解釈」と「作品としての出来の良さ」をごっちゃにしてる部分もあるのでは?と思いました よく見たら解釈違いなところもあるけど、構成や台詞回しの上手さで圧倒されてしまってそこに気付けなくなってる状態なのかもしれませんよ 本当は構成の美しさなど技術的な部分に感動しているのを、解釈の深さや丁寧さに感動しているんだと取り違えている可能性もあると思います
トピ主さんは心の使い綺麗なクリエイターだと思いました。 他人の中に目を皿のようにして正解を探して、それに飛び付く人、世の中に沢山います。 さらに根性のひねくれた人は、その正解を否定することがオリジナリティであり勝利だと勘違いする人もいます。 私も正解を見てしまったことがあります。 悩んだ末、なぜそれを正解と感じたのか、そしてその正解は自分の創作にとってどんな意味を持つのか、自分にとってなぜそれが正解となるルーツがあったのか考えて、露骨に被らないように変え、一から自分の手で作り直しました。 ただ、それをやって思ったことは、そこまで切り離す努力をしてもやはり、他人に正解が既に用意されているものを書くのは二番煎じで自分にとってつまらない、と言う気持ちが大きかったです。 正解を見たなら、よしとする、そしてわが道を行く、がROMと創作両方をこなしていくコツかなーと個人的には思ってますし、逆にそれが出来てない人は思考力や知識量が足りないと感じて、こっそり、格下に見てしまいます。
>>16
厳密に突き詰めれば他人の創作に多少理想からズレる部分は見つけられるけど そんなとこ吹き飛ばすくらい他人様の作品のクオリティ高いから重箱の隅つついたところで気持ちは晴れない 私の気持ちか……!?というくらいしっくりきました。 私の場合は、静かな頭で考えれば解釈全一致ではないのですが、 そんなとこ吹き飛ばすくらい推しの描写が素晴らしかったり、 自分の描きたかったことを的確に書いている、と思ってしまったりするとやっぱり気持ちは晴れないです。 私もずっと推しのそんなところが好きだった、でも自分ではこうは書けなかった 読者としての私は、ああ〜〜そうそうそうなんだよ〜!と胸を締め付けられてもいます。 それでも推しのことが大好きで、 推しCPに見てるものもあるので、そのことを書きたいと思ってしまうんだなと、 コメントを見てて思いました。 形にしないとやってられない、格好いいです。 それでいいと認めること、自分に許すこと、私も意識してみます。 私もきっとしばらくは苦しいと思いますが、 同じような方がいると伝えてもらって嬉しかった分だけ、 コメ主さんが苦しくても好きな創作が出来ますように、祈ってます。
>>23
私には私の世界があるしそれを大事にしてる 格好いいなと思いました。 私も私の世界を大事にできるよう、向き合いたいです。
>>25
自分の表現したいものがあるけど、表現するための言葉が足りない状態、仰る通りそういうことで悩んでいます。 表現したいものにふさわしい言葉を、たまたま相互さんが持っていて上手に使いこなしている、と言われて、 ああそういうことなんだと気づきを得ました。 あと努力出来ていないな、という後ろめたさもあると思います。 こんなに素晴らしいものを書かれるなんて、どんなに引き出しが多く、思慮深く、努力もしてこられたのだろう、 それに比べて私は、という思考にもなっているかも……。 他人の中に自分の理想を見てしまうショックと危険のこと、 考えてみようと思います。 創作は自分の中を掘り下げていく作業 自分自身に溜め込み、自分自身を見つめる とても響いている言葉で、これから意識していこうと思いました。 正解なんてないものと思いながら、自分にとっての「正解」を他人の中に見てしまう、と思っていましたが、 それも良くないことだなと感じました。 他人に優劣をつけたことはないつもりでしたが、 自分に対してそれをしているなら、無意識にそれをしているかも知れない。 たとえば誰かの作品に対して「これは間違い」と思ったことはありませんが、 誰かの作品に「正解」を見てしまうなら、無意識にその反対もしてしまっているのかも知れない。 怖くなりました。 多角的な視点からのアドバイスを、有難うございました。
>>26
結果ばかりを見てしまっていたので、創作の過程や創作そのものに楽しさを見出す、その気持ちを忘れていたなと思いました。 自分には足りないところばかりと思ってしまいがちで、これは今コメントを読んでいて思ったことですが、 理想の作品を書かれる方に、理想に届かない自作を見られるのが恥ずかしい、悔しい、 そういう、純粋に作品だけを見ているのではない気持ちもあったのかも知れません。 純粋に創作を楽しむ、自分一人とだけ向き合えば、 出来たものが間違いでもいい、 いや本当は歯がゆくてたまらないけれど、 時間をかけて「なんか違うな」を繰り返しながら、少しでも好きなものに近づいていければ良いのかも知れない。 出来たものが間違いでもいい、を今まで自分に許せなかったのですが、 間違いと思ってしまったとしても、 上手く書ききれなかったけど推しのこういうところが好きでこう書いたんだ、考えてたことちゃんとあったじゃん とか、 ここの比喩好きだなとか、 間違いと思うならもっと原作と向き合ってみようとか、 ポジティブに捉えるようにしようと思います。 続けてみてほしい、と言っていただけて、自分でも驚くほど嬉しくて、 やっぱり続けたいのだなと思いました。 穏やかな気持ちになれば、結果とかじゃなくて、 それだけ推しのことを考えていけるというのも、幸せなことですね。 お優しいお言葉を、有難うございました。
>>30
人の作品を「正解だ」と思ってしまうことの裏側には、 自分の足りなさや悔しさもあると思うので、 そして落ち込む時はとことん落ち込んでしまうので、 変に捻れたりせずに という言葉には心苦しさを覚えてしまいます。 ですが、私が短所や歪さだと思うところに良い部分を見つけて、伝えていただけたこと、とても有難く、嬉しかったです。 そして正解だと感じるくらい素敵な作品に出会えているのも嬉しいこと、そんなふうに考えられたらいいなと思いました。 解釈を取り入れて自作に生かすことについても、 肯定的な捉え方をお伝えくださって有難うございます。 あんまり理想的なものを見てしまうと、 これから作るものが影響を受けたら、それはパクリやカンニング?になるのではと心配でした。 でも、深め合えるものなのだとしたら、 影響を受けたとしても、自分で煮詰めたと思えるものを作りたいと思えました。 自分にとっての理想にずっと届かない気持ちがありましたが、 他の人にとって、という視点であまり考えたことがありませんでした。 もしも、単純に何か一つでも読んで楽しかったところがあるなら、 嬉しいです。 自分にとって完全な正解ではなくても存在する理由はある 何だか涙ぐんでしまいました。 自分にとっての完全な正解を自作に求める気持ちは消えず、 歯がゆいですが、 視野が狭くなったときに思い出して、お守りにしたいです。 お優しいお言葉を、有難うございました。
>>32
ああっ それはすごく分かる……!と思いました! 解釈最高に一致!という作品でも、 素敵……浄化された……となるものと、 息苦しくてもう駄目だ……となるものがあります。 解釈一致と性癖一致、という視点をいただいて、考えてみたのですが、 私の場合は、多分「息苦しくなる」方の作品は、解釈やキャラクターの解像度の高さだけではなく、 性癖も一致している、もしくはとても似通っている、のかもと思いました。 たとえばAはBに憧れている、は原作から自分なりに読み取った「解釈」だけど、 AとBが原作で付かず離れずの関係でいる場合、 最終的に憧れているからお近づきになりたい となるのか、 遠くからそっと見ていたい となるのかは個々人の「性癖」?だとして、 私は、Aなら遠くから見守るだろうと想像するし、個人的な好みとしても後者の方が好きです。 そして私が、自作の中で、「いつも遠くから見ていたけど、あるとき手の触れた一瞬が嬉しかった」という内容のものを書いていたとして、 別の誰かが「遠くから見守ること」そのものの情緒やそこにある2人の距離感を素敵にそのキャラらしく書いていたら、 私は、私の書いたものを「間違い」だ、と思ってしまうかも知れません。 遠くからそっと見ていたい、が私のA観、そして性癖……理想として思っていることなのに、 何故触れ合わせてしまったのか とか、 これを読んだ人はお近づきになれて嬉しいタイプのAなんだなと思うかも知れない とか、 思ってしまうのかも……。 壊滅的に例えが下手で申し訳ないです。 そして「性癖」ってそういうことじゃなかったらすみません。 私は遠くから見つめるタイプのAを見ているけど、 触れ合わせてしまったならそこにも意味はある、 それも含めて私の「性癖」なのかも知れないので、 そういうことももっと考えられたら良いのかも、と思いました。 「性癖一致の作品はなんぼあっても良いから描くの辞める理由にならない」、 格好よかったです。 有難うございました。
どんなに正解だと思ってもその方の作品もあくまで二次創作なので 他の人の作品は他の人の作品、自分の作品は自分の作品として割り切って書いてます。 もっと自分も文章が上手くなりたいなとは思いますが、自分も正解だと思う解釈を見たところで 書くことはやめられそうにないですね。自分の頭の中にある推しカプの妄想を形にするのは楽しいので。
>>34
「解釈」と「作品としての出来の良さ」、意識したことがありませんでした……。 解釈違いなところも時にはあるけど、なるほど推しのこういう側面をこの人に語らせるとこうなるんだ、この台詞はこの作品のエピソードなくしては見られないけどとっても推しらしい、ああここでこんなふうにすれ違わせることで、2人のもともとの性質の違いを浮き彫りにしているんだ、みたいに、構成や技巧的な部分を見てしまうこと、あります……。確かに圧倒されているかも知れません。 このお返事を書いていて、改めて、相互さんは技術も解釈もすごい方だな、と思ってしまいました。 何より、推しのことが大好きなんだなと、こういうところに魅力を感じているんだなということが鮮やかに伝わってきて、 全部含めてその想いに、圧倒されているのかも……。 だから盲目的にいいなと思って取り違えているところもあるのかも知れませんし、 そのまま全部に感動して、同時に打ちのめされてもいるのかも知れません。 これもお返事を書いていて気づいたことですが、 私は「こんなに推しを、推しCPを魅力的に描ける作品てすごい!」と思って、もうこれが私にとっての「正解」だよ……と落ち込んでいましたが、 それを魅力的と思うということは、私もそんな推しや推しCPが大好きなんだな、と思いました。 混同しているものはないか、よくよく考えてみれば、気持ちが楽になることもあるのかもと思いました。 有難うございました。
>>35
私には私なりの理想があって、だからこそ他人の中に「正解」と思うものを見てしまうことに敏感なのかも、と ここまでお返事をしてきて思いました。 だから、心が綺麗、と思っていただいたことは心苦しく思います。 けれど、有難うございます。 自分にとっての「正解」を他人の中に見たとき、それを否定することはしませんが、 そこに打ちのめされるというのは、 オリジナリティ という視点から考えると、 何だか私は間に合わなかった、と思うようで、 自分以外にこう思っている人がいないと思っていることのようで、 それって傲慢なことだな、と感じました。 ご経験を教えてくださって有難うございます。 なぜそれを正解と感じたのか その正解は自分の創作にとってどんな意味を持つのか 自分にとってなぜそれが正解となるルーツがあったのか これを突き詰め、一からご自身の手で作り直したコメ主さんは本当にすごいと思います。 尊敬します……。 ルーツ、という視点で、考えてみました。 私には現推しCPについて二次創作をする以前から、何年も惹かれる条件のようなものがあり、 自分の見ている推しの姿とともに、ずっとそこのところを書こうとしていた部分がありました。 他人の中に「正解」を見てしまうことは、自分の創作にとって、 その何年が揺るがされる、そういう意味を持つことだと思います。 なぜ「正解」と感じたのか、 それはだから、私の見ていた推しの姿、何年も書きたかったもの がより高い完成度や解像度で描かれているから あるいは何年も自分では届かなかったことが適切に表現されていると感じたから なのだと思います。 原作を読んで感じていた推しの魅力と、自身の惹かれる条件、それがぴったり重なって溶け合っていました。 「そこまで切り離す努力をしてもやはり、他人に正解が既に用意されているものを書くのは二番煎じで自分にとってつまらない、と言う気持ちが大きかった」 これをお伺いして、その気持ちも分かる、と思ってしまいました……。 それをしても、きっとどこか自分の気持ちに濁りのようなものは残る、だから書きたかったものがもう書けない、 理想の推しや推しCPは私の手では描けなかったのだ、という、 結局はそういうことで、そう思うことが怖いのかも知れません。 正解を見て、よしとする、そしてわが道を行ける、というのは、 とても格好いいことだと思います。 よしと出来た上で、自分の世界を大事に出来る 私もそうなりたいです。 今の私は、きっと「それが出来てない人」なので、打ちのめされてしまうのでしょう。 落ち込むばかりでなく、苦しさを抱えてでも「わが道を行く」方法を模索したいです。 丁寧なコメントを、有難うございました。
>>42
割り切る という考え方、大事だなと思いました。 私はまだまだそれが出来なくて、苦しむのだと思うので、コメ主さんを見習いたいです。 形にするのが楽しい、純粋な創作の喜びで、 他人の作品を前に落ち込んだとき、 見えなくなってしまいがちな気持ちでした。 推しのこんなところが好き! こんな推しCPに惹かれてる!を思うだけでなく、言葉や作品にしようとすると、 純粋な楽しいだけではない葛藤、思考の濁りが出てきてしまい、 本末転倒だなと思うけど、折り合いをつけるのは難しいです。 けれど、まずは楽しいところを思い出すこと、見つめることだなとコメントにふれて思いました。 そういえば理想の推しを書くことに必死で、二次創作をしながら、あまり「楽しい」と言ったことがないことに気がつきました。 楽しい、と口にできるところを、見つめてみようと思います。
トピ主さんの気持ちすごく分かります 私にもこの人は自分か?というほど解釈も性癖もばっちり合う相互がいて、何を書いても二番煎じになるかも…と悩みました ですがどんなに合うな〜と思う人でもよくよく目を凝らすと解釈が違う部分があったりしたので、自分にしか書けないものもあるんだろうなと気持ちを切り替えることができました 性癖がばっちり合ってしまった時は相手の作品で完全に満足してしまったので、割り切って新たな萌えを模索しました。萌えるシチュはなんぼあってもいいとは聞きますが、もうあるから自分は書かないでいいや…と思ってしまうこともあると思います
>>46
共感してくださって有難うございます。 違う部分を見て、自分にしか書けないものもあるんだろうと切り替える そこを見つめることが大事ですよね。 相手の作品で完全に満足してしまう、そういうこともやっぱりあると、 コメントにふれて改めて思いました。 満足するというか、私にとって完璧すぎて、この一点について、私にはもうこれ以上どうすることも出来ない というような……。 自分がそのことについて書いても、言葉をずらしただけの劣化品になってしまう気がして、 自分の頭にもあったことなのに自分の手ではもう書くことが難しい、 あるいはこんなふうに推しのことが好きだけど私には辿り着けなかったんだな、というところにある推しの姿が、眩しいのかも知れません。 足掻きというかもがきというか、それでも自分で書きたいな、という望みが消えないのですが、 自分は書かないでいいや、と思ってしまうこともある と言っていただけて、 その気持ちを持つこと自体は、駄目なこととは思わなくていいのだな、と思いました。 「シチュエーション」という視点で気持ちを切り替えたことがなくて、 ある感情や関係性を表現するとき、その方法は一つではないのかも、と思えました。 もう書けない、という気持ちも認めて、新しく模索する中で何か見えてくるものもあるかも知れない、 そのことを希望にしたいです。
>>10
トピ主さんの丁寧な返信の例えを拝読して… 別の方がトピ主さんが目指す理想の行き着く先を描いていたとしても、そこに至る過程や葛藤も、ものすごく重要で燃える部分だと思いますよ! たとえ結果が似たようなオチになったとしても、どのような『途中』を経てそこに至るかで感じ方も全然変わってくるし、同じアイディアでも見せ方の工夫でそれぞれどちらも楽しめるんじゃないでしょうか。 同じ題材やテーマでも、作り手が変わればそれぞれ違う味わいが楽しめるのが二次創作の醍醐味の一つだなと思ってます。 それに私は好物なら似たようなものでも沢山食べたい方ですので、もしトピ主さんが同じジャンルで同じ嗜好でしたら、臆せずどんどん描いてほしいなと思います。沢山描く事でその人自身の『味』が出てくると思いますし、描けばもっと世界が広まっていくんじゃないでしょうか。 描き手としては「先に描かれて悔しい!」って気持ちはすごくよく分かるし、読み手としたら「もっとこういうの読みたい!」と思うので、トピ主さんが今のモヤモヤした気持ちが解消されて気持ち良く作品が描き上がりますようにお祈りします! …あと、のだめカンタービレでも同じ話がありました。「自分がやろうとした事を更に完璧な形で先にされてしまったら、もうやる気無い」と言ってのだめがやさぐれる場面です。表現者であれば誰であれ、似た経験があるのかも知れませんね。
二次創作に正解なんてないし、 そもそも自分の二次創作に正解を求めないタイプです。 妄想したものやこれ萌える!ってものを自分の手で排出してるだけで、他の人の正解っぽい二次創作を見て、描くのを辞めるくらいならそのジャンルで二次創作しないなって思います。 私も推しカプの解釈一致だし読む度に解像度高けぇ!私より推しカプを理解してる!って思う相互がいますが、それはそれとして、 自分が作りたいという気持ちは消えないので 萌え語りだったり、作品だったり、頭の中を吐き出すつもりでやってます。 理想があって、そうなりたかった気持ちは凄くわかりますし、私もやめたくなることはあるんですが、完璧に近いものを作ろうとするのは諦めてます。 趣味だから、楽しく自由に描いていきたいので。
>>50
ID変わってるかも知れませんが、トピ主です。 二次創作に正解なんてない、本当にそうですね……。 頭ではそう理解しているつもりでも、 自分の理想を見てしまうと、つい ああこれが「正解」だ、と思ってしまいます……。 自分の二次創作に正解を求めない これが私にとっては新しい視点で、そうか……!と思いました。 妄想したものや形に出来たものの中には、自分の見ている推しに届かないものもあって、でも雰囲気は自分好みというか、言いたいことは分かるよ、と思えるところがあります。 「排出」という言葉にふれて思ったのですが、私は水底に潜って石を探して拾っている感じなのかも、と思いました。 この石が推しに似合う と思うものを拾ってきては並べているけど、本当はもっときれいでぴったりな石があると思っている。 相互さんのは、理想のきれいな石なんです。 石同士がきれいに組み合わされて、模様まで出来ている。 それを見てしまったら、潜ったときに、もうそれに似た石しか探せなくなるような感覚かも知れません。 潜っても潜っても、もう私の目でそれを見つけることは出来ない、というような……。 けれど自分の手で排出する、吐き出す、ということに主眼を置くなら、 私は自分の手で拾ってくる石やその並べ方のことは好きかも知れません。 推しのことが好き、推しCPのこんなところに惹かれる、というのを拗らせてしまい、 「解釈一致だし読む度に解像度高けぇ!私より推しカプを理解してる!って思う」作品に打ちのめされてしまいますが、 作れるものが完璧でなくても、「自分が作りたい気持ち」を大事にしても良いのかも知れない、とコメントを拝読していて思いました。 理想があって、そうなりたかった気持ち に共感していただけたこと、救われた気持ちになりました。 自分にとっての完璧にこだわらない、 楽しく、自由に ということを、 苦しくなったときには、意識してみようと思います。 有難うございました。
自分にとっての理想が完璧に表現されてたら本当に苦しいよね 努力するのは当然としても、一生かかっても私には無理なのかもしれないって打ちのめされるから どれだけ人に褒められようが評価されようが自分が“星”じゃないことは分かってる みっともなく這いつくばって、自分の中の朧げな理想を表現しようともがいてるだけの凡人 でもこの苦しさや渇望さえ、葛藤する人間の描写に活かそうとする貪欲な自分は嫌いじゃない 最強のキャラより、己の弱さを克服しようともがくキャラが好きだしね 星にはなれないけど、ずっと星に手を伸ばし続けていたら、きっと指先が触れることもあると思う 気長にがんばろ~