>>51
52 ちょっと主旨から外れるけど、創作が上手くなるための努力を努力だと思ってしまう時点で才能が足りないんだと思う プロの中には起きてる間ずっと創作してたい!呼吸と同レベルで何かを生み出してないと落ち着かない!って化け物が何人もいて、そういう人たちがそれを「自分は努力してる」と思ってるかと言うとそうじゃないと思う 努力を努力だと思わずに創作に打ち込める事自体が才能で、それがそもそも不平等だって言うならそうかもしれない
ここでいうチャンスって具体的に何? 創作をする環境が整ってること?創作に理解ある人たちに囲まれること? 作品のための時間があること?コンテストとか賞とかに応募する機会があるかってこと?
>>51
53 IDバラついててごめん 確かに趣旨ズレてるね 仮に努力を創作に費やした時間に変えても同じことが言えると思う(努力の程度には個人差があるが時間は平等にあるため) 努力やそれに費やした時間と結果の間にはそれぞれが抱えるいろいろな障壁があるからそこが不平等で不確実な要素 平等なチャンスやチャンスの総量ってじゃあ何だろう?って思った
脳科学の実験で行われたやつかな?「人に訪れる幸運やチャンスの量は同じ」って内容の実験だった気がする。 創作の機会に恵まれるかは「環境によって不平等」になる要因より、どれだけの人に出会って、どのくらい創作活動を続けたかによると思う。
なんていうかトピ主の言う平等って科挙みたいだね 生まれでは確かに差別されずみんな平等に試験を受けることが出来るという点で確かに科挙は平等 で、実際受かったのはどう言う人かということを踏まえれば平等じゃない事は明白だよ そういうことでは?
>>30
趣味なら尚の事バズるとかCPの顔になることを成功と断定してるのが自分も気になった 自分の満足のいくものを作ることじゃないんだな
>>41
トピ文に「チャンスの数は全員に同じくらい用意されている」っていう(トピ主が思うところの)前提があるから、そこがまず違うってみんな言ってるんだと思うけど… ずれてるのはむしろF8rcbv1Lでは
毒親家庭で育ち貧困と闘いながら、自分で得た賃金で美術学校を卒業してプロなりました。 プロになるまであらゆる格差を味わってきましたが、それすらもバネにして努力する力に変えられた という点では、たしかに貧困や親ガチャ負け組である事実はデメリットになっていないのかもしれません。 わたしは技術的な格差よりも精神的な格差について、いまだに劣等感を持っています。 裕福な家庭やごく普通だけど温かい両親のいる家庭で育った人は心がとても強いです。少しくらいの失敗や 誹謗中傷には屈しない、強い自己肯定感を持っているのです。わたしはそれを一番羨みます。 技術力がある程度拮抗してくると、次に評価されるのは人間性だったりコミュ力であったり 人として根幹の部分です。これは創作以外の分野でもそうだと思います。人生は清く正しく生きてきた人がより好かれ 成功するようにできていると強く確信しています。 SNSでバズる程度のチャンスの事を言っているのであれば、誰にでも平等にチャンスがあると言えるかもしれませんが 一生創作で食べていくというような長い目で見た時、貧困や特性持ち毒親負け組は圧倒的に不利です。決して平等ではないです。