本を出す 本にしても悔いのない文章にするため10回くらい推敲する羽目になるからそしたら愛着湧くよ
愛着を持てるネタで書く すっごい萌えると思った自分的に珠玉のネタは、何年経って読み返しても多少拙くてもやっぱり萌える あとは単純に研究かな 商業のごく普通の小説を読むとき、読みやすい文、きれいな響きの言葉、ひらがなと漢字の比率とか色々考えながら読んだりする そういうのするようになってから自分の作品も文が読みやすくなったなと感じる
身も蓋もない話だけど、旬ジャンルで書くこと いいねブクマがしこたまついてると「けっこうな人数が良いって思ってくれてる!自萌えできないのは見慣れてしまっただけかも」って思える
本にしたことはあります。推敲も納得するまで何度もするタイプです。ですが、時間が経ってみると、なんだか面白くないというか萌えないというか…なんですよね。ちょっと完璧主義すぎるのかもしれません。
書き終えた作品だからしょうがない、新たな作品に萌えて、どんどん作っていこ
たしかに、まだ萌えを作品に書ききれていないのかもしれません。するべきはまずは自分の性癖を知ることのような気がしてきました。本は仕事柄のこともあり、かなり読んでいる方だと思います。
実は旬ジャンルで書いていました。あまり評価が創作の原動力にならないといいますか「とにかく自分の読みたいものを書きたい!」というタイプです。読みたいものを書いているはずなのに、時間が経つと「なんか違うなあ…」となるんです。評価をあまり気にしないからこそ、と言いますか…。
>>6
そうですよね。今までのことが無駄になるわけでもなく、確実にうまくなっている(と思いたいです)はずなので、納得できるまでどんどん作ってみる、というのも大切なことですよね。
自分だけかもしれないんですが、枠や殻を破って情熱のままに書いたものほど愛着が湧きます。下手なんだけど、それを超える何かがこもるのか、いつまでも大切な作品となってます。 反対に、推敲を重ねてお利口さんに綺麗に整えたものにはあまり愛着が湧かないです。 一時的に満足して終わってしまうんです。 形を気にするあまりに、萌えやリビドーが無自覚な所で引っ込んでるのかもしれません。 自分の場合は、とにかく気取らずに、背伸びせずに気持ちのままに書いたものに愛着が残る感じです。 評価ははなから捨ててます。 自分だけのために書いてるって感じで。
自分も同じタイプです そして自分は何をやっても愛着を持つのは難しいです でもそれが悪い事だとも思ってないので、とりあえず書いたら終わりだと思って良くも悪くもそれ以上考えません 愛着がなくて自分で読み返す事すらなくてもその時一生懸命書いた事実は消えないし、自分以外に楽しんでくれてる人が存在するならそれで良いと思ってます
>>10
なるほど…と思いました。私はちょっと、うまく書けたかどうかというところに、結構囚われているのかもしれません。それが創作中にも影響して、まだまだ殻を突き破れていないようにも感じます。 もっと自由にのびのびと。そんなふうに創作できたら楽しいし、思い出にも残りますよね。
>>11
その時一生懸命書いた事実は消えない。本当にその通りだなあと思いました。結果より過程をもっと大事にできたら…。きっと愛着が湧くのだろうなあと思います。それがなかなか難しいのですが…笑 あのとき頑張って書いた自分を褒める気持ちで、作品を読み返してみようと思います。