おかしいとまではいかないけどレアだと思う。 リアルだったら自分と疎遠になった人は興味無くなっちゃうからそれに近い感覚なのかな? 創作物だと実際に居なくなったって感覚は薄いし画像としてあるし、好きなものは好きだから生存ifも考えるしずっと飽きるまで(これはある)好きだよ。 追悼は盛り上がるキッカケなのでその日が特別とは思わないけど。 一般的には言ってもいいと思うけど、二次創作界隈では口にしない方が良さそうだね。多分わかる人殆どいないんじゃないかな?
ちょっと分かるかも。 トピ主って「ぜったりありえないif」よりも「もしかしてこうかも」みたいな二次創作が好きじゃないですか? 昔東〇べで活動しており、連載当時ばじさんが人気なの知ってましたが、序盤に死んでしまったので推せませんでした 煉〇さんもそうかもしれませんが、ばじさんも「もし生きてたら」「幸せにしたい」みたいな創作が多かった気がします あの世から見てる、生きてるキャラにギャグ状態で幽霊がくっついてるみたいな創作より普通に隣に生きてる状態の二次創作が当たり前ですが主流でした。 私はどうしても「でもこのifは原作軸では絶対にありえないじゃん…」って思って好きになれませんでした(地雷ではなく、虚無というか心が動かない、全部虚しい) BL描いてるので、そのifはありなのは言語化できなくて申し訳ないのですが… 「もしBLなら」より「もし生きてたら」に大きな隔たりを感じる 自分も物語の最後付近に退場ならあまり気になりません。 また、映画ジャンルや完結済み作品に後からハマった際も死んじゃったキャラ好きになることあります。 応援してる最中のコンテンツで推しが死ぬと、がっかりして「もういないじゃん」って萎えてしまうのが大きいかもしれません
うーん…そういうポジションのキャラを推してる人達は実在の大事な人が亡くなったときみたいな気持ちでそのキャラの人生に思いを馳せているって言えば伝わるのだろうか あくまで架空のキャラだからそこまで入れ込まないとは思うけど、感覚としてはそういう感じ 死に様も含めてキャラの人生だから、立派に戦って散ったところを見せられると好きになっちゃうこともある まぁそれも好みだから相手を傷つけることをしなければ全然気にしなくてもいいと思うよ
あーわかります。 だって死んだらもう供給ないですし… ちょっと違うけど推しが醜い化け物になって戻らなかったのも普通に無理でした 主さんは現実の人間関係もドライですか?私は自分に利益のない人間には一切の興味が沸かず付き合えないのですが推しキャラに対しても同じスタンスです
皆様、ありがとうございます。 やはりレアでしたか……しかしながら、他にも似たような方がいらっしゃるようで、安心しました。 確かに死んだキャラが当たり前のように生きてる完全パラレルな二次創作より、普通にこういう展開もあったかも、こういう展開が見たいな(キャラ死亡は捻じ曲げず)くらいのifをよく考えたり見たりすることが多い気がします。 散っていくキャラも、そのキャラの背景や周りとの関係性があまり分からないのに死なれても、全然感情移入できなかったりはします。周りのキャラがすごく仲間の死を悼んでいても全然ピンと来ません。 ただ不思議なことに、逆に登場回数がすごく少ないキャラの死に際の方が、印象に残ることが多いかもしれません。また、ちゃんとどういう人生を歩んだとか、どんな関係性の構築があり、どんな経緯があったかなどが差し込まれると、心に残るキャラになります。煉◯さんよりも、たとえば炭◯郎に倒された数々の鬼達や、逆にサイコロステー◯先輩は、とても印象に残っています。 バケモノ化に関してはどうだろうな…… そっちは結構いける(?)かも? 「いる」から……本人が……あーでも、どうでしょうかね…… 私はむしろ入り込みすぎるくらい相手に入り込んでしまうタイプで、全然ドライではない方だと思います。だから自分でも結構不思議です。
すいませんブラウザが違っててID変わってるんですがトピ主です
トピ主まだ若いんじゃない? 実体験として身近な人の死に触れたりもっとたくさん作品インプットしていったら変わるかもしれないよ
好きなミュージシャンや俳優が亡くなってしまった事はないのかな?亡くなっても同じように好きでいるよね 死んだのでもう興味ありませんって人の方が少数派なのと同じような事だと思うよ
詳細は伏せますが、20代後半です。なのでここでは結構歳がいってる方かなと思います。 確かに、身近な人の死に際したのは一度だけで、それも中学生の頃です。 あとはペットも飼っていませんでした。 ただ、たとえそうだとしてもキャラが死ぬことによって物凄くボロ泣きすることもザラにあります。むしろ引くほど涙もろいほうです。 現実の人の死に関しては、全然感覚が違います。ショックを受けますし、悲しみ、喪失感を覚えます。 歌手や俳優さんでもそうですし、今でも大好きな漫画家さんが亡くなったことがショックでいます。何年か前の話なんですが…… 二次元、フィクションのコンテンツとなるとどういう訳かトピ文のような感じになります。
全然まとはずれだったらごめんだけど、キャラが死んだ時に苦しくならないよう心を無にする防衛本能が働いてるんじゃないかと思った。 創作でもキャラが死ぬっていうのは結構しんどいことだと思うけど、ストーリーとしてつまんなくなったなって思えば俯瞰して捉えられるし。
>>10
わかるよ。 キャラの死に何も感じないって書くと絶対若いだの経験値が少ないだと親しい人を亡くした事がないだの言う人いるけど、3次元と2次元は別。何故かそこの線引きまで一緒にされるから冷血漢みたいな扱いになるけど実在の人たちが亡くなったら悲しむし飼っていたペットが死んだら泣く。親しい人なら言わずもがな。何年経っても悲しみが沸いてくる。けど2次元は2次元なんだよね。フィクションと頭が割り切ってるんだと思う。私はすごくわかる。
病気を断定することはできないけどASD的気質はあると思う。 共感力が低いというか。 決して人生経験が浅いとか性格が悪いとかではなく認知スタイルの違いを感じる。 トピ主は少数派とされているけど、まあ、オタクにはASD傾向強い人も多いしあんまり気にしなくていいと思うよ。 「このキャラ興味ない!だって死んでるし!」とか言わなければ特に問題ないと思う 「ASD的な何かがあるんだろうか?」と自分で心配するほど、普段その傾向を感じているなら間違い無くそれのせいだと感じた。
わかります! 本当に申し訳ないとは思ってるけど死んだら降ります 死んでるキャラで創作するのも、死んでるのに??このキャラに未来はないのに???よくわからないなと思ってます
トピ主ほど明確ではないけど、私にもその感覚はあると思う。興味をなくした推しの話についていけない時は「◯◯の死が悲しすぎて考えられないから話題を避けます」って方向で誤魔化すよ。
小学校低学年くらいまでの男子達はその感覚の子多いと思うから別に不思議ではないと思うよ
同じ感覚の人もいると思うから、おかしいことではないと思うよ。その友達を切ったっていうのも、それはそれでトピ主さんが選択したことだから自分がそれで満足してるならそれでいいんじゃない。 ただ、それを続けていくと、周りに誰もいなくなるって可能性はあるよね。 自分の気持ちとの付き合い方を上手にできるように練習したらいい。 人って得意不得意があるじゃん。感情の受け取り方もその分野は、トピ主にとって不得意な分野だったということにして、自分が得意な分野…自分が好きな推しに意識を集中させていけばいいと思うよ。 「悲しむことができない…自分ダメだ~。自分、おかしいわ~」じゃなくて、そこは置いといて「自分はこういうのが好き」に意識をシフトする。
わかる、というかそのキャラについて触れたくなくなる だから生存IFとかあえて頭に輪っかつけさせて漫画描いてるのが地雷
変ではないけど珍しいね。 私はキャラが死んだら興味失せるってことはないけど、最終回で作品への興味失せるってことならある。 前に乙女ゲームはキャラクターという物語を読むゲームだって説明してた人がいたんだけど、そう考えるとキャラという物語が終わったから興味失せたって感じになるのかな。 (乙女ゲームやったことないからこの説明が合ってるかは知りません。)
他人は他人で貴方じゃないんだから、誰が何を好きでも、別にいいんでないだろうか・・・
なんでつらいのか理解できないな 推しにしか興味ないし推しキャラ死んだことないけど周りと合わせられないからつらいとか感じたことない