三人称一元視点にするのだ、と決めたら?
これぐらいだったらよく見るからあまり気にしすぎなくてもいいと思うけど、文中で「タカシ」とよく出てくるからそれを無くして状況的にタカシだなと読ませるとスッキリするかも。
例文は一般的な三人称一元視点なように思うけど…トピ主さんは三人称神視点を望んでる?三人称一元視点? 例文でも十分三人称と感じられたけど、なんとなく文の前後を入れ替えたり動作を付け足すと変わる気がする(素人だから参考にはならないかもだけど)。 「タカシの視線が手元の漫画に落ちていった。しかしページを追うことはなく意識は別のところを向いている――あいつは、お腹を空かせてはいないだろうか。しやひもじい思いをしているんじゃ、それに。そんなことばかりが浮かんでは消えていっているのだ。 ――いや、今更なにを。タカシは頭を振って漫画を閉じ、同時に自身の頭の中はケンのことでいっぱいだということにため息を漏らす。今頃考えたって無駄なのに、いつだってあいつはずるい男だとわかっているつもりなのに。……ケンはとっくに死んでいるという事実に、未だにタカシの頭は正常に動いていなかったのだ。」 みたいにするとか…? 大分文章変えちゃったけど、意識したのは『タカシの動作を見ている(意識している人がいる』ことと『心情を一塊にしない』あたりかな。 自分の文に自信があるわけじゃないからアレだけど、何かしらヒントになったらいいなと思ってのっけときます。
>>4
しやひもじい思いをしているんじゃ⇒もしやひもじい思いをしているんじゃ 脱字失礼しました。
例文だけなら何の問題も無いように思えるけど… 読む側がこれどっちのモノローグなの?『自分』ってどっちのこと?って混乱するような書き方でさえなければどんな文章でもアリ 目指してる文章があってそこに到達するにはどうしたらって話ならごめん
素人目線だけど >タカシは手元の漫画に目線を落とした。彼の頭の中はケンのことでいっぱいだった。お腹を空かせてはいないだろうか、ひもじい思いはしていないだろうか。そんなことばかりが浮かんでは消えていく。 →この場面で登場する名前はタカシとケンだけど、実際にその場にいるのはタカシ一人というのをしっかりイメージする。 >今更なにを、とタカシはそんな自分にため息をつく。 →上のことを踏まえて、例えばこの部分で「タカシ」を「彼」に置き換えても読む側としては問題ないと思う。 >今更どう考えたって、無駄なのにいつだってあいつはずるい男だ。ケンは、あいつはとっくに死んでいるというのに。 →この部分だけに注目してしまうと急にタカシの一人称っぽくなるので、 今更どう考えたって、無駄なのにと。いつだってあいつはずるい男だ。ケンは、あいつはとっくに死んでいるというのに。タカシはそう思っていた。 みたいに伝聞っぽい言葉とか外側から見ている感じの文章を付け加えてみるとかどうだろう?
混じってない
え?これの何が変なのかわかんないや。
①一人称で書ききれないならそのエピソードは書かないか、別の章立てにして書く ②-1 三人称単視点で書く ②-2 三人称俯瞰視点で書く この3択しかないと思いますし、それ以外はよほどの技巧がない限り小説として破綻してしまうのでオススメしないです。
その例文だとおかしいところはなにもないです。始まりの文が三人称なので、これだと基本三人称の文に心理説明が入ってるだけに見えます。それはアリ、と言いますか、小説はそういう書き方が多いです。 基本が一人称(本を通して一人称)なのに突然三人称が混じってくるのはおかしいです。メタ発言的に見えてしらけます。一人称で始まった話は、最後まで一人称で通すべきです。
特に変な文章とは思わなかったけど……? ケン、なんで死んだんだ こんなにタカシがお前のことを想ってるのに
三人称にも三人称一元視点、三人称多元視点、三人称俯瞰視点(神視点)と様々種類があって、散々言われてるいるようにトピ主のは三人称一元視点では? 恐らくトピ主は三人称俯瞰視点だけが三人称だと思ってるんだろうけど
アドバイスありがとうございます。 意外と「このままでいい」という意見があって驚きました。 ご指摘のとおり「タカシは〜」の部分は三人称、「今更どう考えたって〜」からは一人称では?と思い、正しく三人称で書くなら (今更どう考えたって無駄なのに)とタカシは思う。 (ずるい、ずるいよケン) 彼はとっくに死んでいるというのに。 と、心情と地の文を分けた方がいいのでは?と思っていたので…でもあまり自分としてはカッコ書きの心情は大声の描写でフォント自体を大きくするようなイメージで ズルをしているようで入れたくないのです。 三人称にも色々とあるのですね。調べてみます