努力を否定されたとは思わないですねぇ。ただ、嬉しいんですけどちょっとプレッシャーになるかもしれません。次回作の腰が重くなります・・・そんな目で見ないでくれえっておもっちゃいます。
前は嬉しかったですが、自分が言われる時に「このひと天才だ……!私にはこんなの書けないや。でも私は私の作品が好き。だから自分の好きを信じよう!」みたいな謎比較からの謎sageをされることが多くて今は苦手になりました。
「センスがある」は「ヤッタ〜〜〜!」ってなるけど、「天才だ!」には分不相応すぎて居たたまれなくなります。オタクは大げさな言葉を使うのが好きだから、自分が受け取る以上に、もっと軽いニュアンスで言っているのかも知れないな〜とも思いますが…
ID変わっていますがトピ主です!
めっちゃ嬉しいし全然嫌じゃないです!でも言い方にもよります。 「才能があっていいですよねー」とか「天才には敵いません」みたいな、遠回しに「生まれつき運が良かっただけじゃん?」と言わんばかりの褒め方をされると嫌です。
お世辞でも「でしょ?ありがと〜」ってなります。 「天才!」とか「センスある!」という言葉に、努力を蔑ろにするニュアンスを感じたことないので……。 個人的には、他人に自分の苦労や努力をひけらかす方がしたくないので、「努力なしでここまでできちゃうの!?天才!!」って言われた方が気分いいです笑
ものすごく嫌です。 天才やセンスある、といった褒め言葉自体には罪がないのですが、 「私さんセンスある!天才!絵が描ける人っていいよね〜」「私さんみたいにセンスがあったらなあ〜」などと、後ろに努力否定系フレーズやそれに準ずるようなことを高確率で言われがちなので、 天才!センスある!の言葉が出た瞬間にもう身構えてしまいますね……嬉しくないです。 >他人の作品を見てすごい!と思ったらすぐ天才!みたいな発言をしていた 気持ちはわかるんですが、天才などと言わずにそのまま、 「作品を見てすごい!と思いました!」と伝えてくれた方が嬉しいのになあ…と私の場合なら思ってしまいます。
天才、って言われるの嬉しいし、天才だ、が努力を否定していると思ったことがなかったな そもそも努力できること自体が才能だと思ってるからかも それに、何にせよ才能があることはいいことじゃん?と思ってる 私が努力できない人間だからかな
自分は嬉しいです! もともと持っている能力を引き出せているという意味に感じられるので、言われてみたいですね~言われたことないですけど! むしろ自分の場合は「すごく丁寧」「こだわりがすごい」「よく練られてる」みたいに言われがちなので、言われる度に、ああ……褒めるとこ、努力の量くらいしかないんだな……と悲しくなります。 でもこれって、ないものねだりなのかもしれないな~とこのコメ欄を見て思いました笑
嫌ではないけど あまり大袈裟な表現されると周りの目が気になります 逆にあまり沢山の人に言っているようならハイハイ社交辞令社交辞令と間に受けなくなります
私は嬉しいです! ひょっとしたら一番嬉しい言葉かも笑 よくオタクは表現がオーバーと言いますが、誇張表現ではなく便利な言葉だから使ってる節もあります。 センスがいい、色がきれい、表情がいい…みたいなの一個一個言うと批評ぽくなる気がして(※あくまで一個人の感覚です)、そういうのまるっと包んで「天才」って言ってしまいます。
あざーす みたいな気持ちになります。 自分の場合、嬉しいは嬉しいけど、尊い、神、みたいなオタク特有のオーバー表現だと思うので、真に受けて天狗になったら恥ずかしいなって感じます。
交流したことない人には無難に作品の良いところを褒めるようにしてますが、仲良くなってくると「天才!」「毎回さいこー!」「神〜!」などはしゃいでます。向こうもわちゃわちゃタイプだし、内輪ノリみたいな感じで…笑 ちなみに私が全く認識のない人から「天才!」って言われたら、普通に嬉しいし一日中気分良く過ごせると思います!
単純ポジティブだから嫌味だとしても喜びます。素直に嬉しいです。 けど、冷静なとこもあって自分では自身を天才なんてとても思えないから恥ずかしい気持ちのが大きいだろうな…ってか、天才なんて言われること一生縁ないと思ってるんで、言われたら相手間違ってる?と心配になりますね。
言い方にもよるな、と思います。投稿するたび「天才!なぜそんなに才能があるんですか?神ですか?」と言うようなコメントをつけてくる方がいます。 私はどちらかと言うとそこそこ絵は描ける方で好きだと言ってくれる人もチラホラいるのですがハッキリ言ってそこまで言われるほど絵がうまいわけでもありません。あまり言いすぎると逆にからかわれてるような気持ちになってしまうのであからさまなまでに大袈裟に言うのはどうなのかな、と思ってしまいます。
ちょっと言い過ぎだな笑と思って不信感はあるかもしれません。 感想についてはその人がそれぞれ感じたことだから何を言ってても多少オーバーでもそうか!と思ってほどほどに受け入れます。
若い頃は言葉の意味を考えて喜んだり喜べなかったりしましたが、歳をとったら言葉をかけて貰うこと自体が嬉しくて、細かい事をあんまり気にしなくなりましたね… もちろん天才って言われたら喜びます なんか昔、好きな作家さんが「二次創作で絵が上手いと言われても全然嬉しくない(内容の感想が欲しい)」って言われていて、感想を送るのって難しいんだなと感じたことを思い出しました
返信遅れてすみません!みなさんご意見ありがとうございます。 嬉しい派の方が多くて意外でした。苦手だという方も、「当てつけのような言葉がその後に続きがちだから嫌」「大袈裟すぎて恥ずかしい・プレッシャー」という理由のようで、なるほどそれは確かに……と納得できました。天才!だけで済ませずに凄い!と思った点を具体的に述べた方がより真剣さや誠実さが伝わるのかもしれないですね。次また感想を書く機会があればそのあたりを意識したいです。 また、本題からはズレますが「努力なしでここまでできるの!?」と思われた方が嬉しいというご意見、かなり共感しました。私の場合は少年漫画の読みすぎかもしれませんが、少ない努力で最高の結果を出せた方がカッコいいと思ってしまうんですよね。実際には全くそんな天才ではないんですが、周りをそう思ってもらえるとちょっと嬉しいです。
嬉しいことは嬉しいんですが、天才とかその手の誇張表現が定番化しすぎて定型文じみて聞こえることは……あるかな……という感じです。「最高でした!天才!」とか「神作品でした」の一言だけですと、この人誰にでも同じこと言ってんでしょどうせ、などとひねくれて考えてしまいます。もちろん、声をかけていただくだけでもすごいことではあるのですが。 ツイッターの引用ツイートで一言添えるなど、定型文で気軽に読了アピするだけのフランクなシチュエーションなら気になりません。また内容にも触れてくださっている感想の中で、「○○が☓☓するシーンに△△と感じ、作者さん天才だなと……」みたいな使い方をするのも勿論気になりません。
別に気にしません。 よほどひどい感想以外は全部受け流してしまうので。