近所にいる野球ファンのオッサンと話が合わなくても、普通にバッティングセンター行ったり中継見ることは問題なくできます。 同人もそれと同じかと。
同人って、一次創作も含まれるのでしょうけど今はどうしても二次のイメージが強いですよね。それにオタク要素が付与されている感じで……。 トピ主さんの場合はどちらかと言えばアマに分類されるのではないかと思いました。プロの作家とアマチュアの作家、という感じです。同人よりもオタク感は少ないと思うのですが、どうでしょうか。それならばアマで作品作ってます、と名乗れるのでは。
二次創作でなら読んでもらえるけどオリジナルは見向きもされない よくある話です ここで「あなたは同人作家を名乗るな!」と見ず知らずの人に言われて、創作をやめられるんですか? イラストレーターでも小説家でも、資格が要らない肩書は自分が名乗りさえすれば誰に何を言われても名乗れるんです。 トラブルがあったのかもしれませんが同人作家にもいろんな人がいるので、偏見を持たず広い視野を持って人を見ればいいのでは?と思いました。 それに交流しなくても作品を発表する場所はネットでもイベントでもたくさんあります。
同人やるのに資格も何も必要ないので、相談文よんでも「どう見ても取り返しのつかない立派なオタクで同人作家だな…」という印象なのですが、同人嫌だし同人作家も嫌なのであれば同人誌なんて作らず、SNSでのみの活動にするなり、漫画賞に応募するなりし、「漫画家志望」「アマチュア漫画家」を名乗るようにしたらいかがでしょうか?
プロになる気も投稿する気も無くて同人誌即売会で活動してるなら同人屋でしょう 他人を受け入れられない私は皆と違う私だけが違う 厨二真っ盛りなんですね。そういう時期も創作に必要だし糧になりますよ多いに自分の世界で悩むと良いです
何故「同人」という名乗りにわざわざ拘っていらっしゃるのかは判りかねますが、あなたが創作活動を行いたいのであれば自由に活動されればよいのではないでしょうか。 他人を害しない限りは、いつ何をどう作ろうが個人の自由です。他の作家さんの思想や活動、作品は何も関係ありません。貴方が作りたいものがあるのなら作ればよいし、何も作りたくなくなった、或いは作る能力が自分にないと判断したのなら、いつでもすっぱり創作活動を諦めていいです。 ただしこれだけは明確に断言しておきたいのですが、貴方が創作するのは貴方の自由であるように、あなたの作品を鑑賞するかどうかは鑑賞する側の自由です。 貴方の作品が評価されなかったとしても、評価以前に人の目につかなかったとしても、鑑賞者側に責任はありません。 何か妨害でもされない限り、周りの作家の方々にも責任は無論ありません。 誰かに強要されてやっている訳ではない以上、もし貴方の創作活動や作品をこの先誰にも評価してもらえなかったとして、基本的に自身以外の誰も責めることはできません。 「他人を受け入れられない」「無関係の一般の人に評価されたい」という貴方の考え方を見て、その姿勢は貴方以外の人間には全く適用されないし、そもそも適用されるべきですらない、ということをお伝えしておくべきだと思ったので、この点は強調しておきます。
同人誌(どうじんし)は、”同人(同好の士)が資金を出して作成する、同人雑誌の略語。”らしいですね。個人サークルって言葉も20年前にはすでに見た覚えがあるので、ひとりでつくっても同人誌です。同好の士、つまり「同じものが好きな人」なのでべつにオタクである必要もないと思います。単にオタク気質なひとが多いだけで。 勝手な想像ですが、トピ主さんは身近なオタク人との価値観が合わないけどオタクじゃないかっていうとそういうわけでもないし、というようなモヤっと感があるのかなあと思いました。オタクって言葉もすごく幅が広い言葉ですよね…。友達の弟は鉄の組成について熱く語ってくれる系の鉄(Fe)オタでした。 トピ主さんは一次創作をされるということなので、もし二次創作だけをされている人が多いコミュニティに所属されているのであれば、根底にある価値観がなにか違っている可能性はあるのかなと思いました。あとは仕事にしたいのか趣味としてやりたいのかでもだいぶ価値観の違いがあると思います。すでに実行されているかもしれませんが、所属するコミュニティやプラットフォームを変えてみるのも良いのかもなと思いました。 もっとも、創作するのにかならずしも他人を受け入れる必要もないですし、必ずコミュニティに所属しないといけないというものでもないです。好きなものを趣味として作って同人誌を発行するということなので、十分同人作家と名乗って良いと思います。(一般の人に広く見てもらえるようになるためには別の戦略が必要だとおもいますが)
結局「作るけど見てくれる人がいない」のがトピ主さんに取って一番の悩みなんだと思います。 「見てくれなくてもコツコツ続ける」か、 「見てくれる要素を取り入れる」か、 「見てくれる場所や人を探す」か、 そのどれかだと思います。 「見てくれなくてもコツコツ続ける」のは、趣味だと割り切って続けるのが一番です。 見てくれなくても良い。「作るのが楽しいんだ」と。 プラモデルやジオラマを作る人達とちょっと似ていますかね。 じっくり、何ヶ月もかけて自分の中の「完成」を目指す。 今でこそSNSやプラモ展示会がありますが、それまでは誰に見られるでもなく、ただただ己との戦いでもあったわけです。 そういう境地に至るのも救いの道です。 「見てくれる要素を取り入れる」は、時代や流行をしっかりと捉えることです。 タトゥーなどの「トライバル」を描く作家が、オタク向けに二次創作で萌えキャラのトライバルを描いたらめっちゃ受けた例を知っています。 本来、タトゥーを入れるような層と萌キャラが好きな層は水と油です。 今どきタトゥーを入れようなんて日本人は稀有ですし海外ほど需要もありません。 しかし、その作家がトライバルというアートに他の要素も取り入れたことで注目もされました。 カルボナーラに焼き餃子は微妙な組み合わせかも知れません。 しかし、スープパスタにシュウマイだったら意外とイケるかも? そういう「今までになかった組み合わせ」もまた作家として探る道の1つです。 「見てくれる場所や人を探す」 例えば、いま浮世絵を描いたとしてそれが受けるのはどこでしょうか? 同人誌即売会?外国人向けのお土産店?駅前の路上販売?街中の個展? 需要と供給なんて言葉がありますが、海で塩なんか売っても売れないわけです。 塩が取れない砂漠地帯や山岳地帯だからこそ需要があったりもするわけで。 そういったマーケティングを考えることも作家としては「鼻が利く」かどうかの分かれ道です。