あなたの場合は上手くなるしかないと思う ある程度の技量がつけば自萌もできる 今はまだその段階じゃないのは、トピ文を読んでいたら分かったので……
> ・自分が書ける小説はある程度文章が書ければ書けると思ってる そんな箸にも棒にもかからないような内容の話を書いてるの? 小説って日本語が書ける書けないじゃなくて、物語というかストーリー展開や発想力が重要だと思うよ そこを自分の好きなように書けるようになれば、好きになれるんじゃない?
自作が好きじゃない、他人に評価を委ねている、どんどん病む つまり自分だけじゃなくて他人からの評価も芳しくないってことだよね 自作が好きじゃなくても自己評価低くても創作はやって行けるけど、自作が誰でも書けるような話だと自覚してるなら 自分にしか書けない作品を生み出せるようになるしか、他人からの評価を上げる道はないのでは 他人の興味を惹きつけたいなら、上のコメにも書かれてるけど文章力より発想、物語を読ませる想像力だと思う どうやったらその力がつくのか、他人に教えて貰って簡単に身につくものじゃないんでじっくり考えてみてください
他人から好評を得れば自信がついて、自作を好きになるかと
自分が下手だと分かってても愛着は持てるし、どんなに上手く書けても自萌えできない時もある 出来上がる結果(作品)どうこうより、まず大好きな原作への愛情表現で創作してるんだ、という過程を楽しむ基本に立ち返ってみなよ
自分のキャラ解釈が一番好きなので自分の作品も好き 文の技巧は二次創作では瑣末なことだと思っています というか、疑問なのですが自分の作品が好きじゃないのに創作はしたいという理由はなんですか? それを突き詰めれば自分の作品も好きになれるのではないでしょうか?
自分の癖とか解釈とか詰め込んでる 正直文章とかストーリーの構成力は大したことないけどとにかく好きなシチュエーション全乗せしたら楽しい 二次創作なんで原作のこういう推しのセリフがいいんだよなってのを取り込んだりとか こういう行動してたならこういうのも好きなんじゃないかって色々考えて表現して、自分の楽しい感じに書いてる あんまり他人には受け入れられないだろうなって前提だから、細々とやってるよ 評価とかに病む時は疲れてるので休憩して外部の情報見ないようにして気を紛らわせてる
同担拒否気味だから周りの作品ほぼ見ないんだけど 結果的に自家発電してマジで推し最高〜↑↑して自作何回も見て楽しいし幸せだし、そもそも他人と比較する機会がない なので単純に周りを見るのをやめたらいいんじゃないかな。推しを好きで色々妄想して遊ぶのに他人は必要ないんだよ それとも自分が誰よりいい作品を作ってその二次創作の神になりたいみたいな野望がある?だとしたらまた話変わってくるよね
私は自萌えする二次創作字書き。 なぜなら性癖も解釈も表現もドンピシャに好きなものを書いてるから。なおかつ、マイナージャンルに嵌りやすくて自分が書かなきゃ好きな話読めない…というのがモチベで書いてる。 逆に二次創作で自作好きじゃなくて他の人凄いって思えるなら無理に書かなくてもいいんじゃないかな? 自分より萌える話書いてくれる人居たらこんな面倒な事する必要ないもん。
真逆。 ・同テーマ100人いたところで私の話は絶対に私しか書けないと思ってる ・好きしか詰めてないから好きのみで形成されてて最高!としか思わない ・自分の話は何度も読み返す。人の作品の10倍自分の作品を読む。普通に笑うし泣くしハラハラもする。そしてまた読みたくなって読むの繰り返し こうですね。何でそう思えるの?って聞かれても、逆に何でそう思えないの?としか思わない。文字の世界は自由なんだし好きな文いくらでも書けるじゃん、書けばいいじゃん。と思う。
・そもそも自分が好きだと思ったもの自分が評価できるものを人に見せてる ・作風を確立してて界隈でこういうの書くのは自分だけってのがある 逆に自分が好きじゃないものや評価してない自作を人に見せることはできないから、トピ主さんがどうしてそれができるのか知りたい あと他人の評価に価値を任せてるとあるけど、数字はどれくらい取ってるんだろう 自分は自萌するけど四六時中自作を読み返すわけじゃなく、支部の通知オンにしといてたまにそれ見て、ありがとーこれが気に入ってくれたのね!って読み返すよ
トピ主はこだわりとか独自の解釈とかない? 例だけど「スパダリA×はわわB」が主流の界隈でトピ主だけ「キザだけど実はポンコツA×すべてを受け入れるB」が好きとか、女体化を極めてるとかそういうの こだわり強くないと自作品のこと好きになれないと思う
創作って二次でも一次でも結局は自分を出すわけだから、まずは土台の自分をしっかり認知しないといけないんじゃない? 私はこういう人間だ、って自分を理解してるかってこと。もちろん良いも悪いも含めてね。 だからそこが出来たうえで出した話は今までとは違ってくると思うし、自萌はそこからがスタートだと思う。 ちなみに私は私の作品は私しか書けないと思ってるけど(文字通り一言一句同じものがでてくることはないし)、それは細かいところに自分らしさを見出だせてるから。 言葉選び、テーマ設定、重視する描写や解釈。んでこれらのきっかけになってる自分の人生経験も、基本は凡庸でありきたりだけどその中で「これが私を作ったきっかけだな」「ここは人とは違う視点だな」「私はこういうところに敏感なんだな」って理解してるから、表(作品)に出てきた時もすぐにわかって「私だから出来た」って感じられるし、その違いが他人にはない部分もあると対話で知ってて強みだと思えてるから自萌も出来る…かな。 こういうのって人と話してるとわかることだから、そういう会話する機会を増やしたらどうだろう。 評価じゃなくて分析ね。でも「トピ主って〇〇なときすぐ落ち込むよね」って感じの言葉でも批評されてるって感じるなら、まずは自分のやりたいことをとにかく探して、自分を癒してからやるといいよ。 楽しく創作できるといいね!
良いと思われる文章が書きたいの?萌える話が書きたいの?それによって違う気がする まず、自分が萌えないストーリーは他人も萌えないと思うから表に出してない。自分でヤベェ好き!って思えるものだけにしてるから公開してる自作品は全部大好き で、自分の話が萌えると思ってるからいろんな人に読んでもらいたいし、ぶっちゃけ評価もされたい。だから上手くなろうと思った。とにかくたくさん書いて、過去作の下手だなって感じる部分を自分で添削したりした そうやってきたら評価も増えてきたし、自作読んで萌えることもできる。今は楽しいよ
自分が書きたいと思うものを書けば良いと思うけど、とりあえず、上手くなるよう努力するしかないと思う。上手くなったらそれなりに好きになれると思うよ。プロの小説家の小説をよく読もう。
・良いと思われる特徴がわからない 少し意地悪な言い方だったら申し訳ないけど「だから周りが感想や評価でいいところを教えて、褒めて」と思っていることへの裏返しなのかもしれない。そうじゃないと心から思うなら、まったくひとつもいいと思えない創作を完成品とするのではなく、ここだけは気に入っている(たとえばあるセリフ、中盤の展開、攻めの感情など)ってポイントを各作品に1つは作るように考えながら創作してみるのはどうかな ・自分が書ける小説はある程度文章が書ければ書けると思ってるでも他人が書いた小説は、絶対自分は書けないと思ってる。 もしそうだとして価値判断は「その作者しか書けないかどうか」なのかなと考える。言葉どおりに考えると100%同じものはその人にしか書けないよね、どんな文章でもそれは同じ。そうではなくネタや展開や表現が凡庸で誰にでも書けるって意味なら、自分がそう感じるところをこれから成長できる要素として高めていけばいいんじゃないかなと 自分が自作で好きなところは、キャラのバランスが自分の好みだっていう点が大きいかな どんなキャラでも性格や特徴ってあると思うんだけど、たとえば怒りっぽいキャラだとして、怒り方や怒る理由なんかのバランスが自分の好みだから読んでいて楽しい カプでも仮にケンカップルだとしてケンカの仕方や恋愛展開になったときの甘さ具合なんかは自作が一番自分の好みだからいいなと思える 文章は特に好きではなかったけど、好きじゃない部分を直していった結果、読みにくくはないしこのパートは言いたいことが分かりやすく伝わってくる気がする、みたいに思えるようになったよ
もう出てますが「好き」・解釈を惜しみなく詰め込むことかなあ Bにだけは優しいA、Bの前では笑うA、他のキャラがそれを見たら「Aさんってあんな顔をするんだ」と驚く そしてAとの出会いで自分自身を好きになれたB こんな話ばかり書いてる
「自分程度が書けるものは誰でも書ける」「良いと思われる特徴がない」「他人の作品は素晴らしい」 これ、単純に自分への自虐が気持ちいいからやってるだけでしょ 自分で卑下していれば他所から攻撃されるリスクが減って安全だもんね 大方、他人が同じこと言ってたら慰めるし、いいところ探しできるんじゃない? 自分も同じだから良くわかる 自己卑下と客観視を混同してる 自制・自省して調子に乗らないように心がけることと、自虐・自傷は違うし、それはトピ主にも他人にもメリットがないことだよ メリットを感じる奴ぁクズだから捨て置け とりあえず太陽を浴びろ 運動して栄養取っていっぱい寝ろ メンタルを病む時、肉体も必ず病んでいる
自分が何に心躍るかを一回遊び抜きで真剣に考えたり向き合ってみたら?自分自身の考察を自分でめっちゃ深くやってみる感じ。 趣味思想が固まっててそれを出力するのが楽しいのか、論説やを技法を実践するような作業そのものが楽しいのか、創作をツールにみんなと一塊でワイワイしたいのか的なそもそもの指針を見つけると精神安心すると思う。そういう軸おさえてると完成した作品自体がそこまで気に入らなくても、出来上がったものとか出来上がるまでに得たものに対して価値感じてそれ通して作品自体も大事に思える。好きになる、に固執してるっぽいけど完成品に対してある程度の尊重があるなら無理に好きになろうとしなくたって良いんだろうし。自分と作品は切り離して考えよう。私も自作でどえらい気に入らないのあるけど好き嫌いは別に大事な一作品だよ。 スピリチュアルな言い方になるけど自分だけの世界に入って一人遊びしてみるといい、何が楽しいのかちゃんと言語化できるまで突き詰めるのおすすめ。他人の評価を受けない期間設けるの結構大事。
・良いと思われる特徴がわからない 読書量が足りないと思います。一般書ではなくギークな二次創作をジャンル問わず片っ端から読みましょう。中にはトピ主の最低基準をふりきった作品や、最高の高じゃないかと思えるものに出会えます。その作品の並びの中でトピ主の文章の位置がなんとなく分かってきます ・自分が書ける小説はある程度文章が書ければ書けると思ってる 先ほども書きましたが、読書量が足りません。一次・二次創作の文字書きの世の中は玉石混交です。ジャンル問わずギークな作品を片端から読んでください、好き嫌いせずにです。必ず途中で投げ出したくなる作品に出合えます。え、これって私の方が…もしかして、うまい?というものと会います。相性が悪い、表現方法が違う、ということもあります。あと、このトピ文が書けるだけでもあなたは選ばれています ・でも他人が書いた小説は、絶対自分は書けないと思ってる その通りです。つまりトピ主の書く文章はトピ主以外には書けません。あなただけが唯一書けます。誰かに似せて書いても、結局それはあなたの手による作品であなたらしいものなんです。それも含めてあなたです。
きてもコメント二、三件かなー思ってたら、意外とたくさんコメントいただけてありがたいです。 ちゃんとみんな、自分の創作に真剣に向き合ってるんだなーと感じました。 個別に返信できなそうなので、きたコメントからさらって改めて…… ①上手くなれ 思いついたストーリーを書けるようにはなってきたと思うけれど、そもそも書きたいものと書けるものの乖離が激しいタイプで、(例えると、書きたいものは東出圭吾や池井戸潤だけど、書けるのは村上春樹や恩田陸だ、みたいな)その差を埋めるよう努力するべきなのか、それとも、書けるものを伸ばすべきか? ②読書量が足りない 目標とすべき読書量はだいたいどのくらい? 今は、プロの小説が月文庫2~4冊、二次創作はほぼ毎日寝る前に支部開くから、だいたい1万~3万字くらいは読んでると思う 読書と書く時間にさけるのは、睡眠削らない範囲で平日1~2時間 ③神になりたいの? 神になりたいわけじゃない。自分の小説のここが好き、って思えるようになりたい ④自分の小説好きじゃないのに、なんで書くの? 書くのが好き、書くのがやめられないから。 書きたいから書く!書いた!書いたから見せたい!見て!という感じ……? 自分の作品は嫌いじゃないんだけど、「自分が書いた文章だなあ」もしか思えなくて、自萌はないけど、書きたい話が死ぬほど湧いてくるから書いてる ⑤今の評価どのくらいなの? 少し前に旬だったジャンルなんだけど、そのちょうどド旬のあたりの作品で、支部のブクマが2000いかないくらい 1500~2000が3つくらい ⑥自分の好きな解釈やこだわりを持つべき それはそう。たぶん、これめっちゃ頑張って書いた、これはいい、って思う小説を書いて、公開したのにぜんぜん評価されないのが怖くて、振り切れてない こだわりや好きな解釈はもちろんあるし、二次創作に重きをおいてるのが「そのキャラらしさ」なので、そこはこだわりたいしこだわってるつもり
>>23
すみませんトピ主です そして東出圭吾じゃなくて東野圭吾だったすまない
これめちゃくちゃぶっ刺さったありがとう
今までの人生の中で味わった、モヤモヤしたけど上手く言語化することも自分の中で答えを見つけることもできなかった感情を作品の中にいれてみ。書ききることのハードルがめちゃくちゃ上がるけど、書ききった時にはこれは自分にしか書けない作品だって胸を張れるようになるよ
凄いな、書きたくて書いてるって凄く羨ましいモチベーション。 私は読みたくて書いてるので、正直書く作業は嫌いだし、しんどい。 読みたい話が浮かんでなくても、そろそろ新作読みたいよ…なんか書かなきゃ…何かまだ書いてない話あったかな?で書いてたりするから全然楽しくない。 完成したのを何回も読み返して、うわー!萌える最高!新作待ってます!ってなっては辛い作業乗り越え、っていう感じ。 私の頭の中の萌えを私好みの文章で書いてくれる人がいたらすぐにでもROMになりたい。逆にここまで書くの嫌いな人いるのかってくらい書くのが苦痛。
自意識過剰なんだと思う。自分の書いたものを必要以上に嫌う、って、自分にこだわり持ちすぎなのでは。自分が書いておきながら、「こんなもの」って思うってことは、自分にはもっといいものが書けるかも、って(無意識にでも)思ってるってことで、自分大好き人間と本質は同じです。こういう人はどれだけ上手くなっても安心なんかしない。もっともっと、って自我が肥大して、ますます不安・不快になっていくだけです。必要なのは創作における努力ではなく、あなたの思考のこだわりの強さをコントロールすることじゃないかな。
理想が高いんですかね?しばらくしてから自分の作品読み返して、少しでも萌えポイントあったら、いいね〜この作品書いたの誰?!私やん!ってなるか、この構成が…台詞が…って気になっちゃってより完璧な作品をめざすか、の違いですかね?向上心がすごいのは尊敬するけど疲れちゃいそうですね。 ブクマ1000あったら、読者の感想でトピ主さんの小説の素晴らしさを誰かが教えてくれそうだけどなぁ。そこにヒントはないでしょうかね?トピ主さんがどんな感想もらってるのか気になります!