私のいるジャンルは神や大手ほど小説読んでる気がします(たまに質問されて好きな作家を答えたりしてる) でも勉強としてではなく単に好きで読んでるみたいなので、最初からインプット目的だと得るものが少ないかわざわざツイートするということはそもそもの読書量が少ないかのどっちかだと思う 小説読まないけど上手い人は映画や漫画をたくさん見てるんじゃないかな
なんとなく分かるよ。自カプの天井字書きは映画が大好きで小説はあまり読まないと言ってた 字馬や漫画馬には映画好きが多い気がする シーンの切り取り方が上手なのかな?これは小説だけ読んでも学べない力な気がするね
読まないと言っている字馬の読書量と、読みたいと言ってる普通の人の読書量は前者のほうが多いのでは 読まないと言ってるけど月に3冊は読んでる、でもその人は過去に月10冊とか読んでたから最近は全く読んでない感覚 読みたい読んだと言ってる人の量は月に1冊、今まであまり読んでなかったから読書習慣が特別感あって読むたびに読んだよとポストしたりする 数は適当だけどこういうことは割とある気がする、当たり前のようにしてることって本人は意識してなかったりするし ほかの可能性として、今はあまり読んでないけど過去は本の虫だった人も割といると思う、累積ではかなりの読書家みたいな あとは、本好きの周りも本好きが多かったりするから、周りと比べて全然読んでないって言ってる可能性もあるかも たくさん読んでるから二次小説が面白くなるとは限らないのはそうだと思うけど、ある程度書ける人がこれまでの人生で本当に全く文章に触れてないってあまりイメージ湧かないから、読書量についてはこんな感じかもって気がする
>「おすすめの本教えて!」とおすすめされた本を積極的に読んで感想を書いていたり、「時間があるからジャンルの知識を仕入れられるような本を読みたい」「次書く話の参考にしたい」と言って創作の参考になりそうな本を読んでいる 勉強中の人だからでしょう 本当の多読の人というのは子供の頃から読んでいてそれを知識としてではなく血肉として使っている 今読んでますな人はまだその手前だから材料を調理出来ていない 小説読んだことないという人でも漫画や映画などを見ていれば物語の構成や展開、人物の内面描写などを自然に学んでいることは当然あると思います 二次創作レベルでは十分面白いということになるのでは
小説を読むのが好きで、じゃあ自分も!と小説を書けちゃうというのはすごい才だということを大前提として。小説を読まないのに小説を書けちゃう人は天才なんですよ。だから面白いんです。天才が書いてるんです。
全然読んでなーいって言うのは言葉通り1冊も読んでない訳ではないというか、あまり読書量をひけらかさない、自分の創作のルーツやヒントになるような部分、影響を受けた方向性とかを知らせたくなくて言わないって人も多い気がする 頻回な読書アピールで堅苦しく見える、関係ない本の話ばかりで原作とカプ小説が目当ての二次創作萌え層に興味を失われる、みたいな客観的視点が無いタイプ、もしくはそれを無視してでも「ジャンル:自分の趣味」を披露したいっていうタイプが、萌えを求める層に響く萌え二次創作が書けてない、ってパターンもありそう 自ジャンルの常にちょっと難解なSFとか文学の感想ツイしてる人の二次創作は、悪くないけど文学的過ぎて微妙にカタいか、ミステリや怪談として話の構成は上手いけどキャラの二人称が違ってちょっと、みたいな人かだわ
>>6
自レス失礼。 自カプの神は学術書しか読まない(仕事の関係もあるらしい)と質問回答していました。
普段から一般書籍を読んでいます!という人がインプット経験をしている途中だとしたら、アウトプットをたくさんしてる方が人に伝える技術が高い その字馬の人は今本を読んでなくても、学校や仕事のレポートをたくさん書いた経験があるのかもしれないし、わかりやすく物事をまとめるセンスがあるのかもしれない
かなり大袈裟に書くけどミステリー小説ばかり読んでる人と少女まんが系をめちゃくちゃ読んでる人だったら、カプもののドキドキ感とかのおもしろさは後者が書いた小説の方が面白そう 単純に界隈とかで求められてる面白さの要素のインプット量の違いとかかなぁ?
ド偏見だけど 読書アピール強めの人は、読書が好きなわけではなく、読んだことが好きだから テトリスとかの消した列と同じなんよ本の扱いが 小説や物語が好きなわけじゃなくて、有名な作家とかバズった本とかだから読むだけ 流行りの服だから一着は持っておこうみたいな、そんな感じ んで自分で小説を書くとき「小説とはかくあるべし」みたいな、謎の指針に振り回されて、自分の中の萌えとかエモを見失いがちになる 小説っぽい文章じゃないとな〜って、浮かんだ言葉をありふれたフレーズに変えちゃったりする 物語として説得力が云々とか考えて、キャラがロボットだらけになる 読書は悪くない 読書アピールが厨二病くさくて痛いってだけ
そもそも他人におすすめの本聞いてる時点で、読書好きじゃないでしょ 読書好きな人は家に積読があり、本屋に行くたびに読みたい本が増え、興味のあるジャンルは年とともに増えていく一方で、ニュースや書評を読むたびに気になる本がまた増えるから、他人に聞いた本を読んでる場合じゃない。 でもそういう人は、あんま読んでないなーって言う。何故なら学生時代は年に200冊くらいは普通に読んでたから、本人比では読んでない。
アピールするってことは日常になってないってことじゃない? 日常的に読む人はわざわざアピールすることもないくらい自然に読んでる あとこれは私の周りの字馬だけど、彼らは小説以外の漫画や映画やドラマといったあらゆる作品に触れてるので、小説を読んだところで氷山の一角に過ぎないのかと もしくは文体が合わないか
文章力を磨くにはたくさん本を読むべきだと思うけど 面白いストーリーを書くためなら媒体は本に限らない、映画でも漫画でも物語が展開してるものは全て参考になる 私の周りでも読書アピールしてる人の文章は下手じゃないけど、構成とか言葉の選び方がチグハグでセンスや面白みが感じられない 読んだ本のいい所を消化して自分のものにするとか、臨機応変なアレンジが出来ない印象ある 二次創作なのに、原作の世界観と大きく剥離していたら没入できないけど、我流のまま合わせられないというか… 本たくさん読んでるだけでは創作にあまり意味がなく、書く時に使うアタマは違うんだろうな
既に出てるけど「字馬は小説好きより映画好きが多い」ってのは、確かになんかわかるな。 ここから先は単なる自分の想像だけど、映画って小説に比べて製作にかかる金が段違いで「売れなかったら赤字になって大変なことになる」ので、小説に比べてウケよう売れようという熱量がすごいし、大勢を楽しませるためになりふり構わない感じがある。 小説家で「少しでも多くの人を絶対に楽しませたい!!!」って熱量がすごいタイプって(いなくはないだろうけど)そんなに多くないような。それより自分の理想を追求したい人が多そう。 なので小説読みまくってる人より、映画を見まくってる人の方が「一般受けする面白い話を作る」能力は高くなると思う。もちろんそこから学んで自分のものにできる力があることは前提で。
文字数アピールする人の作品が面白くないに近い質感がある 一冊一冊に向き合うことではなく読破した冊数を誇ることを選んでいるなら、目的と手段が入れ替わっているしむべなるかなというか 冊数に並行して読んだ本の感想をそれなりの熱量で書いてたりするなら別だけど
小説たくさん読んでるアピールってそれは所詮「小説を読むのが好きな人(一般消費者)」でしかないというか、物語を作る豊かな想像力を持ちつつそれを創造する才能とは別物だからじゃないかな。 積極的にジャンルに関する小説を読んで勉強していようが、例えば教科書を読んでても全員が必ず勉強できて頭良くなるわけじゃないし、 絵描きだって漫画をたくさん読んでたり美術に精通してるアピールしてる人が必ずしも絵や漫画が面白くて上手い訳では無いのと同じ現象かなって思う。
映画好きで映画いっぱい見てるけどストーリーテリングが下手な絵師字書きもいっぱいおるがな まして映画好きの一般人なんていっぱいいる たまたまトピ主のジャンルの字馬が一般書籍読んでるアピールしてないだけなのに傾向とは
小さいころから本棚に囲まれて生きてきたけど、そもそもオススメの本教えて!勉強になる本教えて!とか尋ねたことないな……。 ジョ○ョじゃないけど、「尋ねる前にすでに自分でモリモリ読んでいる」ので尋ねる必要がない。オススメされた本より自分の積読が大量にあるのでそっから読みたい。 その字馬も読んでないというより、昔は大量に読んでいたのに比較して現在はあまり読めてない、というだけなんじゃ?
>このような現象が起こる理由としては何が考えられると思いますか? 多分トピ主の好み 一般小説のフォーマットから外れた斬新なものを求めてる可能性が高い 「するすると頭の中に映像が浮かんでくる文章」はファン目線がわかってるからこそで、トピ主がそこを重視しているなら 一般書籍のやり方に寄せて行儀よく書かれてても別に刺さらないよってことなんだろうなと
トピ主です。コメントありがとうございます。まとめての返信になり申し訳ありません。 ここまでのコメントで出てきた考えられる理由としては ・字馬は小説に限らず映画や漫画からインプットしている可能性がある ・「おすすめの小説」を聞いていたり読書報告をする人はそもそも読書が習慣になっていないので全体的な読書量としては少ない ・「小説を読まない」と言っている字馬は実際には読書量が多いこともある(本人の中では「読んでいない」扱い、または謙遜や読書自慢にとられたくない等の理由) ・インプットとアウトプットは別の能力だから「読書量=小説の面白さ」ではない ・たまたま小説を読む人の書く話がジャンルだとウケない ・読書経験を単に「消費」していて創作に生きていない あたりでしょうか。 確かに字馬は小説は読まなくても漫画や映画などいろんなコンテンツに触れている気がします。(トピ主のジャンルの天井字書きも映画や漫画が好きでそれ以外にも趣味が多いフッ軽な人でした) あとは普段から読書をしている人は表立って読書経験をいう必要がないのかもしれないですね。昔は本の虫だった人も中にはいそうです。そう考えると今の読書習慣と小説の面白さは本当に比例しなさそうですね。インプットしたものをうまく生かせるか否か、も関係してきそうです。 様々な意見が聞けて参考になりました。普通に読書量と小説の面白さが比例する界隈の話も聞けて面白かったです。 色んな意見を聞いてみたいので、もし他にも考えられる理由などあれば書き込んでいってほしいです。
純文学に傾倒した二次創作書く人って萌えどころが分かりにくくてつまんない人が多い。 地の文がかなり多め。会話文もあるけどテンポがあんま良くない。 文章を読み慣れてない読み手には理解しにくい文章を書きがち。 逆に小説を読まず、映画やマンガ、ドラマのインプットが多いタイプは映像と脚本家の書く台詞に慣れてるから、テンポのいい会話を書くのが得意な人が多いし、大量のインプットで色んな映像を記憶してるから、目に浮かぶような描写が得意なんじゃないかな。 そもそも二次創作ってだいたいマンガ、アニメ、ゲームの原作が多いから、読書より映像に慣れた読み手が多いはず。そうすると万人に理解されやすくて萌えどころがわかりやすい、映像やキャラの掛け合いが目に浮かぶような小説を書ける人のほうが受け入れられやすいんじゃないかな。 逆に小説が原作の二次創作だと、地の文多めの文体のがウケそう。ラノベは映像的な小説書くほうが良さそうだけど。
前ジャンルの字馬はそんなに本読まないと言っていたけど本人比(昔読んでた)って感じで、あと勉強のためではなくて純粋に楽しむために読んできた感じだった 映画は苦手であんまり見ないって言ってたな ただ話してると人生経験が豊かで多趣味、友達も面白い人が多いみたいで、そういうところからの無意識のインプットがあるのかなーと思った 話がドラマチックというより、そんな視点があったのか…とはっとするようなタイプの字馬だった
逆に美術館を巡るのが趣味の人がみんな絵が上手いのかって言われたらそれとこれは別だろうってなるから、読書も同じようなものじゃない? 本を読むほうだけど娯楽であって自分の創作に生かそうという発想はない
すごく腑に落ちた
素朴な疑問なんだけど なんで「読んでるアピ」が途中で「=実際にたくさん読んでいる」って前提にすり替わってるの? トピ主の「この小説は面白い」って判断は正しいの? 意図的かどうかはわからんが、この2点が事実として曖昧&客観性なしで、「我の思うつまらん字書きは一般書読んでるアピがウザい」って個人の感想的結論にしか導かれないと思うんだけど… 例えば「字書きの方に質問です、普段一般書籍はどのくらいの頻度で読みますか? 読んだことをSNSで報告しますか? 界隈での評価はどんな位置付けですか?」とかの質問群ならある程度参考になる意見が字書きの人から出るかもしれん(それでも「界隈の評価」はあんまり当てにならんよね)
一般書籍って一口で言っても色々あるからなぁ。 本屋大賞とかとってるのはエンタメ性もある売れ筋の本らしいけど、有名作家でもエンタメ性ガン無視な作品書いてたりするし。昔の名著とか「えっそこで終わるんすか?!」みたいなのもあるし。 エンタメという面ではそれこそライトノベルが一番特化してるんじゃないかな。 アウトプットするにはインプットが必要だけど、 インプットしたからといってアウトプットできるとは限らないってことでは。
アピールしてないだけで月50冊とか読んでる人はゴロゴロいる。呼吸と同じように活字飲んでるオタクいるよ。 そもそも「全然読んでませーん」なんて口に出して言うのも疑わしいけど。中にはいるけどね、読まなくてもかける人。でもそんな天才は稀だからなあ。
上手い人の小説読まないって言ってる量がそもそも違うんだと思うな、多分
これ
読んでる本がどういう種類かによる ラノベとか宮部みゆきとか東野圭吾とか国内のエンタメ作家だったらまだ面白い二次小説書いてくれそうな感じはする 普通の人は読まないようなタイプの小説だったら「純文学の賞にでも応募してろ」と言いたくなるようなオナ◯ー小説繰り出してくるんだろうな~って印象になる 学術書や専門書だったら論外 うちのジャンルにも難解な文学の話ばっかしてる字書き居るけど はっきりいってクソ面白くない小説しか書かない だから小説天井が8000とか行く人気カプなのにブクマも2桁止まり まあ本人は高尚様仲間と歌会とかやってて楽しそうだから好きにすればいいんだけど そういう人の小説ってカプを素材にして自分のやりたいことやってる感が強くて苦手
>>32
ちなみに普段難解な小説を読んだりするのが好きだけど オタクアカでは映画の話だけをしているパターンは神字書きに多い(私調べ) オタクアカではそういう難解な小説の話を求められていないことを理解しており、 なおかつ「そういうのを呼んでいるアタシ」という自我を出す場としても使っておらず、 この場で多くの人に支持される・受け入れられる自我のみを演出するという自己客観視のある人だけが 界隈で神字書きと呼ばれる小説を書けるんだと思う 見てみて私ってこんなに難しいもの読むんだよ!とか 見てみて私ってこんな小説が好きなんだよ!同じような人友達になって!とか そういうのが先行してる人の作品は どうしてもその人に似ていない他人にとっては独りよがりでつまらないものになるからね
トピ文冒頭だけで赤べこ並に頷いちゃった! 自カプの読者アピ純文学アピ激しい字書きの小説、面白くなさすぎて読み進めるの憂鬱になったもんな。比喩がくどかったり難解な漢字をやけに使いがちだったりも気になったし、何よりストーリーがつまんなくて結局読破できなかった。 字書きの最大手の人は読書アピールしてる印象ないけど、情景が浮かぶ文章だしストーリーも面白い。映画好きかは分からない。
字馬って本を読んでいるアピールやら他の事柄のアピール分の熱意(時間)を創作に持っていくのが普通なタイプが多い 聞かれたらそのまま答えるけどわざわざ自分から言わないのは自分のやってる事=一般書籍を読むを特別と思ってもないから そういや読んでるけど「沢山読んでます!」と言う熱い字書きの言葉を額面分通りに受け取って自分そこまでじゃないかな~と思って「全然小説読まないな~」と言ってそう
そもそも漫画や映画に比べ小説は読まれない(映画化されてヒットしても原作小説は読まれないことも多い) 小説好きが集まる界隈なら別かもしれないが、アニメや漫画好きが集まる世界では小説を参考にした文章より脚本よりのわかりやすい文章を出力した方が数字は取りやすいと思う 自分の印象としては本を読む習慣のある人で、「文章は整っているが話は面白くない人」と「無駄のない文章で面白い話を書く人」両方いた 自界隈の天井付近はエロとか恋愛もので溢れてて書いてる人の読書歴まで興味もったことないからわからんけど… 映画は正直htrでもたくさん観てる人は観てる インプットが多くても感性の乏しさから自分の創作に活かしきれない人も多いだろうし、上手い人はその逆なのかなと思う
これofこれ
拍手したくなるコメント👏
創作論では「本を沢山読む」ってお決まりだけど、実際にはその先で少なくとも ①内容への理解力 ②内容を吸収できる記憶力 ③蓄えた知識を状況に応じて引き出せる脳の瞬発力 あたりを備えた人がたくさん本を読んだら話作りが上手くなるんじゃないかな そうした才能のある人は①〜③を人類の標準的な能力だと思っているから「本などのエンタメをたくさんインプットしよう!」みたいな創作論に帰結するし、文字通りに行動しても実を結ばない人が続出する 字馬や神が書いた観劇とかイベントレポートって、メモがそうとれない状況下で記憶力良すぎないか?ってなることしょっちゅうある
>>32
うわぁ……典型的な高尚様が現れた。 このような「ワタクシは他創作者を評価する目を持っていて公平な意見で物申せます」っていう仕草が高尚様の証です。
刺さっちゃったか~wwwww