SNSがない頃に活発に同人活動していました。 当時、二次創作を発表する場はこんな感じでした ・同人誌を出す(自家通販、オフイベで頒布など) ・オタク仲間と自作を見せ合って楽しむ ・ファンアートを雑誌に投稿したりアニメショップの雑記帳に描く 当時は特別上手くなくても本出せば多少は売れたし、身内で本を交換したり見せ合ってワイワイするだけでも楽しかったです。 地雷という言葉もなかったしみんなノビノビと好きな表現をしていた記憶が濃いです。 SNS時代になってからは数字で優劣を決められる感じがして昔のように純粋に二次創作を楽しめなくなってきました。 スマホの普及で創作人口も昔よりかなり増えたせいか、二次創作にも商業なみのクオリティや万人ウケが求められるようになった気もします。 自分がhtrだからそう感じるだけかもしれませんがSNSのない時代を生きた古いオタクには生きづらい時代です。
個人サイト、匿名掲示板、動画サイト、SNSと時代がくだるにつれて、人間関係はどんどん難しくなり、承認欲求は暴走するようになった印象です。 昔はそもそも承認欲求という言葉もなく、あったとしても性質が全然違うものだったように思います。 例えば絵が上手になりたい、認められたい、褒められたい、という欲求が激しく燃え盛っていたとしても、その時に「認めてもらいたい、褒めてもらいたい」と感じる相手というのは 生活圏に実在するクラスメイトたちであったり あるいは逆にぼんやりと遠くできらきらしているような「世間」とか「プロの世界」とか そういう手の届かない未来にあるものでした。 その中間地点に雑誌の編集部のコメントとかがある感じかな。 今で言う「承認欲求」ってそういうものではないですよね。 24時間はりついて離れないような、もっと刹那的なものな気がします。 時代は変わるものだし昔の方が良かったとも思わないけど(今思えば牧歌的だったとは思います) 現在の方がずっとメンタルを病みやすい環境ではあると思います。
中学生のころネットが出てきた時代の人間です 小学生の頃から漫画を描いていたガチ勢の友達はドラクエ4コマ漫画の作家に対抗心を燃やして漫画を投稿してたなー 漫画が載っていたガンガン(だっけ?)は割とカジュアルに漫画投稿を募集してて素人の漫画も結構掲載されていた気がします 若かったから投稿者の年齢を見て自分より若いとぐぬぬとしたりw あとオタク投稿雑誌に文通相手募集コーナーがありましてそこで同じ趣味の者同士イラスト送りあって交流してました 当時小学生だったから痛くて非常識な内容とか一杯書いてたと思うんだけどこれがSNSだったらウザいクソリプとしてここに書き込まれてたかも…
>>4
もう一個思い出した、ジャンルのファン同士で会報誌作ったりしてた 会員の投稿イラストを主催が編集して本っぽくして発送してくれるの(会費は切手で回収)
アニメショップの片隅にある交換ノート、他の方のコメ見て思い出しました。懐かしい〜 そのノートに推しの絵を直接描き込んだり既に描いてある紙を貼り付けたりして、通りすがりの人に見てもらうんです。コピック使ってエ◯ァのレイとか描いてました笑 あとは紙のレターセットで文通。私はポストに投函するのではなく、学校の他のクラスの子に渡す形でした。だからグラデーション便箋とかはその当時に需要が高かったんですよね 楽しかったなぁ。SNSとは反応が返ってくる確率や速さが断然少ないし遅いので、ネガティブになりにくかったかもしれませんね。ただし世の中は今よりもオタクへの偏見が強くて、漫画アニメゲームに入れ込む大人は暗くて変な奴、みたいな空気は強かったです
ペーパー作って本屋やアニメショップのコーナーに置かせてもらって、定期的に様子見に行ってどれだけ減ったか確認して悦に浸ってたなあ。 他の人のペーパーももらって帰ってファイリングしてた。 ペーパーに住所載せてたから手紙もらったりして。ペンネーム書いてるのに郵便届かなくなるし、親に見られたくないから結局本名も書いてたりして、今考えれば危ないことだけど。よく無事でいられたなあ。 6さんのグラデーション便箋も懐かしいな。よく、1枚はフツーに手紙を書いて、もう1枚相手の返信用じゃなくて、おすそ分けで未記入の便箋入れて交換もしてたなあ。
アニメショップの掲示板にペーパーやイラストを描いて展示するほかに「こういうことよくないと思う」的な思わせぶりな張り紙の投書を書いて張る人が一杯いた。それで、その掲示板の力関係かなんかよく分からない濃い世界だったのは覚えている。当然違反する人も出たり、その人を批難したりで毎日楽しそうでしたね。 雑誌に同人作家の住所氏名が乗っている時代のことです。「合宿所」案件もあったと思うけれど、皆そんなこと知りようがない時代でした。
アニメショップやゲーセンのコミュニティ・ノートあった! 自分はROMでお気に入りの人が描かれてたら感想を1、2行で書いて(もち無名で)なんてことしてた。 あと代々木駅だったかな? ホームに模造紙が貼ってありそこがお絵描き掲示板になっていた時期も大分昔だけどあった記憶。 あとは雑誌の投稿も多かったと思う。今40、50代くらいのプロの人で投稿してた人結構いたと思う。
>>8
雑誌で同人誌頒布や趣味が合う人と文通相手募集ありましたね! 当時の同人誌も奥付けに住所氏名書くのが普通で、即売会で買えなかった既刊があるか問い合わせとか。あれば定額小為替を使って分けてもらったりと、牧歌的な20世紀オタクライフを思い出しました。
当時の承認欲求はサイトのカウンター(訪問者数)じゃないかな?閲覧数と一緒だし。 「訪問者数◯◯人突破!キリ番ありがとうございます!」って日記とかで言ってたのが 現代の「◯◯いいね(RP)ありがとうございます」と同じ感覚だと思ってる。 リロードで無限に回せるカウンター使ったりして「あのhtr管理人バカウンター使ってる」って言われたりね あと匿名箱みたいなので「web拍手」というのがあって メッセージや感想を多く貰える=作家のステータスみたいな感じはあった それも全部自作自演できるからそういう所は今より酷かったかも 当時は同人でも「ジャンル内で有名なサイトの管理人=神」だった ただコミケの壁サーはサイトも告知運営でオフ中心が多かったから 昔は同人誌買う層とオン専ははっきり分かれてて被らなかった。 昔の有名サイトの管理人とか今どーしてんだろうね
8ですが、win95が出る以前の話です
なつかしい。 ひたすらルーズリーフにキャラを描いてクラスの友人達と絵の交換していた。 オタク系の友人よりオタクではない友人らのほうが褒めてくれた。そこで承認欲求満たされてたわ オタク系の子はお姉さんとかがオタクで、 その影響でか絵が出来上がってる感じで上手かった。いっぱい描いてもらった
個人サイトやってた頃は、サイトのアクセス数を見たり掲示板に書き込みがないか見に行ったりしてたな。参加してるランキングの順位もよく見てた気がする。その頃からもう数字に囚われてたと思うけど今ほどではない気がするな、SNSは反応がリアルタイムなのとアクションが分かりやすいけど、個人サイトはそのあたり少し分かりづらいし。 サイト以外だと好きな雑誌にひたすらイラストを投稿して、掲載されたらやった!てなってた。
思い返してみたら今みたいな承認欲求がなかった。存在してなかった。 個人サイトのカウンターもWeb拍手も気にはしてたけど、見て欲しいなーと思うだけで他の人と比べる気持ちがなかったと思う。 他サイトで拍手返信がいっぱいあるとすごいないいなと思ってはいたんだけどね。今自分がSNSで感じてる承認欲求とは感覚が別物だわ。不思議。
自分は個人サイト全盛の頃に同人活動を始めたのですが誰かと比較するのではなく「自分がこんなことをしてもらえた」が承認欲求だったと思います WEB拍手とかリンクを貼られるとかです 誰かと比較して何かを思うことはなく「嬉しい」「残念」はあっても「悔しい」「嫉妬」は感じなかったです だから作品ももっと気軽に自分の好きなものを書いて更新してましたね 今はちょっと病的だと思います Twitterをやってみましたが「これは私がやりたいことではない」という結論に至ったのでやめました
まだ個人サイトが主流だった00年代に二次創作を始めた者です。 たしかにSNSよりはマイペースというかゆったりしていたけど、人気のある創作者はブログでの拍手返信が無い日は無く、新作を上げた直後はすごいことになっていましたね。 そこまでうまくなくてもまめに感想を書いてまわるようにしているとお返しのコメントが来る=賑わっているように見える、今で言う互助会もあったなと思います。 あとしっかりしたジャンルサーチがあったのですが、何かしら書き加えると新着に載って訪問者が増えるので、新作を書くたびにそうしているサイトもありました。 今で言う朝上げ昼上げ…みたいなものですね。 リンクをはずして相互ではなくなり気まずくなるようなこともあって、自分の周りに関しては今に通じるものがあるなと思ってます。 ネットの無い時代も少し知ってますが、雑誌投稿の常連さんいたなーとなつかしいです。 地方の個人主催の即売会も元気でしたね。同人誌の表紙は今のような商業と見紛うものではなくモノクロばかりだった。
承認欲求、あってもサイトのカウンターが周る、イベントでの配置、列が出来る本が売れる位はあったと思うけど いうても何ヶ月に一回だけのイベントだし今みたいに毎日スマホに齧り付いてないからいい距離が保てたんだよね サイトも1日に1回ネサフする位だし 自分の原稿に集中出来たし自分の世界で創作出来てたなと思う 昔は上手い人はプロになったら二次創作からは卒業する人が大半で アマだけで本当に趣味って感じで楽しく活動出来てたなぁって感じる
十数年前に個人サイトをやってました。15さんや16さんと同じ感じで、他人と比べるのはweb拍手くらいだったかなあ。他人のカウンターはいちいち見てなかったです 最後らへんにtwitterが流行り出して、支部やtwitterで数字が可視化されるようになって、一気にしんどくなってやめたのを覚えています しばらく離れていたのにまた戻ってきてしまいましたが、やっぱり数字が可視化される環境は難しいなと思います 個人サイト以前は知らないので、その頃の話も興味深いですね
>>19
個人サイトがそれぞれの家を好きに飾って楽しみつつ他人の家にもお邪魔する感じなら、snsは公共の広場でそれぞれが大道芸をやってる感じで、人だかりの差が嫌でも見えてしまう…みたいな感じです 個人的には個人サイトの頃の方が人の目を気にせずのびのび創作してました
いいトピだね 5ch 感こな で検索して書き込み見てみると面白いよ 2ch時代のログは残ってないから十数年前までしか遡れないけど今と大して変わらないんだなってわかる 最近活動始めた人やSNS疲れの人が見たら安心するんじゃないかな
まず00年代以前はオタクにとって暗黒期となります。 「漫画やアニメやゲームが好きであること、絵を描くこと、小説を書くこと、コスをすること」といったオタク活動は隠れてするものでした。もしバレたら「へー〇〇ちゃんてオタクなんだ(ニヤニヤ)」という被差別階級落ち宣告を受けます。社会的に死にます。人権を失います。 あと善意の方向に「卒業しないとね」と一切合切を全部バーニングされたり、集団で説得して趣味を否定できるように性格矯正をします。これらは普通の感覚では善行に分類されます。 といった今とは価値観が180度違って、誰もが同じモノにハマって、同じ芸能人を好きになって、個性的な趣味や趣向は変だと排斥される同調圧力の強い時代なので、承認欲求より先に「同士」を求める気持ちが大きかったのです。 社会に許されない存在という負い目を、オタク達は同じ趣味の人間を見つけることで緩和したい。そんな感情のほうが強かったのです。 承認欲求以前の生存権を求める時代でした。 それでも解釈違いカプへの攻撃性とか、神に執着するとか、各地購買会で神を語るものが現れるとか、トレパクで本やグッズを出すみたいな、今と変わらない問題行動はあります。 承認欲求がなかったといえば、おそらく似たものはあるのです。 ただし数字として分かりにくかったのと、まだ言葉を知らなかったために別の感情として捉えていたでしょう。そして今と同様にオタク達は癒えない孤独感を解消できずにいました。その感情は現代のSNSで病むオタクと同じようなものじゃないかなと思います。
基本オタク友達3人で集まって絵や漫画を描いて見せあいっこしてた イラスト集とかコピ本作って身内同士でやり取りして満足してたな 上手い子は雑誌投稿もしてた 上にもあるけど◯◯が好きな人を募集かけて会報とか作っていたりもした なにはともあれ世界が狭かった 自分が中学生だったのもあるけど数人〜サークルとかに入っても多くて20人くらいの付き合い 上手い人に嫉妬することはあったけど作品見れないまではなく、楽しくやってたな イベントも地元の公民館でひっそりやってる感じだったよ 上手い人はごくわずか、あとは手作り感満載のどんぐりの背比べで承認欲求とかガツガツした雰囲気もなかったと思う
個人サイトどころかペーパーぱんぱんに詰まった茶封筒が行き交ってた時代のオタクだけど、承認欲求は言葉はなくてもあった 雑誌のまんがスクールに投稿して、年齢が近い人たちをライバル視して、その人よりいい賞もらうとめちゃくちゃ嬉しかったし、成績悪ければ落ち込んだりしてたし 同人サークルに入って、毎月出る会報の表紙を任されてウキウキしたり、他の人のイラストが褒められてるのを見ると嫉妬したりしてた 文通で交流もして、実際会って一緒に遊んだりもしてた ツールは時代で変わるけど、やってることは変わってないと思う
当時はオタクに対する偏見が酷く、創作バレで社会的に死ぬ時代だったので、承認欲求を満たしたい人はむしろ足を踏み入れない趣味でした(オタバレした途端無視・絶縁してくる友人、説教して更生させようとしてくる友人なんかがいました) なので、承認欲求やお金の為じゃなく、キャラや創作愛が強い人達が母数の少ない世界で細々と楽しむ…というのが圧倒的に多かった印象です 同担は貴重な存在だったので、同じ土俵で数字を競い合うライバルではなく、貴重な協力者(?)みたいな認識で、たとえ解釈違いでも歓迎してました 数字があまり存在しない時代なので、承認欲求や嫉妬に苦しむというよりは、肩身の狭さや好きなものを好きと言えないことが辛かったなー 創作は友達とイラストを交換して感想を言い合ったり、数人のオタク仲間と創作ノートのリレーやったり、コ〇ックボッ〇スJrで同担や推しの同人グッズ探したりしてました 今の時代には今の時代の良さがあるけど、htrでものびのび創作出来てた昔にも違う意味での自由はあったなーと思います 両方の時代を経験出来て良かったです
>>24
個人サイトやってた人が承認欲求そんなになかったって言ってるの不思議だったんだけど、個人でやってて他の人と同じ土俵に立ってなかったからかもと思った 同じ土俵に立たされると承認欲求が出てくるのかもしれない
ケータイもまだの時代だけど私が絵が上手いことは地域や学校内に広まってて描いてと頼まれて常に順番待ちができてたし別学年の知らない子からファンレターもらったりもしてた。承認欲求に脳を焼かれる10代だったよ。 自分が日本一上手いかもしれないとか思ってた… もし当日SNSがあったら自分より上が腐るほどいることを可視化されてとてもあんな風に天狗にはなれなかっただろうし、情報がない故の承認欲求の毒のほうがタチ悪かったりするよ
沢山の良情報嬉しい!ありがとうございます!! すごく参考になります 仕事終わりに改めてご返信しますが、取り急ぎお礼させてください まだまだ書き込みお待ちしてます!
現在30代後半。ホムペやブログで二次創作してた。 そもそも『承認欲求』なんて概念自体無かったかも… ホムペを登録するジャンル別の総合サーチがあって、そこから同志を見付けて仲良くなってた。 そのサーチでもランキングがあってアクセス数とかは見れたな。自分は上位に入ってたんだけど「わーい」程度のノリで誰かと競ってるみたいな感じはなかった。 あと地元で毎週600〜800円とかのスペース代で参加出来る同人誌即売会があって同級生の友達と出まくってた。 サークルもお客もすげぇ来てたからコピー本でもめちゃ売れた。 あと同人便箋めちゃ売れた。懐かしい。楽しかったな〜 でも普通に今のオタクも楽しいよ。たぶん基本が承認欲求とか少ないから気楽に楽しめてるのかも。
>>16
これわかる ずっと個人サイトメインでやってると今でもこれに近い感じ
ネットを使わない時代も経験したけど、有明のコミケは知らないくらいの世代です。 当時はFindOutという投稿雑誌を毎月の楽しみにしていました。 承認欲求はあるにはあるんですが、見られたり評価されるようなものが"数"として可視化されづらかったので 暴走するとかはなかったような気がします。 ただ、掲載される大きさとか掲載された作品のうまさで打ちのめされることはあったので、いいなあ~と思いながら自分も頑張ろう!となりましたね… 今あるSNSのように、直接比較される部分は自分はわかったとしても他人から見えづらい状況だったとは思うので、他人の目をそこまで気にしなかったような気もします。 連絡を取り合うのも基本郵送なのでお金も時間もかかるのでやきもきしたときもありましたが、文通などで手紙が返ってきたときは本当に嬉しくて浮かれながら封を解いたのは今でも忘れていません。
懐かしい! アニメショップのペーパーも便箋も作ってた! 私が入った当初は文通がメインで、アニメ雑誌に、同担を募集して文通してたんですよね お返事まだかなまだかなって、ずっと郵便受けと睨めっこしてました 途中からネットが出だして、同盟サーチで検索してました 昔は潜る(オタクのネット界隈に入る)のがすごく大変で 知っている人しか入れなかったんだよなー あとは同盟バナーで数珠繋ぎ 直リンクがダメだとか、その当時特有のマナーもありました みんな個人サイトでやってましたね あの時は個人サイトごとの作りが上手い下手があって、すごく作り込みが大変だった その分創作まで行く人の母数が少なかったんじゃないかな 今はガワを考えなくていいし印刷も気軽にできるようになったから本がたくさんあって、取捨選択が激しくなりましたね でもいつの時代も推しを愛でたい 推しを語りたいって欲求は変わらなくて でも、それがみんな同じプラットフォームで数字として目に入るようになってしまったことが、やはり少し辛いなぁ 自分のためにやってることに時代は関係ないんだけども…
中学で家にPC、高校でガラケーを手にしてネット同人漁ってた自分はアラフォーなので、ネット無い時代にバリバリ活動してたとなるともう五十・六十代??? 定額小為替通販は何度もした事あるけどね(通販のやり方はコミックBOXJrで学んだ)
>>33
相互に萩尾先生世代の人が居てたまに昔話語ってくれるけど、大学でサークル活動して大人数で会誌出してたから今の個人で黙々と活動するスタイルがちょっと寂しいとか、即売会で花束持ってくる人が居たとかいう話を聞いてるとそれも楽しそうだなと思った 承認欲求というか大手への嫉妬とかは普通にあったんだろうけど、もっと仲間内だけで蜜に楽しく且つのびのび活動してたんだろうなと
萩尾先生時代?!すごいねアオイホノオみたいだ
インターネットどころか携帯電話も生まれる前の話 発行部数(SNSみたいに数十万人には見てもらえなくても数千人がお金払って買ってくれる。) イベントでの動員 見た目の売り上げ(搬入の段ボール積み上がってた。) 誰とつながってるか。(今よりPNとサークル名が重要視されて全国に知れ渡ってた。) 現代よりかなり高価な差し入れが大量。 イイネはないけど毎日郵便でファンレターが届く。 見た目がアナログなだけで大してかわらない印象。 手紙と家電話をオタクは駆使していた。
オタクは犯罪者予備軍等とにかく公的に良いイメージはなかったため少数派でした。 その少ない中で少しでも語れる友人を学校などで見つけられたら運が良かったため、地雷云々言っている場合ではなかったです。今は選べるほどオタク趣味に人がいる分、別の大変さがあるのかと。 万が一同じカプにはまっても好きになるポイントは違いますし、違うこと前提の語り口とそこそこの礼儀、面白がって話をして聞けたらOKでした。まずオタク趣味の話をできる場所がほぼありません。ネットがありませんので、直接会うか電話です。雑誌に文通コーナーはありましたが、あれもする人はする、という感じでした。 知っているジャンルでも知らないジャンルでも友人の描いているもの見るのは楽しかったですし、自分も友人からコメントがもらえたら十分でした。今もです。 上手い一部の人では雑誌が発表の場でした。投稿しない身には雲上人の感がありました。 イベントの存在も秘されており、オタクとして見込みのあると思われた先輩や同輩に声を掛けられ連れられて行き初めてその存在を知りました。全体的にオタク趣味の一見さんお断り度合いは高めです。迫害される趣味でしたので公には隠しますしコソコソと隠れます。 後から知った事ですが既に同人誌で稼げる時代にはなっていたようなので、東京などでは凌ぎ合いもあったかもしれませんが地方都市でしたので牧歌的でした。 しかし教室で見せるか雑誌に投稿するか同人誌しか基本的に発表の場はないため、地方イベントでも委託で大手の同人誌が買えました。これほど東京一強でもなく地方のイベントが廃れてなかったです。 上手い極少数のトップはプロになり、あとは有象無象でそれでも楽しかったです。技術の差はすごかったです。今は人が増えた分もあるのか、中間層が厚いように思います。 サイト時代もコンテンツ目的で作品と日記は項目が分かれていました。作品は好きでも合わない作者の日記を読む必要はありません。交流したい人は交流するページが別にありました。 初期はそれぞれ自分で凝って作るしかなかったため、他人の家にお邪魔する感じは今より強かったです。 日記の合間に作品が流れてくるような交流前提の今のSNSほど困惑はしませんでした。 現在も知らない人に貰ういいねはうれしくありません。要らない表記があるのは不快です。表示できないようにするツールかサイトを使用しています。 原作であれ一次であれ二次であれ作品について語るのは好きですが、作っている人間語りには今も昔も興味がありません。
>>33
35 書き方悪くてごめんなさい、相互さんは萩尾先生と同世代、じゃなくて萩尾作品を読んでた世代の意味でした…!! 相互は憶測だけど50代のアラ還なのかなと
アラフィフですが、コミケがまだ幕張だった頃もNEC98でパソコン通信があったけど男性が多く女性はそんなに使ってなかった。 即売会もコミケ以外でもこじんまりした所に高校の漫研で会誌を頒布してたり、友人とサークル作って出したり。 当時複数人で集まって本を出すのが主流だから、一人で主宰するのが珍しく、だから「個人サークル」と言ってたと思う。 当時高校くらいなので本もモノクロ表紙のマーメイドで作るのがやっとだったなー。コピ本もよく作ってました。キャラ便箋とか作って頒布したりされたり。ラミネートでアクスタのようなもの作ったり。 ともかくオタクの数が少なく、下手でも同じ推しの事を語りたいというのが先だったから目についたらお互い手にしてた感じ。 壁や誕席サークルだと承認欲求というかいざこざもあったというのは聞くけど、ピコ手クラスだとそもそも比べるのもなかった感じかな。人間性が合う/合わないでのトラブルはありましたけど。 コミケも女性系大手は本当すごくて(えみ◯りさんとか高◯ゆ◯さんとか)。フルカラー、蛍光ピンクの華やかな同人誌はそういった女性サークルの大手さんが先導して流れを作ってましたね。
個人サイトやってました。 ほんとに自分の性癖でしかない長編ものを色んなジャンルで連載してきましたが、活動を支部とXに移して(Xは投稿のお知らせと進捗、今は殆してませんが交流のために運用)からしんどいと思うことばかりになりました。 一時期はこのままじゃ見てもらえない→ブクマ数も増えないと思って、連載自体やめてしまおうかと思ったこともあるくらいです。 界隈で好まれる話の傾向が分かるにつれて、自分の書きたいものとの乖離が大きくなりました。これまでサイトに閉じこもっていられたのがどれだけ幸せなことだったか分かりました。 何度も帰りたいと思いましたが今では色々乗り越えて、とても楽しくやれてます。
地元の産業会館みたいなとこでコミケがあると、お金貯めて本を出してました 街で3軒の同人誌印刷所へ友だちと行っては椅子に座って紙を選び、画材屋でトーンの棚に貼りつき… 尾崎○や高○ゆんさんの委託が来ていると大騒ぎ。自分たちが同列にいると考えもしない天上人でした 知らないサークルから寄稿の依頼が来れば、気軽に数枚描いて生原稿を茶封筒で送り合いました 相手も学生さんで本がとん挫したのか、連絡が途絶え消えた原稿がいくつかありますがやられたー!くらいでいい思い出です 大人になって、自分は感想がくるべき描き手だ、称賛されるべきだと思ってる人の多さに驚きました 全員素人、たまに凄い人もいるよね、くらいの気軽さでずっとやっています
20年前。一対一の関係が多かったので楽だった。相手に誠実に対応すれば誠実に返ってきたし、ジャンル違いでも、漫画描いてるってだけで友達になれた。 好き作家からも普通に感想の返事来てた(通販の時に同人便箋で手紙入れてた) スピードも遅い。寄稿した本が数ヶ月後に発行遅れます連絡、さらに一年待ってやっと出ますアナウンス。そうなんだー、大変だねくらいな感じだったわ 今は棲み分けが細かいし、スピード感求められるから疲れるね
小学生の頃「◯学年だより」みたいな学校誌にキャラクターの白黒イラスト描いてた。 あとは学校の掲示板に掲示物にも、マッキーやマーカーで挿し絵を描いた。 最初は担任の先生に描いていい?って自分から聞きに行って描いた。 それを見た他の先生からもこっちの掲載物にも描いてくれって段々頼まれるようになって、楽しかった。 中学生になってからは流石にこういう事はしなくなったけど、オタク友人が増えたので授業中に描いた落書きを皆で回しあってた。 リアルのそれくらいの反応で、自分の場合は十分承認欲求が満たされたな。 もちろん裏でコソコソ「大して上手くねーよ、調子にのんな」みたいな事も言われてたみたいだけど、こういうのも今ほど本人の耳に届きづらくてほぼ聞く事も目にする事も無く、あまり不安も感じずに楽しんでたな。懐かしい。 でも今の便利な世の中も楽しいよ。 SNSは自分がどういう運用が心地よいのかが分かれば、やっぱり便利なツールだと思う。 そこに辿り着くまでが大変だろうけど。
個人サイトもやってたけど、メインはファン○ードやファ○ンドアウトにイラスト投稿してた。 当時は雑誌に自分の住所を堂々と載せてもらって、定額小為替の自家通販したり文通相手募集したりしてたんやで…今だとありえないよね
更にたくさん情報ありがとうございます! ここのコメ一つ一つが文化資料じゃないですか!? この歴史保存していきたい まとめての返信、失礼いたします 作品発表や交流の場、初めて聞いたものが複数ありました 同ジャンル者の会報誌、アニメショップ店舗掲示板、ペーパー置き場、どれも参加してみた過ぎる ゲーセンにも寄せ書きノートがあったのも知らなかった…なぜプリクラコーナーしか行かなかったのか… リアルの店舗掲示板でも自治厨やお気持ち表明で荒れるの爆笑しちゃいましたwww 個人サイト時代のお話もありがたいです! 当時はROM専未成年で創作者側の事情がわかりませんでしたが、20年越しに解像度爆上がりして感動してます 昔も承認欲求や苦悩は変わらないものの対象範囲は狭そうですね 自分ごとではなく遠い世界の話で済ませられるものが多いというか 一番疲れると感じたのは、とにかく全てにおいてスピードが上がりまくってしまったこと 投稿から半日でいいね伸びない、当日中にDM来ないって冷静になると病むの早過ぎ ジャンル供給後には即反応、作品上げなきゃだし…仕事もですがあらゆる納期が短過ぎる…でももう昔のスピードには戻れない… 郵送交流時代の毎日ポスト見てはワクワクわかります!!!! 幼少期の文通や雑誌の応募者全員サービス(という名の通販)は、手紙投函した直後から隙あらばポスト覗いて返事待ちしてましたw でも同人関係は親が受け取ったら死 ◯県から?この人誰?何でアンタの字でウチの宛名書いてあるの?中身何?って聞くんじゃねえ……(宛名記名の返信用封筒に切手貼って同封経験) まとめると、「創作はいつの時代も苦しいけど今は見なくていいものまで見え過ぎる、自分ごとと捉えるべき範囲は適切に見極めていこう」って感じでしょうか また、オタクが人権無かった時代も忘れたくないですよね 私は半隠れオタクしつつも創作や趣味は全く否定されず育ちました 今や初対面でも自分オタクなんで〜と言えるまでになりましたが、先輩方が繋げて発展させてきてくださったこの自由な世界、噛み締めて生きていきたいですね 改めて感謝申し上げます
たしかにオタク史として有用…!
>>49
それな
このトピ面白い
普通にイベントでの売上とかかな。手紙やプレゼントや色紙で寄せ書き感想貰ったり。あと作家同士でしか交流してなかったよね。ROMって言う感覚が無かったし付き合わなかった。当時の執筆仲間にプロどころか映画化した人が居る
SNSない時代のほうが承認欲求煽られなくてそんなに悩んでなかったよ どんなに下手でもリア友と楽しく過ごせれば全然満足できる環境 多感な時期にSNS時代を生きる子どもたちは大変だろうな
ネットのない時代の承認欲求は仲間とか友達、イベント会場の参加者に向けられました ホムペ時代は正体不明の閲覧者に「掲示板にカキコして」「カウンターを回して」という欲求 ツイッターになってから赤の他人にインプレばかりいいねほしいブクマしろ リアルからwebに遊離すると欲求(不安)が増大して神経症的になる傾向がある