感動で毎回泣くくらい好きだったものを虚飾扱いされたショックが未だに癒えてないんじゃないの 異常思考の元は仲間意識と同族嫌悪っていうか…死ネタ描いてる人は私もあなたも等しく卑しい人間なんだ!って思い込み拗らせてるように見える トピ主はまだ死ネタに萌えたいのに自分で制限をかけてることに強いストレスを感じてるんじゃないか? まあ時間が解決してくれると思う
死にネタに萌えてたっていいじゃないですか。私は萌えてます。死にネタが舞台装置だと言っている向きはまあわかるんですが、それがどうした?死にネタはいいだろ、と回帰します。苦手な人いるのわかります、苦手な死にネタだってあります。でも得意な死にネタもあるので、得意な方で楽しんでいきたいです。死は一般的なものなのでいろんな意見あると思うんですが、とりあえず私は固有キャラに抱いている死にネタの世界観ごと大事にしてます。温めている卵みたいなものです。好きですね
>死ネタというものはただキャラの死に悲しみ、その恋人が回想して感動するだけの舞台装置 これはその通りなんだけど、身も蓋もない言い方すればなんでも舞台装置だよ 死ネタが「手頃な生死操作で感動させるような作品」だったら、セッしないと出られない部屋は「手頃なご都合主義空間で昂奮させるような作品」だよ その他も然り 死ネタをミュートワードにしてシャットアウトしてみたら、そのうちまた読みたくなるかもよ
上でも出てるけど、 >死ネタというものはただキャラの死に悲しみ、その恋人が回想して感動するだけの舞台装置 死ネタが舞台装置なら他のパロもバース系も舞台装置の他ないですよね。 パロと同じようなものと思えば苦手意識も多少薄れるのかな?と思います。
いわゆる高二病なんじゃない。中二病を見下して自分は特別だとアピールするやつ。名前がつくくらいありふれてる現象だから、不安にならなくていいと思う。 死ネタが好きだった時の自分が恥ずかしくなったのなら、今死ネタを敵視してる自分もいつか恥ずしくなると思う。なるべく極端なことをしないようにして時間が経つのを待てば時期に収まるんじゃないかな。すくなくとも落ち着いた先人は沢山いるから、高二病でぐぐって色々読んでみたらいいと思う。
死ネタ好きで自分でも書いてたけど無理になったクチだよ~ それも時の変遷だと思って今はジャンル移動してラブラブの二人を想像して元気に過ごしてるかな ぶっちゃけその時の作品消したいんだけど見てる人がいて消せない
死ネタが舞台装置ならフィクションの物語なんて全て舞台装置だよ 創作者になればわかる ここで仲良くさせて読者の気分を上げて、次にこのトラブルを起こして泣かせにかかるとか、そんなことばっかり考えながら書いてるよ
死ネタ嫌いな理由を言語化してくれてありがとう 原作キャラをころす同人者はヘイト創作者で忌むべき存在 幸せにするならまだしも、ご都合の御涙頂戴のためにキャラをころすな
うちにもいた ミュートして数年経ってたから忘れてた…。とりあえず視界に入れなければ大丈夫だよ!
人間は常に変化するものだから、好きだったものがだんだん嫌いになったり興味がなくなるのは変なことじゃないし、失望することでもないと思う。その代わりに、自分の中で静かに育まれた価値観みたいなものもあるだろうし。人が年齢を重ねるってきっとそういうことだと思う。 ただ気になるのは、 >大学生のあるときに死ネタは死というセンセーショナルなものを用いているから感動するに決まってる。という意見を目にしてしまい ここかな。ふと目にした他人の意見をきっかけに、気づきが生まれて考え方が変わる、っていうのは私もある。あっていいと思う。 でもそれまでトピ主さんがさんざん愛してきた、死ネタっていう危険なものを扱って創作する人たちを蔑むのはどうかと思う。その人はその人たちなりに試行錯誤して創作してきたはずだよ。それを手のひら返しして汚していい権利はない。今はもう嫌いだな〜、で完結させて近づかなければ済む話。 要は他人の意見に飲み込まれすぎてるのが危ないと思う。トピ主さん自身の危機感もそこに由来するんじゃないかな? 今の自分が好きなもの、嫌いなものについて、なんでそう思うのかを分析してみたらどうかな。他人どうこうではなく、自分の気持ちと向き合う。そうすれば表面的な感情の起伏に戸惑うことも減るはずだよ。 ちなみに私の推しも作品の性質上絶対に死ぬことはないんだけど、公式で深く傷ついてしまうエピソードがあるし、命をかけて戦うようなタイプのキャラだから二次創作でも美しい雰囲気の死ネタが結構多い。推しがひどい目に遭うの嫌だから私はそういうのかかないけど、作る人たちにとってはキャラ愛の一つの示し方なのかなとは思ってるよ。 苦手なものを極端に排除したがるのは心に余裕がないから、という考え方もできる。トピ主さんもこれをきっかけに視野が広がるといいね。
嫌いということをここまで様々な言葉を使って言語化しているのの三島⚫︎紀夫みたいで面白い
コメントありがとうございます。 補足なのですが、原作の世界観が生死関連が多々出るもの(進撃やjuなど)には嫌悪は感じません。 そのような原作を読んでいたら二次創作に死の概念がでてくるのがまだ理解できるからです。 自分が上げているのは少年スポーツ漫画や男子高校生がただただ生活している世界観のモノについてです。 その原作からいきなり若年証アルツハイマーになったり、いきなり事故死するタイプの二次創作を指しております。 コメントにその世界観なら自分も読めるよというものがあったので追記します。 パロはなんでもそうだよというのはまさにその通りなのです。私の思想が偏っていると自覚しています。 やはり完全シャットアウトを目指そうと思います。
自分は死亡キャラがいない、登場人物が死ぬ要素も特にない系の原作では、死ネタは書かないし読まないタイプの二次創作者です ただそれも、あくまで必要性に対して説得力があまりないから好んで読まないだけで、別に死ネタや書いている創作者に悪感情を持つわけでもないので、感情的にはフラットな見方をしているほうだと思います その上で、自分がこれまで色んなジャンルで見てきた二次創作者さんの話をトピ主さんに知ってもらいたいなと思ってコメントしました 下記はあくまで個人の主観による一意見ですが 死ネタを作る人みんなが、安易に、感動できるから、それを使っているとも限らないんじゃないかな、と自分は認識しています もちろん、中にはそういう人もいるどころか、割合的にはそういった形で死ネタを扱う人のほうが多いかもしれないです ただ、自分が見てきた何人かの人たちは、「その原作の二次創作であることに縋るような意図をもって」、「その時の自分の感情の発露や分析として」、死ネタを作っていました 創作って二次に限らず、感情の捌け口だったりすることもあって たとえばリアルで大切な存在を亡くしたばかりの人が自分の感情や気持ちを吐露、整理をするために、好きなジャンルやキャラで気を紛らわしたり無意識に心を慰めながら作った作品だった、という例もあると思います その場合、「そんなの自己満の極みだからチラ裏でいい、ネットにあげるなローカルでやれ」って意見も自分は一理あると感じますが、「二次創作としてネットにあげて人目に触れさせることで昇華できる何らかの気持ちがある」と言われれば、そちらの意見にも納得します 死生観と近しくない世界観を持つ原作で、死ネタを作る人たちの気持ちは、異なる考えかたの自分たちには本当の意味では理解できません 単に好みの問題な場合もあるし、死ネタを作っている人にもその人なりの理由や事情、感情があるかもしれない トピ主さんには、死ネタ自体やそれを作る人を見ない自衛の権利があります だからその権利をいつでも行使していいと自分は思うし、同時に好みでない作品を作る相手の存在を嫌悪する心も時間ももったいないのでは?とも感じます 上に書いた、死ネタを作る人にはこういうパターンもある、という例が、少しでもトピ主さんの溜飲を下げたり、死ネタ創作者への無関心を助長できたらいいんですが… 長文な上、うまく伝わらなかったらごめんなさい