ヘイト創作(=厳しめ)が流行っているジャンルを渡り歩いた者です 二次の作者がAsageする場合 ①公式こそ間違っている!私は原作のAの悪い所を指摘しているだけ! ②これは愛あるいじりだからヘイト創作とは違う!(厳しめ作者がよくする言い訳) Aをsageてるわけじゃない!ギャグ要員なのにヘイトって言われた!(以下信者による吉牛) ③人格障害なので本気でAがこういう目に遭うべきだと考えている ④二次創作は自由だもん! 原作の場合はほぼ脚本の不備。実力不足で整合性がつかない話になってしまう(黒の騎士団とかがこれで割り食ってアホにされたパターン) 二次創作者は私はBが最愛!B可哀想だしもっと愛されるべき!だからBに邪魔なAはゴミカス!ってパターンも多いよね 作者の内心なんてマジでこのどれかだと思うし、キャラヘイト、ヘイト創作と言われるのが嫌で 嫌われとかいう造語生み出して暴れてる作者は そっとブロックして読まないのがいい そもそも力量ある作者ならわざわざAをsageなくてもいくらでも描写できるし
そもそも創作ってダイレクトに作者の精神性が反映されるものなんだよね。一枚絵とかならそうでもないけど、漫画や小説などは全てが作者の中にあるものが表現されてる 作者の引き出しが少ないから稚拙なストーリーしか描けないし、作者の人格に問題があるからヘイト創作をやってしまうというだけのこと 作者の中身がクズでも創作者としてのレベルが高ければクズな人物を魅力的に描けるけど、素人の創作はまずレベルが低いので、クズな作者の中身を作品として昇華できてない場合が多い
無意味だと思っているのはトピ主の主観によるものでシナリオを書いた本人にとっては意味があるのでは? 具体的な例が何もないのでなんとも言えないけど
>>4
特に原作においてはキャラ下げとかじゃなくて、そもそもそういうキャラなのでは?
前ジャンルだと覇権カプABに都合が悪いキャラC(Aと仲が良い)がヘイトの的になって異様にsageる創作が流行ってた 書いてる作者としてCがお荷物でAは困ってる、Cのせいでストレスを抱えたAにとってはBが癒しって筋書きなんだろうけど…… 原作ではAがCを暖かく見守っているのに、その人らの創作ではAはCを見下しているに変化しているから「AB仲良し」じゃなくて「Aの性格が意地悪に改変された」「Cの悪口を言わせるときだけ作者が乗り移っている」かのような印象が強かった ようはキャラクターの皮を借りたCへの悪口ってイメージ 推しキャラの性格を悪しように改変せずに正々堂々と自分の口でCが嫌いって言えばいいのにって今でも思う
>>4
これは思った。 人間と人間は思想が違うゆえに衝突することも多々ある みーんな仲良し和解ハッピーエンドだけが商業作品ってわけでもないし
それは単純に原作に対するアンチテーゼだから 「このときもしこうだったら」という系統の中の一つの流れとしてヘイト系があるのだと思っている「第9話のとき〇〇がもし××だったら」等の可能性を探る所からアンチが始まる。ヘイト系の中の文言は極端な表現するから怖いのは分かる。ヘイト系の作品の位置はIF系統なのでどちらかというとSF系のネタじゃないかな。ヘイトかつ死に戻りとかありそう 原作がないとヘイトができないため、最大限に原作に依存している状態がヘイト系の特徴ですかね
どの漫画家だったか忘れたけどインタビューで良いキャラにし過ぎると悪いことをした時に擁護するファンが現れたり逆に悪い印象がファンの記憶に強く残されてしまってそのシーンをいじられ過ぎるからバランスを取る目的でやってるって答えてた人いたよ
>>9
キャラの魅力を伝えるものというよりは物語をしっかり伝えたい意図で作られてる漫画の場合は話の内容が伝わらない状態になるのが何よりダメなんだよね そういう場合もあるよって話
ヘイト創作やあとからフォロー展開のある一時的な下げ描写ではなく、ヘイトでもないのに特定のキャラが下げられてると感じるってことだよね? 原作でそう感じる場合、そのキャラは下げられてるのではなくそういうキャラなのでは ゲーム中の仲間Bが主人公Aに暴言を吐いて勝手な行動をして仲間に迷惑をかけたけど謝ったり反省せずAたちもBを仲間として受け入れて仲良くしてる、みたいな展開だとしてそれはB下げではなくBがそういうキャラなんだと思うよ 勘違いで暴走しやすい、カッとなると暴言が出る、謝ったり反省しないという BファンからみてBはすごくいいキャラなのにこの部分だけは下げ展開に感じるっていうのはなんとなく分かるけど、公式であればいい部分も悪い部分もBというキャラなんじゃないかな 無意味な下げ展開ではなくBとはこういうキャラとして作り手としては一貫してる感じ もうひとつの可能性は、作り手はBをそのように捉えてない可能性もありそう 作り手目線では、Bは過去のトラウマからAに強く当たってしまって敵に寝返りそうになったけど心を強く持って仲間のところに戻ってきてAとも仲良くやっている、これはBの成長エピソードみたいに思ってたり これは作り手がB目線になりすぎてて謝罪シーンを入れるべきっていう視点が抜け落ちてるとかそういうのもあるかもしれない 二次創作だと後者パターンが多い気がする、Aや第三者の立場からみたら謝罪なかったら悲しい気持ちのままなんじゃないかみたいな想像に至りにくいみたいな 違うパターンで、ABのなれそめありきで第三者キャラCが下げ展開のある舞台装置みたいな扱いになってるけど書き手はABのなれそめだけに関心が向いててそのことに気づいてないとか Cを下げてる自覚はなかったりする気がする
原作つってもいろいろあるから、一人が責任持ってストーリー作ってるならそれはそういうキャラなんだなで済むけど、特にソシャゲ系はイベントライターとかによって解釈どうなってんねんみたいなのはあるよ トピずれごめん
単純に露悪的な描写や展開が好きなだけじゃないの
要因は一つではないと思うけど、一例としては家庭や学校で良い人間関係を学べなかったのではないかな その人の描いてる世界がトピ主にとっては普通じゃないけど、その人はそれが普通だと思っていて自分では気付けないってこと ゲームとかは複数のライターが関わっていて統一できなかったり人気に合わせて展開を変えていくうちに結果的に伏線回収できないパターンが多いんじゃない?
色々あるとは思うけど、「言葉を通じて相手を傷つけてやろう」も一つの意味だと思うよ。創作ってストーリーを作るだけじゃなく、作者が伝えたいことやそれこそ自分の価値観の主張をしたいってこともある。読者を傷つけたいって言ってる人もいる。それがキャラに上手くのるかのらないかの力量差で違和感を生むと無意味と受け取られるのだろうけど
具体例がないのにこんなうまく説明できて凄いな。確かにありそうなパターン
皆さん、色んな意見をいただきありがとうございます! すみませんが、一部コメントを抜粋しつつまとめてお返事させていただきます。 まず具体的な例ですが、ド〇えもんを例に記載させていただきます。 ーーー 理解できる例: 「ド〇えもんの道具によってアクシデントが起き、し〇かちゃんの入浴シーンにの〇太が出くわしたため、「の〇太さんなんて大嫌い! あっち行って!」とし〇かちゃんが怒った。の〇太はし〇かちゃんに弁解しようと励むが墓穴を掘り続けて物語が終わる。」 理解ができない例: 「ある日、の〇太が登校していると、後ろからやってきたし〇かちゃんがニヤニヤ笑いながら、「お前なんか要らないんだよ、丸刈り眼鏡。さっさと消えろ」とすれ違いざまに呟く。しかも、そのあと、し〇かちゃんとの〇太くんの絡みもなければ、し〇かちゃんの暴言について理由が明かされず、物語が終わる。」 ーーー いくらの〇太くんがし〇かちゃんの入浴シーンに出くわした過去があるとは言え、そんなこと急に言われたら傷つくよ!? あと、そのシーンどうしても必要だった!? という内容を、あるゲーム原作(※インディーゲームではありません)の本編で何度か見かけ、「登場人物を無意味に下げるストーリー」に感じました。12コメさんの感覚が近いのかもしれません。 仮に多くの制作スタッフが関わっていたとしても、そこまでブレるものなのか、と当時疑問を抱いていました。 読者を傷つけたい、というケースもあるんですね…。当時かなりショックを受けていたので、ある意味成功しているのかもしれません。 もしよかったら、このあともぜひ皆さんの意見をいただけますと幸いです。
ヘイト創作もキャラを嫌いなだけじゃなくてヘイトされる側に自己投影してる場合もあるらしいけど、そういうのが好きな層向けなのかな? 普通のゲームなら、なんでいきなり入れてくるのかは分からないけど ゲームをしている人達の交流する場所はないの? その回に対する反応とかしてる人はいないの?
追記読んで13みたいなことかなぁって思った
追記コメ見ました。 そこまであからさまではないけれど、好みの違いかな?と思ったストーリーはあります。 (以下ちょっと長いです) 例えば英雄Aの成り上がり譚として、街に攻め入った敵を単騎で華麗に一掃するシーンがありましたが、それは街の住民(味方陣営の家族など)も明らかに巻き込まれただろう規模の無差別攻撃でもありました。 しかし英雄Aは味方陣営からも街の人々からも感謝され、ストーリーはお祝いムードのまま終わりました。遺族が悲嘆にくれるなどのフォローエピソードは特にありません。 この場合、作者はおそろらく「戦争に勝つための犠牲は当然で、それは暗黙のうちに皆が共有している」という認識が前提にあり、犠牲者の家族の描写は不要と(意図的にかは不明ですが)考えたのだと私は理解しました。 理解はしましたがもう少し「戦争に振り回される住民たちの諦め」などの描写がなければ英雄Aが「力に酔う傲慢な戦士」とも取れてしまうなとそのとき感じました。普段の描写では仲間思いの面が強調されているからなおさらです。 このように「作者の意図するイメージ」と「読者が受け取るイメージ」の違いは「エピソードの中心をどこに置くか」によって起こり、それは以下のような整理もできるかと思います。 ①作者による演出の過剰(無差別攻撃) ②作者による演出の不足(犠牲面の省略) ③読者による理解の過剰(戦時下の安否) ④読者による理解の不足(暗黙のルール) これらによって思いがけない場所に焦点が当たってしまうと作者と読者のあいだにズレが生じてしまうのかなと思います。 以上はあくまで私なりの考えですが、ストーリーを次の段階に発展させるシーンにおいて、キャラクター性よりもストーリー展開を重視する場合によく発生している気がします。 トピ文で指摘している通り、二次創作でもこの点の処理がうまい人はすぐにフォローを入れ、読者の思考に負担をかけないよう注意を払っている方もいます。憧れますね。
そのゲームにはその展開を好むライターがいるってだけの話では? トピ主は唐突って思ってるけどそのシリーズではおなじみなのかも ファン掲示板とかではその話題はでないの?
ゲームならシナリオライターが複数いるのもザラだから、間に入った人の伝達ミスが起きてるか(関係者の伝言ゲームや設定した人と書く人とで打ち合わせしてないとか)、そういう需要があると考えて出したかな気がする 二次創作に関しては本人の性癖か、ヘイト創作自体が一定数の人気があるので数字集めに使ってるかかな 私のいるジャンルはヘイト厳しめが盛んでしかも後者が多い印象
悪役モンペの逆恨み満載ヘイト創作なら自ジャンルでよく見かけるよ 界隈の恥さらしなんで全員消えて欲しい