私は違和感ないな 『気まずげに』は形容動詞でしょう あくまで三人称だし、A以外の心の中の描写が出てなかったら視点が混ざってるとは思わない なんとなく違和感感じるのもわかるけどね 気まずげに見えてるのは相手(もしくは周囲)って思っちゃうからかな? 例えば『恥ずかしそうにうろうろと視線をさまよわせた』でも違和感あるの?
そんなことなど恥ずかしくて言えるわけがないAは、気まずげにうろうろと視線をさまよわせた。 とかなら全部神視点ぽくて大丈夫かな? 似た感じの書き方してるけど自分では違和感ない ウケはいいほうだけど字書きからは変に思われてるのかな
変だと思う。でもその書き方の人滅茶苦茶いるから、徹底するの難しいんだろうなーと思ってスルーしてる。素人の小説だし。 気まずい思いで〜なら違和感無い。
Aが語り手なら違和感があるけど別キャラなら気にならない あとAが語り手なら説明的に感じるかな 気まずいって明記しなくても直前の心情描写があるから伝わるし
A視点から急に神視点へ移行してる そもそも「気まずげに」はいらなくないか?
「気まずげに」のような心情だと見落としがちだけど、視点人物の外観を表現するときに「ほっそりした腕を上げて」とか書かれると違和感 それ以前に7の指摘通りで「気まずげに」は不要かな
そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。Aは気まずげにうろうろと視線をさまよわせた。 その様子を見たBは、どうしたんだろうと心配になった。 ↑これ嫌い 神視点が混ざるなら一人のキャラに限定してほしい
違和感あるよー そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。【喉まで出かかった】Aは気まずげにうろうろと視線をさまよわせた。 みたいに、A視点から神視点へ移る一文がないと変に感じる
読んでて違和感はそんなにないけど、あえて直すなら そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。気まずく思ったAはうろうろと視線をさまよわせた。 にするかなぁ…私ならそう書くと思う
Aの描写が雑。短文でも、もう少し丁寧にAの状態を書くことができると思う 実際トピ主に誤解されてるし、推敲した方がいい箇所なんだろうね
自分はそういうの好き 全部一人称の方が読めない
違和感ない 視点が単一ってだけで一人称じゃないから ABのA側単一視点三人称なら感覚的にはAの守護霊が語ってるみたいなイメージ だからAの感じてることをAのように代弁することもあるし、でもあくまで第三者なのでAの様子は客観的に表現する そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。←Aの気持ちをAのように代弁 Aは気まずげにうろうろと視線をさまよわせた。←語り手視点から見たAの様子を表現
>>7
「気まずげに」「うろうろ」の誰目線やねんコンボが違和感を強くしてる 言えない=口の動きから目の動きに視点が変わるのも原因 気まずい(沈黙)のなかで口を固く閉じているのか、それとも葛藤してもごもご動かしているのか そこでAの心の揺れを見たいんだよな
わかる! でもその書き方がおかしくないなら違和感を克服したい A視点でAを「白く滑らかな肌」みたいに描写する時「このA自分のこと自画自賛してね…?」とか思いたくない
違和感あるけど素人小説だからと思ってスルーしてる こういうところも気を使えるのが字馬なんだろうなと思う
全然気にならない 内容が伝わればできるだけシンプルで短いのがいい
気にならない。 一元視点とはいえ三人称は語り手が語っているから三人称。 神視点でもないよ。 語り手視点と神視点はまた別だからね。 14の言い方が正しいと思う。 そこまで厳密に三人称一元視点にしたら一人称と変わらなくなって三人称の意味がなくなるでしょ。 三人称を読み慣れてないのかな?
三人称一元視点なら気にならない AかBの一人称視点や神視点で書かれた作品の中の一文だとしたら変な文章だけど、三人称一元視点ならではの書き方としか思わない
14方式で別におかしくはない だけど書き手としてはこんなしょうもないところで読者を取りこぼしたくないから、自分が書くなら心理透過の背後霊か察するだけの神かにきっちり寄せて、 そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。Aは気まずくなってうろうろと視線をさまよわせた。 そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。Aはそう思ったようで、気まずげにうろうろと視線をさまよわせた。 とかのどっちかにする あとこの例文に限っての話になるんだが、気まずげ、が心理描写に見えるか動作の修飾に見えるか、とかが原因なとこない…? 直前に恥ずかしい気持ちが描写されているので連動する気まずげが気まずい気持ちのように見える、が、実際には気まずげな仕草をしただけで、気まずかったわけではない… いや気まずかったには違いないんだろうけどさ このへんもうちょい読者が混乱しない書き方ありそう、というか自分だったら恥ずかしいか気まずいか一方に重点絞ってるかも どう転んでもこれの前の文脈にAが恥ずかしくなる要素が書かれてるはずだからまず、そんなこと言えるわけがない。だけにして、気まずいが重要ならそのまま、恥ずかしさが重要なら顔を赤くして目をうろうろのほうが分かりやすいし誤解がなくないか? 考えすぎか いや考えすぎだわ草生える
沢山コメントありがとうございました! 色々なご意見参考になりました。違和感がない人もいるだろうと思っていたので、そういった方の声を詳しく聞けて嬉しかったです。 私と同じく違和感がある方も、なぜ違和感があるかを書いてくださり、どちらのご意見も合わせて自分の中の整理がつきました。 三人称一元視点を、三人称寄りで捉えているか一人称寄りで捉えているかの違いもありそうですね。 三人称寄りで捉える方は違和感を持ちにくいのかなという気がします。私はどうやら、三人称の自由さを補助として取り入れた一人称だと捉えているようです。 例文を添削をしてくださった方もいましたが、例として不適切に思われた方もいたようで、大変失礼いたしました。 コメントありがとうございました。
締めた後だけど、乗っかって聞いていい? 三人称一元視点だけど、一人称表現が入る文体の作家って誰がいますか?ラノベではなく一般文芸が良いのですが… たとえば三人称Aの一元視点だとして次の二文目のような感じです。心の声が入るというのでしょうか。 Bの相談を聞いたAは、呆れて椅子の背に凭れ掛かった。何を戯けたことを言ってるんだよ、お前は。面倒見が良いのはBの美点だが、すぐに人のトラブルに首を突っ込む悪癖はいただけない。