自分という人もいるし、読者さんって人もいるでしょう。どちらが正しいと言うより、どちらも一理ある、ですね。 けど、私は断然自分です。私は私が萌えると思った妄想を私のために書いて、繰り返し読んで何度でも萌えるために本にしているんですもの。頒布はあくまでお裾分け。 それに、万人が万人受け入れるストーリーなんてありません。“誰かのために書く”ばかりだと段々メンタルしんでいってしまう気がします。 プロではなく趣味で書いているんですから、自分のため9割以上、残り数パーセント読者さんを意識するくらいのさじ加減でもいいと思います。
趣味で書いて無料で見れるようにしてる、もしくはお金を取っても同人誌の頒布程度なら、自分基準でいいと思う。商業作品なら、売るために読者のウケも狙わないといけないのかもしれないけど。なんにせよ、感想や意見なんて個人の価値観でしかないし、そこに絶対の正しいも間違ってるもないと思う。自分で面白いと思っていれば、悪評があっても、この人には合わなかったんだな、で済むからそんなへこまないし。
あくまでも趣味だから自分が読みたくて書いてる 自分が読みたいものは自分で書かないとないからって理由もあるし 単純に書くのが楽しいから書いてる 人のために書くのは無理だな
>>5
ごめん、面白いかどうかって答えてなかった 自分で書いた話は自分の好みそのものだから面白いと思ってるよ
ストーリーや推しカプの描写について萌えるかどうかを決めるのは自分だけど、面白いって思ってもらえるかを決めるのは読み手だと思ってる 自分は両立してる話が作りたいから、自分の萌えをいかに面白いストーリーとして読んでもらえるかに重きを置いてるよ 他の人の作品を読んでても「書きたいことは分かるけど読者が置いてけぼりだな……」って話は、創作として好みじゃないなって思う 誰かにつまんないって言われたことはないけど(そもそも女性向けでこれを作者に言う人を見たことがない)、もし言われたら何がどうつまらなかったのかを具体的に教えてもらって次に活かすと思う
友達いない陰キャぼっちかつ自己肯定感が死んでいるので自分の評価しか信じない。 自己評価はチェック方式にして足りない部分、達成できた要素などのトータルで判断して、「面白くないな」って結論に必ずなるようにする。 他者評価は信用しない。何かのバグと思うようにする。 書いた話に対して満足した状態というのは執着しなくなることなので、新しい話に取り掛かるとそちらを優先することになるから大体は満足した状態になる。 客観的な評価については知らん。
たしかに面白い小説は書いてないんだろうなって文章で説得力あるね
読者。 自分は書くことで自分を満足させている。後で読み返してこのカプが好きだったな~と確認するために書いているので、面白さも過去の自分に向けて書かれたものになっている。自分がこれを面白いと思うのは当たり前 読者が面白いと思うかは読者自身の素質がどうなっているかによると思う。私は100%面白いから。読者からいい反応がないので、そういうこと。でも主成分が自己満足なので特に問題なく公開している
読者かな。 自分が書きたい話を書くけど、自分の作品を読んでも楽しいかどうか分からない。 そもそも、読みやすいように工夫はしているけれど、頭の中の妄想を書いて満足しているだけなので他者の評価はあまり気にならない。
面白い話が書けたが、それをつまんないと思う人がいた、と言う状況は成立するというかそれが普通だから決めるのはどっちでもありどっちでもなくねと思う。
どっちも正しいというか正直な反応と捉えてる 同人に関しては自萌えできるから自分基準で楽しんでるよ
趣味なんだから正しい正しくないなんてジャッジすること自体不要なんじゃないかなと思う 人によるし、自分がどっちを重視するかの按配じゃない?どっちからも面白い方がいいに決まってるんだし 自分ではいまいち面白いと思ってなくてもあげる人だっている(読者が欲しいと言うから、ログとして) 人様に迷惑をかけず楽しく踊ってられるオタクでありたいと思ってる 商業ならもちろん仕事だから読む人最優先なのは当たり前
面白いかどうかは主観でしかないし、自分と同じ趣味感覚の人がいるかどうかによるからなんとも言えない。 同人誌に関しては文章は凄く上手く読みやすいのに全く萌えないなって方が結構いる。 下手でもわかる〜萌える!って人も居るからね。 今描いてる二次小説が評判悪いなら、まずネタが面白くない、ありきたり過ぎるのだろうから評価が得たければ必死にリサーチするしかない。 趣味なんだから自分が面白いと思うものを書き続けて共感できる人が現れるのを待つでもいいし。 ただ二次小説に限ってはどれだけ上手くても主人公に興味がない地域読んで貰えないし楽しくない(カプ的人気がない )
自分が面白いから書くんだけど、 読者から反応が悪いのは自分の力不足なのかなと思ってる。 でも読者も色々だから全部は鵜呑みにしない。
自分が理想とする高名な作家ですら万人に好かれてるわけじゃないからね 高名だからこそ「どこが面白いの?」みたいなこと言う人もいるよ だからってそれがすべての読者の意見かって言ったら違う。そう思う人もいるというだけ つまり読者の意見なんていう曖昧で定まらないものを目標に書いていても自分には何も残らない。読者の面白さ基準で書くなら自分が書く意味はない だけど人に読んでもらうために創作するものであることも確かなので、自分の感性が全然受け入れられないと感じてきたとしたら自分的にはやめ時だと思ってる
自分は読んでくれた人かなあ 自分が書いたものに対して面白い面白くないの判断していないかも 書きたくて書いた、ってだけ 評価がつくと、面白いと思ってもらえたんだなーと思う 時間が経った時に読み返して、面白いなあと思うものもあるけどそれはやっぱり外からの評価もされてることが多い
圧倒的に自分〜!そもそも「自分の萌えは他人の萎え・他人の萌えは自分の萎え」って言葉もあるじゃん 自分が読み返したときに面白ければ問題ないよ
自分が面白くて自分が文字の塊で見たいから投稿してる。読み手が面白くなかったって言っても、へー。としか思わない。別に読み手に面白いと思わせたくて書いたわけじゃない。
趣味だからもちろん自分にとって萌える面白いと思える物 だけど思いがけず数字が取れたり反響があると「こういうのが好まれるのか…自分にはこういう作風が合うのかな」とか揺れ動く
自分 ※仕事ではない場合 人の意見の左右されていると、しんどい思いをするので 知らんがな。自分の性癖に刺されば良いんやわの精神
自分以外いなくない? 他人の反応気にして創作してたら多分そのうち潰れちゃうよ
あくまで自分の考えだけど無料で公開してる分に関しては自分が面白いと感じたからって気持ちは大事にしていいけど個人本に関してはやっぱりお金が発生する分読む人に満足してもらえるものを作らないといけないかなと思ってる。バランス難しい。
オフ本でも自分が面白いかどうかだなぁ 自費出版だしアマチュア作者に金払うと決めたのは読者だよね 個人の陶芸家から買ったりするとすぐ壊れたりするけど見た目が気に入ったし長期保存の保証求めては陶芸家に押し付けすぎかと思う 次は買わない選択できるし 自費で出版するとなると気が引き締まるから、より良いものを!と一応考えはするけど、やっぱり他人のためではない
屁理屈みたいになっちゃうけど、まずは一番最初の読者である自分が「面白いなー」って感じるのが大事かな じゃないとその先の、他人の読者の「面白い」も「面白くない」も存在しない
基本自分基準だけど、爆死して「うわー!面白くなかったかー!!」ってショック受けてるのも本当のところなので、他人基準にしてしまっている部分もあるのかも 実際爆死したものって、謎の恥ずかしさであとから読み返せないものが比較的多い 逆に「なんでこんな萌える話なのに爆死したんだよ!?」ってのもあるけど
自分が読みたい話しか書けないから、自分。読者にウケなかった時でも「ここが刺さらないだなんて……」とへこむ。でも自分の面白いと読者の面白いが重なったらそれは素敵なことだと思う。
読者 萌えと面白いは別だと思ってる。 このシーンめちゃくちゃ萌える!最高!って思う気持ちとは別に、客観的に読んでみて、アイディアが良くないとか、展開が平坦とかが由来で、またつまらない話を書いてしまった…って後悔することも多い
読者。 まったく自萌えしないから、完成した自分の作品を読み返しても面白いからどうかわからない。オチまでの流れ全部知ってるし。 書くときはひたすら読み手を意識してる。どうしたら萌えてもらえるか、どんな展開なら面白いと思ってもらえるか… 自分は特に面白いと感じなくても、読者が面白いと感じてくれるならそれが一番うれしい。
二次創作しかしてないから自分が面白ければそれでいい、よって面白さを決めるのは自分。「自分の作品なんだから、自分が面白いって思えればそれでいい」派です。 読んだ人から面白くないってコメントが来たらそりゃショックだけど、あなたには刺さらなかったのねと思って深くは気にしない。 言い方は悪いけど個人が勝手に書いた文章に正しいも正しくないも無い。(著作権的な正しさとは別の話です)書いた本人が満足してれば趣味としては成立するし、それを良いと思ってくれる人が他にもいれば御の字ぐらいの気持ちで買いています。
>>4
これだと思う
で?トピたてて一週間経ちましたけど、トピ主さんはどう思ったんです??