絵の上手下手ではなく自己肯定力の問題でしょう。
拙い、とは別ベクトルになるかもしれませんが、自分の好きな絵柄に変えてみてはいかがでしょう? よく自分の好きな絵柄と自分の描ける絵柄は違うという話を聞きますが、なら自分の絵柄を好きな絵柄と同じにしてしまえばいいんですよ。 現在主さんは誰にも見せない状態で絵を描いていらっしゃるんですよね。そして気まぐれに上げた絵で評価をちゃんと頂いているということは、一定の画力はあるはず。とすると理想が高い向上心のある方なのだとお見受けします。ならば一旦画力は置いておいて、この絵柄好きだな〜!に振り切ってみるというのも良さげだなと思った次第です。 自分のペン先から好みの絵が出てくる感覚は堪りませんよ。
こんばんは、スレ主さんは絵を描くのがお好きなのですね。わたしもそうです。内容を読ませていただいたところ、きっとあなたの絵が幾ら上手になったとしても、その劣等感は消えないだろうと思いました。 昔から描き続けていれば、少なくとも多少は上達はしていると思います。今と昔の絵には差があって、それでもあなたの劣等感は解消されていない。原因は絵の出来の良さではなく、あなたが、あなたの絵を自分のものではなく、どちらかと言えば他人の消費物だと思っているところにあるかもしれません。自分の手元、誰にも見せない時は心が落ち着くんですよね、それは他人に消費されず、評価されず、決して誰も触れないから安堵するのでしょう。 すみません、ここから少しわたしの話をします。わたしも絵が好きで描いて、他人に見て貰いたいから公開します。評価は、描いたジャンルやキャラクターよってばらばらです。四桁のいいねが貰えるときもあれば、たった一桁のときもあります。それでも特に絵に対してのわたしの評価は変わりません。好きに描いて、わたしの絵がある。それだけです。やっぱり他人と比べると下手だな、と思います。でも貰った評価を過分だとは思いません。そこには下手とか上手とかではなく、絵の純粋な形だけを見ている人は余りいないからです。好きなキャラクターが居るから、好きなジャンルだから、この線が好きだから、色の塗り方が綺麗だから、人によって判断基準は様々です。そこにわたしはもう関わることができません。何をしようと無駄です、こう思って欲しいと込めて描いた何かが100%受け取られることはありません。しかし、わたしがわたしの絵を手放したことにはなりません。 あなたはきっと、理想がとても高いのだと思います。この評価を貰うには、これだけの絵ではないといけない。そんな意識が根底にあるのではないか(それをあなたが自覚しているかどうかは分かりませんが)と思います。けれど、理想が高いこと自体は少しも悪いことではありません。自分の腕を引っ張ってくれるもの、何かを目指すときには、道標になる灯台のようなものです。今は良いかもしれませんが、その思考を他人に向けると不味いことになります。この人間は絵が下手なのに、なんでこんなに評価を貰っているのだと思うようになります。 そしてあなたは、他人と自分の境界線が曖昧のように思えます。他人が思うことに関してあなたはそれに深く共感してしまいます。好きだと言われた気持ちをすごく受け取ってしまい、けれど相手が思ってくれているような好きを自分は持っていない。そこのギャップに苦しむんだと思います。最終的には、そんなに思ってくれているのに応えられない自分はなんて最低なんだ……と自己嫌悪に繋がります。その辛さを解消するためにやることは絵の練習ではなく、他人とあなたの距離を離すことです。あなたの創作物は誰かの所有物ではありませんし、どれだけの称賛や非難を浴びても価値もあなたが絵を描いたという事実も変わりません。わたしの絵はわたしの絵である。そう思えるように訓練していく方が良いと思います。本当なら、一切公開せずに絵を描いていくことがあなたの心にとっては平和なのかもしれませんが、その選択肢を取らない、そして再度公開したということは見て欲しいという気持ちもきっとあるのでしょう。良いと思います、わたしだって絵を描けたら見てほしいと思うので。 とりあえず今すぐ出来ることは、評価数を消す機能を導入するぐらいですかね(ツイッターはいいねやRT、フォロワーを非表示にしてくれる外部の機能があります) 後はもちろん絵の練習はしつつも、他人の評価に対してそうなんだねという感情を持つようにすることです。好きです→あなたはそう思ってくれたんだねと→でもわたしはそう思っていないと進むのではなく、好きです→あなたはそう思ってくれたんだね、と切り、相手の感情に自分の感情を深く紐付けないようにすること。最初は難しくても、意識して止めていけばその内慣れます。後はたとえ好きです→あなたはそう思ってくれたんだね→でもわたしはそう思っていない→こんなことを思う自分なんて最低だ。とまで行った時に自分を責めないようにすること、悪い感情を否定しないこと。人間は時に誰かを羨んだり自分を憎しみますが、それは当然の機能なのでそうなんだと思ってください。自分の感情の扱い方は、魔法のように一気に変わることは殆どありません。何度も何度も、根強くあなたはあなたを苦しめようとするでしょう。自分を苦しめてしまうのは誰もが通る道だとは思いますが、自分を苦しめ続ける状態は決して当然でも普通でもありません。けれど、少しずつ、そうでいいんだと思えるようにして、鍵のかかった扉を開けてあげれば、いつか気にせず絵をあげられる日が来ると思います。 全てが的外れかもしません、こんなに長々と言葉を重ねてしまいましたが、あなたの役に少しでも立てたら幸いです。
トピ主さんの、人に絵を見せたくないという気持ち、全く同じ心理ではないかもですが、私も人に絵を見せるのが得意ではないです。 友人に誉められて嬉しいのに、居心地が悪く感じてしまうあるあるです。 Twitterに絵をあげて自分が思った以上にいいねなどされて評価されても、逆にいまいち評価されてないときも、とにかく人の目に晒されているのが苦手で、すぐ消したくなります。 (そして上のコメントの方のアドバイス、なるほど…!!!と思いました。参考にさせて頂きます。) トピ主さんは筆を折った方が…と言われてますが、こそこそ描き続けてそれで自分で楽しむ、しばらくそれで、平和に楽しんでみて良いのではないでしょうか?? 別に見せなきゃいけないという義務はないですし、 有名な画家でも生きてるうちに人に見せていなくて、死んだあとに発見されて評価を受ける人もいるわけで、見せればいいのに、という他人の期待と作者の作品への思いって釣り合ってないことままあると思います。 まずは絵を楽しむことを優先されて、その上でコンプレックスを徐々に改善していけばいいのかなと思います。 これは提案ですが例えば二次創作をされているなら、全然違うジャンルを描くとか、イラストコンペにだす、コミティアでオリジナル漫画をかくとか軸足を複数持つのはいかがでしょうか?? 私も同じく絵を見せるのが苦手で、さらに人の目が気になって、評価も気になるし本当に面倒くさいタイプなのですが、 居場所をいくつか持つと絵の評価や褒められも客観的になれる気がします。(これはジャンルの人気だなーとか、私はこの絵柄だと誉められやすいなとか) お辛い気持ちやコンプレックスは同じく持っているので、なかなか気軽に大丈夫ですとは言えませんが、きっと解消できると思います。 褒め言葉は素直に受け取っておくことは心の健康にいいと聞きますし、もしかしたらトピ主さん色々不安を感じすぎてお疲れなのかもしれません、まずは心を元気にしてあげててください。
コメントありがとうございます。 評価をいただいたとは言いましたが、私はジャンルの規模が小さいところにいるので、どんなものでもRTをするような風潮が少なからずあるんじゃないかな……と思っています。ですので大した画力はないのです……。 ですが、絵柄を変えてみるということは考えたことがなかったので、まずはそちらを試してみたいと思います。 ペン先から好みの絵が出てくる感覚、未体験なのでちょっと楽しみです。
コメントありがとうございます。 他人の消費物……そうですね、描いた絵を誰にも見せないでいるととても落ち着くので、おそらく無意識にそう感じているのかもしれません。 他人との境界線どころか、私は人の評価はまったく必要ない、自分さえ満足できればいい→でも下手すぎて満足できない……のループにいるだけかとずっと思っていましたが、あなたのコメントを拝見して色々と気づくことができました。 つい先日、数年前の自分の絵を見る機会がたまたまあり、あまりの酷さに倒れそうになったのですが、そこで思ったことは「上達した!嬉しい!」ではなく「今の方が多少マシだな……」でした。 仰る通り、このままでは劣等感はなかなか消えないのかもしれません。 絵の練習もしながら、提案していただいたことを実践してみて、少しでも楽になれるように頑張ってみたいと思います。
コメントありがとうございます。 自己肯定力もそうなのかもしれませんが、その力を上げるためのものが無い状態なのです……。 お腹が減ったら何か食べれば良いのですが、食べる物が無くて困っている感じです。
コメントありがとうございます。 居心地の悪さ、まさにそのような感じです。人の目に触れているのが辛いんですよね……。 あなたの提案内容とは少しずれてしまうかもしれませんが、前々からプロにアドバイスを貰いたいなと思い、即売会などでやっている出張編集部に行こうかと考えていました。(特に商業漫画家志望ではないです) しばらくはこそこそ絵を描きつつ、出張編集部へ持ち込むものを作ったり、提案いただいたように他の居場所を持ったりしてみようかと思います。 お気遣いまでありがとうございます。あなたもあまりご無理なさいませんように。
趣味の世界のお話なので、創作物を全て処分するのも自分しか見られない状態にするのも勿論トピ主さんの自由なのですが、それはそれとして「トピ主さんの創作の目的はなんだろう?」と思いました。 例えば自分が創作をする時に考えることは、「見た人間を少しでも自分の世界に引きずり込んでやる!」ということです。一次創作でも二次創作でも「自分はこんな世界が好きなの!知って!出来れば見た人も好きになって!」と伝えることが目的です。 私は絵も文も大して上手くはありませんが、自分が満足できるレベルまで自分の表現力が到達することは絶対にない、と割り切っています。その一方で、以前書いたことも忘れたような過去作を見つけて「随分と情熱にあふれているなあ」とほほえましく思う事もあります。 つまるところ、創作の目的がはっきりすれば、「絵を他人に見せる必要があるのか」「人に見せる辛さを解消する必要があるのか」もはっきりするんじゃないかなー、と思った次第です。(見当はずれのコメントでしたらすみません。)
コメントありがとうございます。 創作の目的は自分でもあやふやなのですが、おそらく脳みその中の整理や、絵という表現方法を楽しむことかなあと思います。誰かに知ってほしい、といったような気持ちは持ったことがないです。 そう考えると、他人に創作物を見せる必要はまったくないですね。それでも絵のことを考えると辛くなってしまうので、もしかしたら無意識下に何かあるのかもしれません。今はまだピンと来ませんが……。
文章を読んでいてとてもお辛そうだなと思いました。コメント失礼します。 絵を描くのは好きで子供の頃から描いているトピ主さんはきっと天性のお絵描き好きだと感じます。誰にも見せなくても絵を描き続けられる、これは誰でも持ってるものではないです。絵を描くのが好きだという気持ちをまず大切になさるといいと思います。 そして、劣等感って「他人との相対評価で生まれるもの」だと思っています。他の方への回答で「食べるものがない(自己肯定する要素が自分の中にない、という意味に解釈しました、違ったらごめんなさい)」という表現をしておられましたが、他人と比べて自分の中に誇れるものがない、と感じていらっしゃるんでしょうか。 もしそうなら、「そんな自分でOK」と今のありのままの自分を自分自身で包み込んであげるような気持ちが持てたら、少しは楽になるかな…と思いましたが、いかがでしょうか… 自己肯定できない自分でいい、劣等感持っててもいい、みたいな。とりあえず、自分の中に何もなくてもいい、という「何者でもない自分」の肯定です。 そして、絵を見せるのが辛いなら、見せなくてOKだと思います。今の時代はネットで世界中の人と繋がれるので描いた絵を世界中の人と見せ合いして共有できますけど、それでも「描いたら見せなきゃいけない」って決まってるわけではないですし、見せないのも有り、たまに試しに見せてみる、すぐ絵を引っ込めるのも有りです。ルールはトピ主さんの気持ち次第で決めていいと思います。 ただ、絵を見せるのが辛いなと現状感じているのであれば周りの人への気遣いよりもトピ主さんご自身の気持ちを最優先にした方がいい気がします。 絵を描く行為自体は好きなのに絵のことを考えると自己嫌悪になるのはどうしてなのか。そこにトピ主さんのボトルネックがある気がします。 何か少しでも力になれればと思い書き込んだ割にはまとまらない文章になってしまいましたが、何か一つでもトピ主さんの悩みの解決の糸口になれたらと思います。
コメントありがとうございます。 仰る通り、「食べるものがない」=「自己肯定する要素が自分の中にない」という意味です。 私はデッサンはできず、構図や塗りなども下手、特に個性的な絵柄でもないので、そんな自分の創作物のどこを肯定したら?と思っています。他人と比べてるつもりはなく、絶対評価として「下手で価値を感じないもの」としていたのですが、もしかしたら無意識に相対評価をしていたのかもしれません。 「このままの自分でOK」……なかなか難しそうですが、なんとか意識してみたいです。絵だけではなく、「私って本当駄目だなー!」と考えることも普段多いので、意識が変化すれば色々と楽になれるかもしれないです。(そうだといいな……) 絵の方も無理にアップしたりせず、自分の気持ち優先でのんびりやっていこうと思います。