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少し落ち込んでしまったので、他の方の意見を聞きたくて投稿します。 自分は持病があり人混みの中で長時間立ち続けるのがかなり辛いため、普段からヘルプマークを付けて生活しています。 通勤時なども常に付けており、ありがたいことに親切な方が席を譲ってくださることもあります。 先日イベント会場へ公共交通機関で向かった際にもヘルプマークを付けていたのですがその時に席を譲っていただいたことへの感謝を日常ポストとして書いたところ、匿名箱に 「イベントに行くのにヘルプマークを付けて来るな」 「そもそもヘルプマークが必要な人はイベントに来るべきじゃない」 といった内容のメッセージが複数届きました。 普段から持病で苦労している中でイベントに参加する自由まで否定されているように感じてしまい、かなり悲しかったです。 もちろん周囲に迷惑をかけないよう気を付けるべきなのは前提だと思っています。 ただ、ヘルプマークを付けて公共交通機関を利用したりイベントに参加すること自体がそんなに非常識なことなのでしょうか? 私が知らないだけで、ヘルプマークを付けるような持病を持つ方は基本的にオフイベント参加しないのが普通ですか? また、普段ヘルプマークを付けて通勤・外出されている方がいれば、 ・イベント時はどうしているか ・何か配慮していることがあるか なども聞いてみたいです。 感情的な叩きではなく、率直な意見や経験談を伺えたらありがたいです。
わからんけど 自分の書くタイプの話は「なんやかやあって」を省略すると「どうしてそうなった」しか感想が来ないと思うから頑張ってテンポ良く読んでもらえるように頑張って描いてる
二次はキャラの性格やこんな時はこうなりそう、というのが読者の共通認識としてあるので、メインになる出来事以外は飛ばしてもよさそう 例えば、二人の口喧嘩は決着がつかず時間だけ経過…みたいなシーンとか
省略してもいいような場面はセリフなし絵だけのコマに変える 細かいやりとりは読んでる人の想像に委ねる 省略した場面で実はあの時こういうことがあったみたいな伏線にも使える
まずネームの前に簡単な文章で前編書いてみたら? 小説の場合、とりあえず書きたいシーンも含めて一度書いてみて、あとからカットもしくは数行での説明に置き換えるって手を使ったりするからそういう目線で見てみたらシーンの取捨選択のヒントになるかもよ
そもそも本来いろいろ起きてるはずの部分はなんやかんやあってにはならなくないか…?と思う そのいろいろ起きてるの部分がどれくらいストーリーにおいて重要かって話じゃないかな 例えば:ABが喧嘩する→なんやかんやで数日後、まだ仲直りできていないまま この場合なんやかんやはマジの何でもない日常で、「喧嘩」の状態は変わってなくてその間悩んだりはしてるものの状況に変化はないはずで、悩んでる部分をしっかり描きたいそもそもならなんやかんやにすべきではないし… 数日経ってから友達とかに促されてようやく仲直りに踏み出し始める、っていう話ならその数日間はなんやかんやで済ませてもいいと思うけど あとはなんやかんやで出られない部屋に閉じ込められ…みたいな話の場合、その部屋から出る様子が主題で何故どうやって閉じ込められたかはどうでもいいことの方が多いのでなんやかんやで済むじゃん でも出られない部屋に閉じ込められるまでの理由や課程が重要ならそこはなんやかんやにすべきではないわけで…
めちゃくちゃわかる ナレーションであらすじ説明とかキャラクターに説明させるのが苦手というか、省略しないで書きたいタイプなんだなって気付いてから受け入れて書くようにしたよ 長いしカプ要素薄まるけど納得できるものを書きあげるのが一番 読み手がどうかより自分がどうかを優先するのがいいんじゃないかな